12.拠点
今現在、南原さんに第三避難所の食料保管庫に案内してもらっている。
そうそう。南原さんの下の名前は香織なんだってさ。南原さんには下の名前で呼んでも良いですよって言われたが、これからも南原さんと呼ぶと言っておいた。
……女の人を下の名前で呼んだことがないからね。いきなり女の人を下の名前で呼ぶという高等テクは俺には無理だから。
遥かに年下の女の人だったら気にせず下の名前で呼べるだろうけど、南原さんとはあんまり歳が変わらないし。
「塚原さん。質問いいですか?」
「何ですか、南原さん?」
「モンスターと戦う時もその鎧を装備しているんですか?」
「ええ、まあそうですね」
「そんな装備で大丈夫なんですか?」
突然、南原さんがそんな装備で大丈夫かと質問してきた。
今俺が着用している装備はリビングアーマーだ。リビングアーマーが『鎧化』のスキルを発動すれば防御力は1080にまで上昇する。
防御力が1080ほどあればCランク下位相当のモンスターの攻撃なら防げるのだが、リビングアーマーの見た目って厚みがあまりない西洋鎧って感じなんだよね。
厚みがあまりない鎧を俺が着用しているからこそ、南原さんは心配しているんだろう。
南原さんの疑問に対する俺の返答はすでに決まっている。
「───大丈夫だ、問題ない」
「?」
「あっ(察し)。……何でもないですよ」
そんな装備で大丈夫かと尋ねてきたんだから、当然このネタも知っていると思ったんだが。どうやら彼女は知らなかったようだな。
おっと、そんなことより南原さんに伝えておかなければいけないことがあった。
「あの、南原さん。提案なんですが」
「どうしました?」
「南原さんを安全な場所に送り届けたいと思っているんですが───」
今まで俺に優しくしてくれた人はいたが、そのたびに覚醒者達に殺されてしまっている。せめて南原さんだけでも安全に過ごしてもらいたい。
なので八咫烏に安全な避難所や善良な覚醒者達の組織などを探してもらい、そこに南原さんを送り届けたいということを伝えたのだ。
という俺の考えを伝えた。
俺の考えを聞き終えた南原さんだが、反応は良くない。
「私としては塚原さんに付いていきたいんですが……」
「俺にですか?」
「ええ。あなたには以前助けてもらったので信用もありますし、先ほどモンスターを使役していましたよね? それもCランクの」
「まあ、そうですね」
「塚原さんの側にいれば安全そうですし、何より楽しそうじゃないですか? だからですよ」
「ここにいた人達も南原さんに非友好的な視線を向けていましたしね」
そうなのだ。俺が南原さんにだけ優しく接していたので、南原さんを睨んだりしている奴らが結構多い。
だからこそ、南原さんを安全な場所に送り届けることを提案したという理由もある。俺がいなくなったら南原さんを襲いそうな輩がいそうだからな。
「ただ俺に付いてくるならば、館山から離れなければなりませんよ」
罪のない者達まで皆殺しにするつもりはないが、俺はこのあと館山の第一と第二避難所も襲撃するつもりだ
なので、館山では俺はかなりの有名になってしまうだろう。もちろん悪い意味で。
だから俺は、避難所の襲撃を終えたら館山から離れるつもりだ。そして、どこかに拠点を構えようと思っている。
場所は無人島などが良いかとも考えているが、それだと移動の際にヒッポグリフを召喚しないといけなくなるので少し面倒くさい。
なので日本の本州のどこかを拠点にするつもりだが、出来れば東京からは離れた位置が良い。東京は日本政府と反乱を起こした覚醒者達の戦場になっているからな。
最近は千葉にも徐々に戦渦が広がってきている。館山は千葉だが東京から離れているからまだマシな方だが、市川市辺りは日本政府と覚醒者達の争いで荒れ果ててカオスと化しているようだ。
調べたところ、どうも市川市から船橋市、習志野市辺りは千葉でも最前線らしい。八咫烏に上空から偵察させたから間違いない。
なので東北方面か、関西や中国方面に行くかで迷っている。
◇ ◆ ◇
俺を乗せたヒッポグリフが、古い日本家屋の真上でホバリングをしている。その横には八咫烏がいて、下にある日本家屋に視線を落としている。
その日本家屋がある場所は山奥であり、人が通れるような道なんか整備されていない。なのに日本家屋の周りは塀で囲われていて、正門がガッチリと封鎖されている。
第三避難所を壊滅させたあとは、順番に第一と第二避難所も襲撃した。そして食料と魔石を全て持っていってやった。それが前日のこと。
そして今何をしているのかというと、拠点施設の確保だ。
