117.ファーストコンタクト
「捕らえろ! 侵入者だっ!」
すみませんうちの子がすみません! わざとじゃないんです!
悪いのは防壁の方なんです! Dランクモンスターの突進で崩れ去ってしまうほど防壁が脆すぎるのが悪いんです!
結論、被害者は俺らだぁぁぁぁ!! ちくしょおぉぉぉぉ!!
しょうがねぇだろ!? 黄泉の国が暗すぎるから前が見えなかったんだよ! せめて街灯とか設置しろやぁぁぁぁ!! 不便過ぎるんだよぉぉぉぉ!!
「ヒッポグリフ逃げろ! 元来た道を引き返せ! 早く!」
「グルゥ!!」
俺の指示によりヒッポグリフはUターンして進行方向を百八十度回転させるが、その行く手を何者かが遮った。
そしてその何者かが俺達を見ながら怒声を上げる。
「侵入者め! 貴様、近隣の集落からの先兵だな! 絶対に逃がさないぞ!」
怒声を上げたのは明らかに体の一部が腐り落ちている人型のモンスターだった。喋れているので、DランクのゾンビではなくCランクの屍食鬼だろう。
「囲め囲め!」
「「おうっ!」」
行く手を阻んだグールに気を取られていると、その隙に別のグールどもが俺達の周りを取り囲んでいく。
グール多いな! ここはグールの集落なのか!?
それに囲まれた!
「ならば空を飛べ、ヒッポグリフ!」
「グルルルゥ!」
ヒッポグリフが飛び上がり、ぐんぐんと上昇していく。
グールは翼を持っていないので、彼らがここまで追ってくることはあるまい。逃走完了だ。
「フハハハハ! お前らは地を這いつくばっているといい! 俺らは優雅な空の旅だ!」
と俺が勝ち誇るように大声で地上にいるであろうグール達に向かって言うと……驚くべきことにその返事がすぐ近くから聞こえてくる。
「我らが空を飛べないと思ったか! 馬鹿め!」
「アイエエエエ! グール!? グールナンデ!?」
月明かりとか星明かりがなく真っ暗だったから返事をされるまで気付かなかったが、どうやらグール達は俺達の真横を飛んでいるらしい。
ええ!? ちょっと待とうか! グールって空飛べたっけか!?
そう思って目を凝らしてグール達を見てみると、ハッキリとではないが空を飛ぶ彼らの姿が確認出来た。
彼らは腕を鳥の翼のようなものに変化させ、それにより空を飛んでいたのだ。
そういえば、伝承だとグールって姿を変えられる悪魔だとされていたな。だから腕だけを翼に変化させられるのか。厄介なスキルを持っていやがる。
「童、どうするのじゃ? 気が向いたから奴らは妾が倒してやらんでもないのじゃよ」
「いや、それはやめてくれ。グール達を殺したら黄泉の国との関係が悪化して、フラガラッハとカヤが黄泉の国から出ることが認められなくなるかもしれないし」
「なんだ、つまらないのじゃ」
俺がグール達と戦闘はしないと言うと、せっかく気が向いたのにと呟きながらイザナミは露骨にガッカリして肩を落とした。
気が向いたとかじゃなくて、俺としては普段から戦闘に協力してほしいのだが。一応、俺ってば君の召喚主だからね!?
