123.魔王
最近よく投稿を忘れるんですよね。忙しくて。
なのでもしかすると次回から予約投稿を使い始めるかもしれません。
「ええ、彼らは魔王討伐軍、と名乗っています」
魔王……討伐軍?
魔王を討伐する軍、ということだよな。つまり、ここでいう魔王とは……俊也のことか。
私は怒りでギリリと歯を食いしばった。
俊也が、魔王だと? まさかここまで俊也を侮辱するとはな! ふざけるなよ! 奴ら、どこまで俊也をコケにすれば気が済むんだ!
ぶち殺す殺すころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロ──
「───雫さん! 落ち着いてくださいっす!」
そう言いながらミラージュに肩を揺すられ、私は正気を取り戻した。
「……ぁ」
声を出そうとするが掠れてしまう。
「はぁ、はぁはぁ……」
なんとか私は肩で息をし、力を抜いて背もたれに寄り掛かる。
……危なかった。ミラージュがいなかったら、私は怒りに任せて暴れ回っていたかもしれない。
「た、助かったよ……ミラージュ」
ミラージュに礼を言い、視線を巡らせる。すると皆が皆、私の怒気(というか殺気?)により顔から血の気が引いていた。
すまない。まだ上手く感情が制御出来ていないんだ。許せサスケ。
それからしばらくして会議の出席者が落ち着いてきたのを確認してから、密偵が改めて話し始める。
「地上にモンスターを解き放ったのはジパング国王陛下だと奴らは主張しています。そしてジパング国王陛下を''魔王''と呼んで非難し、自らを魔王討伐軍と称しているのです」
私達が奴らのことを魔王討伐軍と呼ぶのは避けた方が良いだろう。でないと、俊也のことを魔王だと認めたことになってしまう。
そういうわけで、私達は自称・魔王討伐軍を有志連合軍と呼称することになった。
「ひとまず私達がやるべきことは、戦争の準備と有志連合軍の非難だ」
私は今後の方針を示す。
有志連合軍が戦争準備を始めている以上、こちらも戦争準備をしなければならない。
それに私達がこの事態を静観しようものなら、ジパング王国は有志連合軍の主張が正しいと黙認したことになる。そうならないためにも、有志連合軍を非難することは重要なことだ。
さて。事情を把握した上で、会議は有志連合軍にどのように対処するのかの話し合いへと移った。
「本官は、直ちに四国へと逆侵攻を仕掛けるべきだと進言いたします」
と、このような好戦的意見を述べているのは榊原さんだ。会議に出席する者の大半、その中でも主に軍人は四国へ逆侵攻を仕掛けることを言い立てている。
対して文官は、有志連合軍がこちらを攻めてくるのを待つべきだと言っている。これは彼らが及び腰だからではなく、国際法を気にしているからだ。
自衛権という国際法上の権利があるが、簡単に言うと自衛権とは自国が外国から何らかの被害を受けた際に防衛をする権利のことだ。主に、外国から侵攻された時なんかに使用される。
自衛権の種類にもいくつかあり、先制的自衛なんてものもある。まだ外国から侵攻を受けていない段階だがその恐れがあり、予防のために外国へと先んじて侵攻するというのが先制的自衛だ。
今の段階で私達ジパング王国が四国へと侵攻した場合は、この先制的自衛に当たる。そして、先制的自衛は違法との見方が強いのである。
つまり、有志連合軍がこちらに侵攻してくる前に私達があちらに攻め込めば国際法に違反したことになる。文官はそれを嫌い、有志連合軍が攻め来るまで待つべきだと主張しているのだ。
「文官の阿呆どもめ! 国際法は、全世界の国家に認められているから成り立っているのだ! だから世界がモンスターによって崩壊した今、国際法なんぞ守る理由はない!」
「平時は無駄飯食らいに成り下がる軍人の馬鹿どもが! こちらが国際法を破れば、有志連合軍はここぞとばかりに国際法違反を指摘してくるはずだ! 奴らに付け入る隙を与えてはならない!」
