111.壁内への潜入
大志の家に泊まった翌日、俺は一人で壁のすぐ近くまで来ていた。
「高っ!」
壁の前まで来ると、やはりその高さに驚かされる。ジパング王国の城郭都市の壁には及ばないにしても、松山市長国の城塞の高さはかなりのものだ。
耐久性などはわからないが壁には等間隔で砲台と思われるものが確認出来るため、迎撃能力はそれなりに備えているらしい。
設けられている砲台が数が圧倒的なことから、四国避難所連合には火器などが潤沢にあることが容易に想像出来る。
まあ大量の銃器をジパング王国に輸出可能な時点でわかることだが。
さて。なぜ俺が一人で壁の目の前まで来たのかというと、これから壁内に忍び込んで魔石硬貨を軍事利用するつもりかどうかを調べるためだ。
そのついでに連合憲法が収録された法律書を持ち出したり、火器の入手経路を調べたりするつもりだ。
「どうやって潜入しようかな」
と俺は呟きながら辺りを見回す。
今は明るいのでこの壁を乗り越えようとすれば目立つし、壁に穴を開ければ壁内に入ったことが露見してしまう。
地面を掘って穴を壁内まで伸ばすのはどうか?
そう思ったが、すぐに頭を振ってその考えを否定する。
この街はゴーストタウン化した都市の一部であるわけなので、当然地面が土ではなくコンクリートだからだ。
コンクリートをぶっ壊して穴を掘ろうにも、俺はコンクリートを修復出来ないので結局潜入したことがバレる。それでは壁に穴を開けるのと同じだ。
仕方ない。やはり壁に二カ所だけしかない門を通るしかないみたいだな。
しかし……どうやって門を通ろうか。門には門番がいたからそのまま通ることは出来ないだろうし。サランラップみたいな見た目なのに被ると透明になれるマントがあればなぁ。
まあでも、一応門を通る方法は考えている。
───Eランクモンスターのレイスだ。
レイスの体は霧状なので見た目を変えられるため、見た目を変えたレイスに覆い被さってもらうことで変装することが可能となる。
門を通って壁内から出てきた者に変装すれば、忘れ物を思い出したとか何とか言って怪しまれずに門を通過出来るはずだ。我ながらナイスアイディアじゃないか?
実は松山市長の大宮とかいう男に変装する予定だったんだが、そういえばレイスは大宮と会っていないから彼の顔を知らないということに今朝気付いたんだ。
いやー、気付いたのが今朝で良かったよ。直前になって気付いていたら焦っていたことだろう。
というわけで壁内と壁外を繋げる二つの門のうちの片方にやって来た。
これからしばらくは壁内から誰かが出てくるまでただひたすら待つことになる。
ちゅらい……。
釣りしている時も思ったが、俺はじっとしているのが苦手なんだよな。そわそわしてどこかに行きたくなっちゃう。
ただ、壁内に入るためにも動かずに耐えてなくてはならない。国王も楽ではないな。
物語とかだと王様って好き勝手振る舞ってるイメージがあったんだけど……悲しきかな、現実は非情である。
王様になれば酒池肉林の日々を送れると思ったのに……。
あ、酒池肉林には本来は性的な意味は含まれていないからね? 決してハーレムを期待していたわけじゃないからね?