あの日本家屋だが、八咫烏が言うにはモンスターだそうだ。Dランクモンスターで、種族はマヨヒガ。そう、遠野物語に登場する迷い家とも呼ばれる存在だ。
遠野物語ではマヨヒガは、訪れた者に富などを授けるというように描写されている。訪れた者はマヨヒガの中にある物品を持ち出して良いのだ。ただし、欲をかくと罰が当たる。
モンスターであるマヨヒガも、基本的には遠野物語に描かれているマヨヒガとそう変わらないらしい。
マヨヒガの本体は戦う力を持たない、というのがこのモンスターの特徴だ。ではどうやって戦うのかというと、眷属を召喚するというスキルを持つようだ。
だがこの眷属は最大で二体までしか召喚出来ないし、強さもDランクモンスター程度しかない。
なのにも関わらず、知能の高いCランク以上のモンスターはマヨヒガと戦うことを忌避する。なぜかというと、マヨヒガの真価は防衛の際に発揮されるからだ。
マヨヒガの敷地内に何らかの害意や悪意を持って侵入すると、二体の眷属の力がCランクモンスター並に跳ね上がって襲いかかってくるのだ。
しかも厄介なことに、この眷属を倒しても次から次へと眷属が湧いてくるのだ。眷属は最大で二体しか召喚出来ないのだが、倒すたびに眷属が再召喚されて補充されるとのこと。
強すぎんだよ、マヨヒガ。眷属はいくら倒しても本体には辿り着かないし、本体は日本家屋内に隠れていて見つけるのは更に困難だ。
俺はこのマヨヒガを拠点として使いたい。だからカードを手に入れるためにマヨヒガを探し、やっと見つけたのだ。
「作戦通りにいくぞ」
「わかっておるわ」
俺はフラガラッハを召喚し、『覚醒』のスキルを発動するように指示する。
そうして覚醒したフラガラッハの攻撃力と防御力は以前より増している。どうも覚醒を発動すると、攻撃力と防御力が二倍になるようなのだ。
避難所から持ってきた魔石をたくさん吸収させたので、覚醒したフラガラッハの攻撃力は6000近くなっている。
「フラガラッハ、『破壊斬撃』を発動するぞ!」
「了解しました!」
フラガラッハが『覚醒』を発動して付喪神にランクアップすることで使用可能となるスキル『破壊斬撃』の効果は、斬った物(無生物に限る)を破壊・消滅させるというものだ。物騒だな。
この『破壊斬撃』が発動されるとフラガラッハの赤みがかった剣身がより赤く発光し、鍔に取り付けられている金色の龍が雄叫びを上げるようになっている。
超カッコイイ。ちなみに、フラガラッハの鍔に龍の彫刻が取り付けられている理由は不明だ。ケルト神話のフラガラッハでは、龍と関わりのある描写はされていない。
何だろう、フラガラッハをネームドモンスターにした上位存在の趣味なのかな。
話を戻して、作戦というのは『破壊斬撃』でマヨヒガの日本家屋を破壊して本体を露出させようというものだ。
日本家屋を『破壊斬撃』で破壊すれば、そこに隠れているはずのマヨヒガの本体が露出するはずだ。隠れている本体さえ倒せば、眷属の相手をしないで済む。
我ながら完璧な作戦だ。力押しとも言うが。
ただ、あの日本家屋がマヨヒガの一部ということで無生物だと判定されなかったら、『破壊斬撃』はそもそも発動出来ない。その時は別の作戦を考えよう。
「マスター、準備完了です!」
「よし、行くぞ!」
ヒッポグリフから飛び降りた俺は、落下しながらフラガラッハを日本家屋目掛けて振り下ろす。『破壊斬撃』はちゃんと発動され、日本家屋を見事に消滅させた。
良かった、日本家屋は無生物に判定されたか。
そして日本家屋があった場所には、輪郭がはっきりとせずにぼんやりとしている、丸い赤色の発光体がある。
輪郭がぼんやりとしているので正確なところはわからないが、大きさは直径で1メートルくらいかな。
「あれがマヨヒガの本体か?」
「おそらく間違いない。マヨヒガは日本家屋に取り憑く死霊系モンスターという分類だ」
念のためにあの発光体が本体か八咫烏に確認してから、俺はフラガラッハを振るって発光体を切り裂いた。
フラガラッハも死霊系のモンスターだから、同じ死霊系のマヨヒガ本体にもちゃんと攻撃が出来るのだ。
二つに分かれた本体はいつの間にか消失し、同時に塀や正門なども消え去っていった。
さてさて、ドロップアイテムは何かな。
「……さすがに都合良く初っ端でカードがドロップすることはないよなあ」
マヨヒガのドロップは魔石だった。しかも大きさはDランクモンスターのそれと同じだ。
一日に一度しか使えないフラガラッハの『覚醒』を使用してまで倒したのに、ドロップアイテムはまったく割に合わないな。
フラガラッハが覚醒しないとマヨヒガには楽に勝てないので、マヨヒガ狩りは日に一度ってことになるな。仕方ないとは思うけど、早くマヨヒガのカード欲しいぜ。