114.市長議会
四国避難所連合の構成国の中でも一二を争うほど発展していて、連合長の夢野久秀が市長を務める都市国家。それが高松市長国だ。
連合憲法により、任期中の連合長が治める国が四国避難所連合の首都だと定められている。つまり、高松市長国は連合の首都に該当する。
首都だからこそおのずと人や物が集中し、それにより発展しているのだ。
その高松市長国は、松山市長国と同じく城塞都市である。というより、市長国は全て城塞都市となっている。
そして現在、高松市長国の壁内にある建物の会議室にはそうそうたる顔ぶれが揃っていた。
その顔ぶれとは、各市長国の市長達のことである。そう、これから市長議会が始まろうとしていたのだった。
「ではこれより、第八回市長議会を始めます」
連合長の夢野はそう言うと、椅子に座る市長達の顔を一瞥してから手元の資料に目を落とす。
言うまでもないが、夢野が見る資料は紙に書かれたものではなく木簡のようなものだ。
「今回の議題は……いつジパング王国を攻めるか、です」
この夢野の言に、一同は驚く──ことはなかった。
なぜならばこれからジパング王国と戦うことは市長議会によって決定され、既定路線となっているだからだ。
その上でこれからいつジパング王国を攻めるか話し合うのが、今回の市長議会が開かれた経緯となっている。
しかしジパング王国を攻めるということを納得していない市長も一定数いる。その者達は夢野が議題を言った瞬間に顔をしかめた。
「連合長、発言よろしいか?」
「どうぞ」
夢野に発言の許可を取ったのは、高知市に位置し土佐湾に面する高知市長国の市長だ。
彼はジパング王国を攻めることに納得していない者達の代表格で、そのため不満を隠そうともせずにムスッとした表情のまま口を開く。
「我々連合派の主立った者達は全員、ジパング王国への侵攻を賛成しかねている。市長議会は全会一致でなければ可決されないわけではないが、あなた方連邦派の行動が危ういものだと理解していただきたい」
するとジパング王国への侵攻に賛成する市長が机を拳で思い切り叩きながら立ち上がる。
「高知市長! ジパング王国へ侵攻することは市長議会で決まったことだ! まだ反対すると言うのか!」
高知市長は立ち上がった市長に冷ややかな目を向けた。
「勘違いしないでいただこう。私はジパング王国と戦うのが危ういと言っているのではない。連邦派が人数差に物を言わせて市長議会で強引に意見を押し通すという行為が危ういと言っているのだ。そのような行為を繰り返していると、いずれ独裁政治となって議会政治が否定される! それはすなわち議会の崩壊を意味するというのがわからんのか! この確信犯め!」
話しているうちにヒートアップし、段々と高知市長の口調は荒々しくなっていく。
その言い草に立ち上がった市長は怒りを露わにし、負けじと荒々しい言葉遣いで高知市長を非難する。それに高知市長も怒り、顔を真っ赤にさせて反論した。
夢野はその言葉の応酬にストップを掛ける。
「そこまでです。議論に熱が入るのはわかりますが、お二人がしていた議論は今回の議題にはそぐわないものです」
「……すみません、連合長」
「言葉が過ぎましたね。すみません」
二人の市長は連合長に止められたことで矛を収め、大人しく口をつぐんだ。
なぜ彼らがこれほどまでに反目し合っていたのかと言うと、それぞれ所属する派閥が違うからだ。
四国避難所連合には大きく分けて二つの派閥がある。その派閥というのが、連邦派と連合派である。
連邦派とは文字通り、四国避難所連合の連邦化を目指す派閥だ。市長国を州にすることで中央政府を樹立させ、中央政府に権力を集中させようとする目的を持つ。
ジパング王国の王都を訪れた連合長の夢野や松山市長の大宮、鳴門市長の及川などは連邦派に所属している。
連邦派には過半数の市長が所属しているが、全体の三分の二以上はさすがに所属していない。市長議会では三分の二以上の賛成が得られないと可決されないため、連邦派といえど好き勝手に国家を運営出来るわけではない。
対する連合派は高知市長を指導者とし、現状維持を目的としている。つまりこのまま連合を維持し、連邦化を望んでいない派閥ということだ。
語弊はあるが、連邦派は中央集権を目指していて、連合派は地方分権を目指していると考えると理解しやすいだろう。
四国避難所連合が連邦に移行する場合、市長国は州となるので市長は君主ではなくなってしまう。連合派市長はそのことが許容出来ず、権力を手放したくないため連邦派と対立しているのだ。
そんな連邦派と連合派の対立が読み取れるのが、連合長の持つ特権である。