まあ……今更イザナミに何を言っても無駄だな。彼女が積極的に戦闘に参加してくれるようになることを祈ろう。実現は難しいだろうが。
「よし、騎乗するモンスターをヒッポグリフから乗り換えるぞ。イザナミもわかったな?」
「わかったのじゃ」
ヒッポグリフのスピードでは一向にグール達を振り切ることが出来ず、というか逆にグール達と俺達の距離が徐々に短くなっていく。
わずかではあるが、ヒッポグリフよりグールの方が速いってことか。
なのでスピードの速い飛行系モンスターを召喚し、そいつに乗り換えてグール達を振り切ることにした。
召喚するモンスターは、現在の手持ちの中ではトップスピードを誇る騎乗可能なワイバーンだ。
ワイバーンよりクロウやグリフィス、イザナミの方が速くはあるが、クロウは捕まっていていないしイザナミは騎乗出来ない。そのため、ワイバーンを召喚することにしたのだ。
「余、参上! 呼んだか、マスターよ!」
「呼んだよ! イザナミ、乗り移るから俺の手を掴め!」
「妾は空を飛べるから童の手を掴む必要はないのじゃが……」
と言いつつも、イザナミはちゃんと俺の手を掴んでくれた。
「ちゃんと掴んでいてくれよ?」
イザナミにそう言って俺はヒッポグリフの背中からジャンプし、俺に引っ張られるようにイザナミも宙を舞う。そしてなんとかワイバーンの背中に飛び移った。
無論、ヒッポグリフを送還することを忘れない。
「ワイバーン! グール達から逃げろ!」
「承知! 報酬ははずむのだぞ!」
「ああ、誘惑の果実をたくさん食わせてやる!」
「そうか! 腕が鳴るではないか!」
相も変わらず偉そうだ。だがその実力は本物で、ワイバーンはものすごい勢いでグール達を引き離していく。
「待て、先兵! 逃げるのか!」
「防壁壊したのは悪かった! 侵入したのはわざとじゃないんだよ! それに俺達は近隣の集落からの先兵じゃないしお前らと争う気はない!」
それを言い終える頃には、グール達の姿は見えなくなっていた。だが翼をばたつかせる音が聞こえるので、彼らはまだ追跡を諦めていないようだ。しつこいな。
「ワイバーン、もっとスピードを上げろ」
「もっとか!? これ以上速くすると疲れるが……仕方ない。だが報酬の増量を所望する!」
「良いだろう」
俺は頷いた。するとワイバーンは喜びを隠しきれない様子で吠え、力いっぱいに翼をはばたかせる。
まるで新幹線のようにワイバーンは加速し、俺は振り落とされないように必死に背中にしがみつく。
新幹線……乗ったことないけど。まあでも、推定新幹線並みのスピードで、疾風のごとくワイバーンは進んでいった。
しばらくして耳を澄ませてみると、翼をばたつかせる音が聞こえてこないので多分だがグール達を撒いたみたいだ。
しかしかなりのスピードで飛んでいるため、風の音のせいでグール達の羽音を聞き逃している可能性はある。
なので念のためにワイバーンを止まらせ、羽音を確認することにする。
「ワイバーン、止まってくれ」
「む、わかった」
ワイバーンは素直に急停止するが、それにより慣性の法則に従って俺の体は放り出され──
「え!? うっそだろ!?」
──真っ逆さまに落下していった。
やばいやばいやばい! 飛行系モンスターを召喚しないと!
と思っている内に俺は地面に激突。だが死にはしなかった。怪我という怪我もない。
「そういえばエルダートレントに祝福されていたんだったな……」
呟きながら起き上がり、背中をさする。仰向けに落下したので、地面に打ち付けた背中に鈍痛を感じるのだ。
打撲のようなものなので出血したりはしていないが、それでも痛いものは痛い。机の角に足の小指をぶつけた時の数倍の痛みだ。
「いたたたた……」
そうやって背中をさすっていると、イザナミとワイバーンがすぐ近くに着地した。
「暗かったから見失っていたが、童が痛がって声を出していたから見つけられたのじゃ。妾に感謝するのじゃよ」
「声を便りにマスターを見つけたのは余ぞ!? さも自分の手柄のように言うな!!」
「トカゲ風情が創造主たる妾に逆らうつもりなのじゃな? その喧嘩、買うのじゃ!」
「下手に出ておればいい気になりおって!」
……言うほどワイバーンって下手に出ていたか?
「これだから神は!」
「それはこちらのセリフなのじゃ! これだからドラゴンは!」
そうして両者は睨み合う。
もしかして神とドラゴンって犬猿の仲なのかね。考えてみると、ドラゴンだけでなく神もプライド高いし。
いやでも、クロウとかも神ではあるがプライドは高くないな。ということは、イザナミとワイバーンだから仲が悪いってことか。
「喧嘩やめろって。ほら、ワイバーン! 誘惑の果実をやるから落ち着け! な?」
収納カードから取り出した誘惑の果実をワイバーンの顔の前に持ってくると、途端に彼は大人しくなって誘惑の果実を食べ始めた。
「さすがドラゴン。果実ごときで人間に従うとは、見下げ果てた奴なのじゃ」
イザナミは煽るが、ワイバーンはそれを気にせずに美味しそうに誘惑の果実を噛んでいる。
反応がないのでイザナミはワイバーンを煽るのをやめ、地面に座り込んだ。
「イザナミも食うか?」
誘惑の果実を持ちながらイザナミに問いかけるが、彼女は興味がないようで歯牙にもかけなかった。
イザナミもワイバーンくらいチョロかったら良いのに。