俺は側室とか望んでないですしおすし。
という風にくだらないことを考えて待つこと数十分。やっと壁内から誰かが出てきた。ポロコートを羽織ったナイスミドルだ。
事前に召喚していたレイスは体の形を変えて俺の懐に潜り込んでおり、指示通り彼(彼女?)は壁内から出てきたナイスミドルの見た目を記憶した。
そしてナイスミドルの姿が見えなくなったことを確認してから人通りの少ない裏路地に入ると、レイスは先ほどのナイスミドルになるように体を変形させながら懐から出てくる。
「なんか体を変形させながら懐から出てくる光景って気持ち悪いな」
あまりの気持ち悪さに思わず俺は呟くが、レイスは発声器官がない上にEランクのため喋る知能を持ち合わせていないので返事はない。
レイスは無言でこちらに覆い被さってくる。少し待っていると、俺の見た目は完全に先ほどのナイスミドルになった。
収納カードから手鏡を取り出し、変装出来ているか確かめる。
「うん、変装は完璧のようだ」
ナイスミドルが羽織っていたポロコートまで再現されていた。変装は完璧だ。
俺は手鏡をしまいながら裏路地から出て、ゆっくりとした足取りで門の前まで歩み寄った。
「あれ、新高さん? さっき出たばっかりですがどうしたんです?」
門番の一人が気軽に話し掛けてくる。大方、俺が変装中の新高と呼ばれたナイスミドルと知り合いなのだろう。
知り合いならば口調や声の違いから変装がバレる可能性があるので、出来れば会話は避けたいところだ。
「……」
どう返事をしたものかと思いつつ口を開きかけたが、門番は自分の顔の前で手を振る。
「あ、新高さんはいつも通り喋ろうとしなくて大丈夫ですよ。声帯が傷付いていて声を出せないことは知っているので。これをどうぞ」
そう言って門番に木簡のような正方形の木の板と筆ペンを渡された。
突然声が出せないのは知っていると言われてに驚いたがそれをおくびにも出さず、動揺を悟られないように平静を装いながら木の板と筆ペンを受け取る。
やべぇ、あのナイスミドルは声を出せなかったのか! 喋らなくて良かったぁぁぁ!
と心の中で焦りつつも、変装していることがバレなかったことに安堵した。
そこで手に持った木の板と筆ペンに意識を向ける。ナイスミドルは声を出せないようなので、これはおそらく筆談をするためのものだろうな。
四国では物価が高く、当然紙も高かった。だから重要な書類はともかく、メモや落書きなどをする際は木の板が用いられている。
昨日の飲食店でも会計の時に店員が木の板に筆で何かを書いていたし。
俺は筆ペンでサラサラと木の板に『忘れ物をした。取りに戻る』と書くと、門番に木の板と筆ペンを返した。
「なるほど、忘れ物ですか。ではどうぞ。通ってください」
「……」
無言で門番に会釈をして門をくぐる。
こうして俺は壁内への潜入を果たしたのだった。
壁内は壁外とこれといった違いはなく、ただただ普通の街並みが広がっている。
壁外との違いを強いて挙げるとするならば、壁内を歩く者は皆高級そうな服に袖を通していることだ。貴人だから羽振りが良いのだろうか。
しかし、困ったことにどの建物に魔石硬貨や法律書があるのかわからないな。
ただ大きな魔力の塊のある場所に魔石硬貨があることがわかっているため、魔力の塊がある所までモンスターに案内してもらえばいい。
レイスもモンスターだから魔力を視認出来るが鳴き声すら上げないので意思疎通が困難なため、腐肉喰いを手のひらに召喚させた。
「腐肉喰い。大きな魔力の塊があるところまで案内をしてくれ」
「キュウッ!」
一声鳴いた腐肉喰いは手のひらから飛び降り、自分に付いてくるように身振り手振りで俺に伝えてくる。
俺は腐肉喰いに追従した。
それにしても、ランクを問わず全モンスターが魔力を視認可能ってのは便利だよな。そのお陰で、こうして腐肉喰いに魔石硬貨の元まで案内してもらえているし。
「キュウッ!」
「お、この建物の中に魔力の塊が見えるのか?」
「キュッキュウッ!!」
腐肉喰いが立ち止まったので尋ねてみると、腐肉喰い可愛らしく何度も首を縦に振った。
「よし、ご苦労様」
俺は腐肉喰いをカードに送還する。
今回は魔石硬貨を探しに来たのではなく、魔石硬貨を軍事利用されているかどうかを調べるためにきたからだ。なので魔石硬貨がどの建物にあるかさえ把握出来ればいい。
ここで俺は問題に直面した。
どうやって魔石硬貨が軍事利用されているかどうかを調べたらいいんだ?
どうやって調べたらいいか考えるのを後回しにしていたことが悔やまれるな。勢いでどうにかなると楽観的に考えていたが、勢いでどうにかなりそうにはない。
くっ……もうちょっとちゃんと事前に計画しておくべきだったか。でも見切り発車は俺の癖だからなぁ。矯正は難しそうだ。
もちろん、その場の思いつきで行動しないように努力はするつもりである。しかし見切り発車はガキの頃からのものなので、こればかりはすぐに直すのは困難だ。
頑張って直そうと誓いつつ、俺は壁内で一番立派に見える建物へと向かっていった。そこに何か手掛かりがあると期待して。