連邦派としては連合長に強い権力を持たせ、連邦へと速やかに移行したい。しかし連合派はそれに反対し、連合長を議長としての役割しかない名誉職のようなものにしようとしていた。
そこで何度か議会を開いて連邦派と連合派が話し合った結果妥協点が見つかり、連合長は拒否権と最高指揮権などの権利を有すると規定する連合憲法が全ての市長国が批准したことで発効された。
要するに、連合長の持つ特権は妥協の産物なのだ。
この妥協には両派閥は不満を持っていた。だが、今はそれを上回る不満を連合派は持っている。それがジパング王国への侵攻だ。
連邦派と連合派のどちらにも三分の二以上の市長は所属していない。そのため市長議会において議案を可決させるためには、両派閥に所属しない中立派の市長の賛成を得ることが必要になる場合もある。
前回の市長議会では連邦派はジパング王国に侵攻する利点だけでなく、侵攻の正当性や確実に失敗しない作戦を事細かに説明した。
連合派はジパング王国への侵攻に反対したが連邦派に説き伏せられた中立派のほとんどは賛成し、ジパング王国に対する出兵の予算案は見事承認されて今に至る。
「では、発言させていただく」
一向に意見を口に出す者が現れないため後続の者が意見を言いやすくするために連邦派市長が手を挙げ、発言をすると言って注目を集める。
そして皆が自分を見ていることを確認してから口を動かした。
「ジパング王国を攻めるのは、かの国に千丁の銃器を輸出してからが良いと思う」
彼が意見を言い終えると、向かい側に座っていた連合派市長が鼻で笑う。
「ハッ! 常識的に考えて、奴らに銃器を輸出する前に侵攻をした方が良いだろ。もし輸出したあとで侵攻したら奴らに銃器を使われちまうから、倒すのが面倒になるぞ」
そんなこともわからないのかと連合派市長がニヤニヤ笑っていると、これに連邦派市長が呆れてため息をつき肩をすくめる。
「やれやれ、こんなこともわからないのか。ジパング王国の国王に銃器の輸出を約束して前払いまでされたのにもかかわらず、銃器を輸出せず戦いを仕掛けたら我々の信用は地に落ちるぞ? ふん、権力にしがみ付くような連合派の者にはやはり理解出来ないか」
「何をぉ! 言わせておけば!」
まさに売り言葉に買い言葉。彼らの口論が連邦派と連合派の関係を如実に物語っていた。
この光景を、夢野はうんざりとしながら見ていた。彼は連合派に対して、そんなに権力を手放したくなかったら連合から脱退しろ、と心の中で思う。
だが、連合派が連合から抜けないということはわかっている。連合から抜ければ、後ろ盾がなくなったことでジパング王国などの外敵から攻撃を受けるかもしれないからだ。
連合に参加していれば外敵から攻撃を受けた際に、他の市長国からの援軍などが期待出来る。だからどれだけ不満があっても、身を守るために連合派は連合を脱退する気はない。
それがわかっているから、夢野は思ったことを口に出したりはしない。……しないが、連合派に対して強い怒りを抱いていた。
(連合派がいたら連邦に移行するのは難しいでしょうね。早いところ中央政府を作り、連合長に権力を集中させる体制を整えたいのですが……)
そもそも、ジパング王国に対抗するために連合の結成を四国中の避難所に呼びかけたのは夢野だ。それは、彼が理想の国を造ろうとしたからである。
彼の父は病気のためベッドで寝たきりだった。そんな父を、母と一緒に姉は学生の頃から介護していた。
そして姉は社会人となり、老人ホームに介護士として勤めた。しかし姉は老人ホームで働き始めて数か月で自殺。理由は、老人ホームに入居していた老人達からのセクハラだった。
母は裁判を起こすも証拠不十分でセクハラは認められず、彼女は裁判費用のためにしていた借金が返済出来なくなり寝たきりの夫を殺してから自殺。
夢野は母の多額の借金とともに取り残された。
夢野は両親の葬儀の時に思ったのだ。こんな間違っている世界を変えてやる、と。
だが別に彼は復讐をしようとしていたわけではない。確かに姉にセクハラをしていた老害どもは憎いが、復讐は何も生まないという考えを持っていたからだ。
では何をしようとしているのか。それは、日本国政府の打倒だった。つまり、国家転覆を目論んでいたわけだ。
普通なら頭がいかれている者の考えだが、彼は至って真面目に国家転覆が世界を正す第一歩だと考えていた。
順を追って彼の頭の中を覗いてみよう。姉が老害のセクハラによって自殺したことで、彼は日本にはたくさんの老害が蔓延っているということに気が付いた。
なぜ老害が蔓延るのか。彼は頭を悩ませ、日本が超高齢化した民主制国家だからではないかという結論を下した。
民主主義の基本は多数決だ。そして日本は超高齢化社会。ここまで言えば誰でも理解出来るだろう。
