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112.連合憲法の内容

「あー、大変だったな」


 と呟きながら俺は床に腰を下ろして脱力する。


 今俺がいるのはアパートの一室に少し手を加えた程度の部屋である。


「お疲れ。今日はゆっくり休むと良い」


 雫はそう言って俺の肩を揉み始めた。


 ここは松山市長国のホテル……というより宿屋だ。売りに出されていたアパートを現在のオーナーが買い取って少し手を加え、宿泊施設として経営しているらしい。


 二日連続で大志の家に泊まるのは申し訳なかったので、満員になる前にこの宿屋の部屋を予約しておいたのだ。


 宿屋の部屋を予約したから今日はお前の家には泊まらないと大志に言ったら、彼は寂しそうにしていた。大志としては一人では寂しかったから一緒にいてほしかったのかもしれない。


 だが、そういうわけにもいかない。大志には俺がジパング王国の王だということなどの諸々のことを黙っておくつもりなので、彼が一緒では踏み込んだ会話が雫と出来ないからだ。


「今日壁内に忍び込んできて、やっとの思いでこれを手に入れたよ」


 俺の肩を揉む雫に一冊の立派な装丁の本を渡す。彼女は肩揉みをやめて本を受け取ると、パラパラとページをめくって軽く目を通した。


「これは……連合憲法が収録された法律書か」


「うん。探すのが大変だったよ」


 少しして雫は熱中するように法律書を読み始める。


「なんじゃ? 新しい漫画か? 妾も読みたいのじゃ」


 雫が本を読んでいたため、それを漫画だと思ったイザナミが現れて彼女の背後から法律書を覗き込んだ。


「なんだ、漫画じゃないようじゃな……」


 そしてイザナミは雫が読んでいるものが漫画ではないことに露骨にガッカリし、肩を落としながら離れていった。


 ちなみにだが、魔石硬貨が軍事利用されるかどうかは調べずに帰ってきた。


 もし日本国憲法のように連合憲法も戦争を放棄しているのならば、四国避難所連合とジパング王国が交戦することはほぼ確実にないからだ。


 連合憲法に戦争を放棄するという条文がある場合、四国避難所連合は対外戦争を起こせないのだから魔石硬貨が軍事利用されることはないと考えて大丈夫だろう。


 それに軍事利用されたとしても、四国避難所連合は対外戦争を起こせないのだからジパング王国が被害に遭うわけではないので安心出来る。


 なのでひとまず法律書を持ち帰って連合憲法の内容を雫に精査してもらおうと思ったのだ。


 決して調べる方法が思い付かなかったから問題を先送りにしたわけではない。断じて違う。違うったら違う。




◇ ◆ ◇




 翌朝。


 不意に陽光を感じたので眠気で重いまぶたを上げて起き上がると、雫がカーテンを開けていた。


「やあ、やっと目が覚めたようだね。まだ眠いかい?」


 雫はあくびを噛み殺し、俺に問いかけてくる。


「朝は弱いからなぁ。まだ眠いよ」


 返事をしながら布団から抜け出すと、備え付けのテーブルの上に置かれている一冊の本が目に入った。その本は昨日雫に渡した法律書であり、付箋(ふせん)がたくさん貼られているのがわかる。


「なんだ、あの付箋?」


 俺が法律書を指しながら尋ねると、彼女は照れくさそうに笑って後頭部を掻きながら答えた。


「付箋をたくさん貼った本を人に見られるのは少し恥ずかしいが……あの付箋が貼ってあるページには、日本国憲法にはない連合憲法独自の条文が書かれていたんだ」


 雫が恥ずかしがる気持ちはわかる。俺にも付箋を貼った本を飲食店などで読む勇気がないからだ。


 たまにそういうことをしている人を見掛けるが、その場合俺はいつも『あの人勇気あるな』と感心してしまう。


 それにしてもやはりと言うべきか、日本国憲法を受け継いでいると謳ってはいるが付箋を見たところ連合憲法独自の条文はかなりの数があるみたいだ。


「もしかして雫、寝ずに法律書をずっと読んでいたんじゃないか?」


 俺は呆れたような視線を雫に向けながら言った。すると彼女はバツが悪そうに目を逸らす。


「仕方ないじゃないか。つい熱が入っちゃったんだ」


「まあ別に責めているわけじゃないけどさ。体は大事にしてほしいってだけで……。それで単刀直入だけど、連合憲法には戦争を放棄するという条文はあったか?」


「ああ、あったよ。日本国憲法第九条の条文がそっくりそのまま引き継がれていた。どうやら連合憲法は統治機構に関わる部分以外はほとんど日本国憲法からまるまる引き継いでいるらしい」