「有志連合軍も国際法違反をして我々ジパング王国に侵攻しようとしている! だから我々が四国に侵攻したとしても、奴らがジパング王国の国際法違反を咎めることは出来ない!」
「だから軍人は馬鹿なんだ! 有志連合軍はジパング王国を国として扱っていない! よって奴らがジパング王国に侵攻してきても、それは国際法違反にはならないんだよ!」
「ならばこちらも奴らを国として扱わなければ良いではないか!」
「脳に筋肉しか詰まっていない軍人はこれだから困る! 有志連合軍の参加国全てを国家として認めないのは無理があり過ぎるだろう!」
とまあこのように、軍人と文官は絶賛揉めている最中だ。
私は法律畑の人間なので、どちらかというと文官の意見を支持している。
が、しかし、私の考えは文官のものとは多少の差異がある。
私の考えならば国際法に違反せずとも、有志連合軍が侵攻してくる前にこちらから逆侵攻を仕掛けることも可能だ。
だがいつそのことを発言しようかと悩んでいると、何を思ったのかは知らないが香織が私に意見を求めてきた。
「摂政殿下はこの件に関してどのようにお考えなのですか?」
う~ん、香織に摂政殿下と呼ばれるのは堅苦しくてあまり好きじゃないなぁ。ただ、宰相としてTPOをわきまえている香織に文句は言いずらい。というか言えない。
まあ今はそんなことどうでもいいか。香織の質問に答えないと。
私は居住まいを正し、明後日の方向に視線をさまよわせて考えているような素振りをしながら話し始めた。
「……これは国際法に通暁した者でないとほとんど知らないとは思うが、イスラエルの国際法学者ヨーラム氏が提唱する『迎撃的自衛』という概念がある」
迎撃的自衛。それは、現実の被害が発生する前に国家が自衛権を行使することである。先制的自衛と同じなのではないかと思うかもしれないが、実は少し異なる。
外国による武力攻撃の発生前に自衛権を行使すると先制的自衛になるのに対し、外国が軍事行動に着手したがまだ被害が発生していない段階で自衛権を行使すると迎撃的自衛となる。
噛み砕けば、有志連合軍がジパング王国に向けて出発する前にこちらが攻撃を仕掛けたら先制的自衛、出発した時点でこちらが攻撃を仕掛けたら迎撃的自衛になるということだ。
そして先制的自衛とは違って迎撃的自衛は国連総会でも認められていて、当時のアメリカとソ連は『迎撃的自衛は侵略行為ではなく自衛行為だ』という共通の見解を示した。
要は、迎撃的自衛は合法だと米ソが肯定したわけだ。
当時世界を二分した超大国が認めたのだし、私達が迎撃的自衛権を行使しても有志連合軍がそれを口実にジパング王国を非難することは出来ない。
ということを説明した。
「なるほど、迎撃的自衛ですか……」
仁藤さんはそう呟き、額に手を当ててテーブルの一点を見つめている。
思考を巡らせているのかな?
「折衷案として、迎撃的自衛に基づく自衛権の行使というのは最適ですね」
榊原さんは満足そうに言った。それから、しかしと続ける。
「しかし、迎撃的自衛では有志連合軍に戦闘の主導権を握られてしまうでしょう。彼らの軍の方が先に動き出しているわけなので当然ですがね。……ですから本官としては有志連合軍に反撃の余地を与えないために、出来れば先制的に攻撃を行いたいところです」
私は苦笑いを返す。
言っていることはわかる。有志連合軍を急襲し、奴らに反撃の機会を与えずに倒したいのだろう。だが、国際法に違反しないためにも、迎撃的自衛権の行使による開戦が好ましい。
迎撃的自衛権の行使以外に、国際法に違反せず有志連合軍を攻撃出来はしな───あれ?
ふと思ったのだが……上手いこと屁理屈を捏ねれば、国際法を遵守しつつ有志連合軍に先制攻撃が出来るかもしれない。
「すまない。先ほどの策は忘れてくれ。今、迎撃的自衛権の行使よりもっと良い開戦の方法を思い付いた」
私は、不敵に口端を吊り上げた。