少子高齢化により日本は圧倒的に老人が多い。そんな状態で多数決をしたら、老人の意見が優先されるのは自明。
その結果、老人の発言力は非常に高くなり、気を良くした老人が老害へとなっていくという答えを夢野は導き出した。
そのため超高齢化した民主主義政権下では若者に未来はなく、今後若者は姉のように老害どもに搾取され続けるのだという少々ぶっ飛んだ考えに彼は行き着いたのだ。
また、資本主義社会であることが姉が自殺した一因ではないかとも考えた。
資本主義社会では、労働者より資本家の方が圧倒的に優位な立場にある。そして姉は老人ホームで働いていた労働者であり、待遇改善を求めても資本家に首を切られるのが関の山だ。
だから職を失うのを恐れて姉はセクハラを告発出来ず、自ら死を選んだ。
資本主義社会の欠陥。夢野はそれに気付いた。日本は超高齢化した民主主義社会というだけでなく、資本主義社会という欠陥までをも抱えていたのだ。
ではどうすれば良いのか。その答えは一つだ。体制を変えればいい。こうして、一人の反体制派が誕生する。
当初彼は穏健な活動による政治体制の改革を考え、行動を開始した。しかし腐敗した政治を目の当たりにして穏健な活動による体制改革の限界を早くも感じ取り、暴力によって体制の転換に考えを改めた。
要は改革ではなく革命に舵を切ったわけだ。
そうして、日本国政府を倒すことで間違ったこの世界を変えてやると決意した。
が、決意したはいいもののその後すぐにモンスターが出現し、日本国政府は革命軍に倒されてしまった。
そこで彼は小目標を切り替え、日本国政府打倒ではなく若者に未来のある理想の国を造るために行動を開始した。その結果が四国避難所連合だ。
四国避難所連合の成り立ちを話そう。
まず夢野は、どんな体制ならば良い国になるか考えた。民主制や共和制は人民が主権を持つので、少子高齢化した場合は老人の発言力が増すため論外。
ふと、社会主義による一党制も良いかもしれないと彼は考える。社会主義社会ならば労働者の立場は強いし、資本主義社会にある欠陥がないからだ。
しかし社会主義や共産主義は全体主義的であるため一党独裁になりやすく、そもそも社会主義・共産主義は理想論であって実現は困難を極める。
なので夢野は資本主義社会だけでなく社会主義社会や共産主義社会も否定する。
そして、理想の国を造るには自分が君主になるしかないと彼は思い至ったのだ。しかし世襲君主制だと、自分が死んだあとに暗君が生まれたりしたら国が亡びかねない。
そう考え、理想の国には選挙君主制がピッタリだとなった。優秀な者が選挙によって君主に選ばれるだろうから暗君が誕生することはあるまい。
しかしまだ連合長に権力が集中していないため、理想の国造りが出来ていない。だから彼は少しでも早く連邦への移行を目指している。
まあ連邦の中央政府たる連邦政府は各州政府から主権の一部を移譲される形を採っているため、単一国家の中央政府に比べるとその権限はかなり限定的なものになってしまう。
しかしそれでも、やはりと言うべきか連邦政府の権限は四国避難所連合の連合長が有するものより遥かに強力だ。
ところで。ここまで聞いて、連合を組もうと四国中の避難所に呼びかけるのではなく、最初から連邦を造ろうと呼びかけていれば良かったのにと諸君らは思うかもしれない。
だが、連合ではなく連邦を造ろうと呼びかければ、今のように人が集まることはなかっただろう。
なぜ連合を組もうと呼びかけただけで四国中の避難所が呼応したのかと言うと、避難所を運営するリーダー格が連合構成国の君主の座に目を眩ませたからだ。
連邦を造ろうと呼びかけても、避難所のリーダー格は良くて州の知事にしかなれない。しかし国家連合ならば、避難所のリーダー格から連合構成国の君主にまで成り上がれる可能性がある。
つまるところ権力という餌に四国中の避難所が食いついたというわけだ。故に四国避難所連合の市長は我欲が強く、とりわけて連合派はそれが著しい。
市長というのはまさに『鶏口となるも牛後となるなかれ』を体現しているわけだ。
「全員、静かにしてください」
夢野がまたも市長達の罵り合いを中断させた。それにより、一同は彼の言葉に耳を傾ける。
「私の作戦通りに皆さんが動いてくれるのならば、ジパング王国に負けることはないでしょう。かの国は倒さねばならない敵です。今は味方同士で争う時ではありません。そろそろ我々の呼びかけに応じた国や組織の指導者が四国に集まってくる頃ですので、彼らの前で恥をさらさぬように気を付けてください。以上です」
ジパング王はまだ知らない。四国・九州・その他離島に誕生した全ての国家がジパング王国に敵対することを。
そして彼らは知らない。この物語の主人公が誰であるかを。