 まだ起きたばかりで冴えていない頭を必死に働かせ、雫が話した内容を咀嚼する。


「そりゃ日本と四国避難所連合は統治機構が違うんだから、統治機構に関わる部分を日本国憲法から引き継いでいるわけないよな」


 なんとか噛み砕いて返事を返した。それには雫も同意し、うんうんと頷くような動作を大袈裟にする。


 日本は立憲君主制であり、対して四国避難所連合は選挙君主制だ。どちらも君主制とはいえ、立憲君主制の場合は君主は象徴化していて権限が制限されている。特に日本の天皇は象徴化が顕著だ。


「あれ? 憲法第九条をまるまる引き継いでいるのなら、連合憲法でも戦力は保持しないと規定されているはずだろ? なら治安警備隊はどうなんだ?」


「自衛隊と同様に、治安警備隊は戦力ではなく警察力という扱いになっているようだ」


 苦笑しながら雫が答えた。


 でもこれで、四国避難所連合は対外戦争を起こせないということがわかった。要は四国方面の憂いがなくなったわけだ。


 あとは九州方面の安全を確保出来れば、やっと本格的に内政に力を入れられるぞ。まあ中国大陸の情勢が不安定だから、そう上手くいかないとは思うが……。


 クソ、中国大陸方面はどうやって安全を確保したらいいんだ? いっそのこと中国大陸に進軍して、日本海沿岸部を征服した方がいいのか?


 うん、良い考えかもしれない。日本海を内海にすれば、日本海側にいる海軍を太平洋側に配置出来るからより一層海上の守りが強化される。


 ……いや、中国大陸に手を出すのは愚策だな。そうすれば塩国を刺激してしまい、塩害攻撃という名のド畜しょ──ゲフン、ゲフン。失礼。厄介極まりない報復を受けることは目に見えている。


 俺は日本海を内海にすることを諦め、連合憲法について気になることを雫に質問した。


「連合憲法独自の条文はどんなものがあるんだ?」


 自分が法律畑の人間だから連合憲法について質問されると嬉しいようで、雫は喜々として語り出す。その時の彼女の顔はまるで、恋する乙女のように朱色に染まっていた。


 しかし頬が紅潮しているのは恋をしているからではなく、自分の好きなことを語れるから喜んでいるのである。


「ん、そうだね。何から話そうか。まず、四国避難所連合は議会によって政治が行われている。連合憲法では、この議会を構成するのは市長だと定められている。そのため、市長議会と呼ぶそうだ」


 雫は間を置いた。


「それで連合長とは、市長議会における議長を兼ねている。連合長になるには、連合長選挙で最多票を得る必要がある。なお、連合長選挙の選挙権者・被選挙権者はどちらも市長のみだ」


 選挙権者とは、選挙において投票する権利を有する者のことだ。そして被選挙権者とは、その選挙に立候補する権利を有する者を指す。


 つまるところ、連合長になれるのは市長のみだということだな。


「連合長はどのような権限を持っているんだ? それと、市長選挙の時の選挙権者・被選挙権者は?」


「市長議会では市長の三分の二以上の賛成を得ることで議案が可決されるが、連合長が反対した場合は全ての市長が賛成していても否決される。これが連合長が有する権限の一つ──拒否権だ」


 おいおい、拒否権持ってやがるのかよ。連合長が拒否権持ってるならそりゃ任期五年も頷けるな。市長が終身なのは、市長議会を構成する一人でしかないからか。


「それで、市長選挙の選挙権者は四国避難所連合の国民であること。そして被選挙権者は()()()()()()()であることだ」


「じゃあ俺や雫も市長選挙に立候補可能だということか?」


「そうらしい。まあ市長は終身だから、次の市長選挙は数十年後だろうね。それにしても、なんで日本人の覚醒者に限定したのかな」


 日本人の覚醒者に限定した理由、か。そんなの一つしかない。外国人に国を乗っ取られないためだろうな。


 日本のような島国は非覚醒者の受け皿となっている。それに日本では民間人が銃を持っていないこともあり、モンスター出現によって無政府状態とはなったものの大陸よりは荒廃していない。


 銃があれば非覚醒者でも覚醒者を殺せるため、大陸の方はモンスターだけでなく銃で武装した暴徒によって荒れ果てている、と日本に流れ着いた外国人から聞いた。


 何が言いたいのかというと、日本は非覚醒者にとって魅力的なわけだ。非覚醒者が銃で武装していないし、避難所も数多くある。


 だからこそ、非覚醒者はこぞって日本に逃げてくる。それに大陸にも比較的近いため、来やすいという理由もあるんじゃないかな。


 要するに、日本は非覚醒者の外国人が多い。なので市長選挙の被選挙権を外国人に与えれば、たちまち四国避難所連合は乗っ取られてしまう。


 それを防ぐために、市長選挙の被選挙権は日本人の覚醒者にしか与えていないと考えるのが妥当だな。


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