109.旧友
カウンターの向こう側に立つ店員が、手元の小さな木の板の上でサラサラと細筆を動かしながら言った。
「ええと、お会計は三千円ですね。Fランクモンスターの魔石が三個になります」
「Fランクの魔石、か」
クソ不味い野菜が三つで三千円はやっぱり高いと思いつつ財布をまさぐり、ジパング王国の通貨である1000円玉を三つ取り出してカウンターに置く。
「これ、は……?」
店員はカウンターに置かれた三枚の1000円玉を見下ろしながら首を傾げる。
「ああ、これですか? これはジパング王国の方で使われている硬貨です」
「は、はぁ……そうですか。ジパング王国の硬貨が使えるのか私では判断しかねるので上の者を呼んで参ります。少々お待ちください」
慌てて店員はカーテンで仕切られたカウンターの奥へと引っ込んでいった。
店員のあの慌てようを見るに、もしかしてこっちの方ではジパング王国の貨幣はまだあんまり浸透してないのかな?
ジパング王国の貨幣は使わない方が良かったかも。無駄に目立って俺がジパング王国の国王だってバレるかもしれないし。
まあ今更後悔してもしょうがない。つまるところ、俺が目立ったとしてもジパング王だとバレないように気を付ければ良いだけのことだ。
「童、どうしたのじゃ?」
「どうしたんだい、俊也?」
奥に引っ込んだ店員が戻ってくるのを待っていると、イザナミと雫がこちらにやって来る。
「いや、それがさ、魔石硬貨を出したら店員さんが慌てて奥に行っちゃったんだよね」
俺はそう言い、困ったように眉を落とした。
それからしばらくして先ほどとは別の店員がカーテンの向こうから顔を出し、カウンター上にある1000円玉を凝縮する。
「ふむ、これは……間違いなく魔石。あの硬い魔石がこうも薄く伸ばせるのか」
その店員は驚いたように一枚の1000円玉を手に取り、その薄さに目を丸くしていた。
「あー、結局ジパング王国の硬貨はこの店で使えるんですか? それとも使えませんか?」
俺は1000円玉を食い入るように見る店員に声を掛ける。
「あ! すみません! 噂には聞いていたんですが実物を見ると驚いてしまって……。どうやらこの硬貨はFランクモンスターの魔石を加工したもののようなので、当店でもご使用いただけます」
「なら会計お願いします」
「かしこまりました」
そうして時間は掛かりつつも会計を終え、俺達三人は店を出た。
「───あれ、俊也じゃないか?」
店を出た直後に聞き覚えのある声で名前を呼ばれる。声のした方に顔を向けてみると、そこには長髪を後ろで束ねて無精髭を生やし、ワークマンで売っていそうな洒落た作業服を着た男がいた。
その男は利発そうな顔立ちであり、また、日本人顔に反して鼻は異様に高い。さりとて鼻の先端が下を向いているわけでなく鼻筋がスッとしていて、彫刻のような理想の形をしている。
はて、こんな奴が俺の知り合いにいたっけ?
「何だよ! もしかして俺のこと忘れちゃったか? 俺だよ俺! 戸森大志!」
男が自分を指差して名乗った。
「え? は!? もしやお前、大志なのか!?」
「おお! そうだとも! やっと気付いてくれたか、俊也!!」
大志は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「まさかこんなとこで大志に会えるとはな!」
「ハハハ! そりゃこっちのセリフだ!」
俺と大志は肩を組み、お互いに笑い合った。
大志は実家のある四国の方で働いているみたいだから会えるかなと期待はしていたものの、本当に会えるなんて夢にも思わなかったぜ!
それにしても懐かしいな。大志とは……もう八、九年ぶりくらいになるのか。久しいな友よ!
「つーか大志! 見た目変わりすぎだろ! 一瞬誰だかわからなかったぞ! イメチェンか?」
「ばーか! 逆にお前が変わらなさすぎだ! こんな世界になったんだからそう易々と髭は剃れないし髪も切れねぇんだよ!」
大志の見た目の変わりようには驚かされた。俺の知っている大志は髭も生やしていなかったし、髪も長くなかったのだ。
まあ俺の知っている当時の大志は高校生なので髭を生やしていないのも当然だが。
皮肉なものである。大志には友達がたくさんいたため俺のことを覚えていない可能性が高く、そのため彼と会っても俺だと気付かれないだろうと思っていた。
しかし実際に会ってみると、俺の方が彼のことを気付けないとは。
「お、おい、俊也。その男はお前の知り合いなのか?」
俺と大志が肩を組んで楽しそうに思い出話に花を咲かせていると、雫が俺の肩を叩いて話し掛けてきた。
「こいつは高校時代の親友だよ。実は大学の時に雫と仲良くなるためにアドバイスをしてくれていた奴なんだ」
「ん? ってことはこの女の人が俊也の言っていた内藤雫さんなのか?」
「そうだよ。お前のお陰で、ほれ」
そう言い、俺は自分の左手薬指にはめられた雫とお揃いの指輪を大志に見せる。
「おおぅ!! も、もしかして……」
「そう! 俺と雫はめでたく結婚しました! いぇい!」
俺は大志と組んでいた肩を離し、雫の隣りに並んで指輪を見せつけるように左手を掲げた。そしてドヤ顔をする。ドヤァ。
刮目せよ! 雫の美しさを目に焼き付けるんだ!
「や、やめろ! 恥ずかしいだろ!」
雫は恥ずかしそうに赤面し、俺の頬を軽く引っ張った。
うん、可愛い。赤くなる雫めっちゃ可愛い。語彙力は死んだ。
というか語彙力は元々死んでるんだけどね。得意科目は割と点数高いしそれ以外の教科も人並みには出来たんだが、国語だけはてんで駄目なんだ。
テストとかではいつも国語に足を引っ張られていたな。さすがに赤点とかはないけど。
「それにしても俊也達はどうして四国に? 確か俊也は東京だか千葉だかに住んでたはずだよな?」
「俺が住んでたのは千葉だよ。四国に来たのは新婚旅行だからだ」
「新婚旅行ってお前……こんな世界になったのに暢気な奴だな」
呆れたように大志は俺を見る。するとそこで彼は俺の背後でぽけーっと天を仰ぎ見ていたイザナミに顔を向け、首をひねった。
「新婚旅行なのに二人じゃなくて三人なのはなんで……はっ! まさか俊也、二人と結婚する気なのか!?」
と、大志は雫とイザナミを交互に見ながら間違った結論を下した。
「んなわけねぇだろ」
「妾のような崇高な不死なる存在が童のような定命の者と結婚するわけがないのじゃ」
即座に俺とイザナミが抗議する。
「良かった。俊也の倫理観がガバガバになってなくて安心したよ。でも、じゃあなんで三人で新婚旅行なんかしてんだ?」
「暇だから付いてきたのじゃ」
俺が返事をする前にイザナミが答えた。
「暇だからって……」
困惑したような表情を大志が浮かべる。
「連れて行かないと怒るんだよね、こいつは」
「そいつは大変だな」
大志に同情され、哀れみの目で見られた。
本当に大変だよ。イザナミが強いというのが特に質が悪い。力が強いもんだからイザナミが怒って暴れた場合、彼女を止められるような強者は限られるのだ。
子供が怒って暴れるくらいなら可愛いから笑い流せるが、イザナミが怒って暴れるのは洒落にならない。Cランク最強のモンスターが暴れるとか、それってどんな悪夢だよ。
そう考えながらふと当のイザナミに目を向けると、彼女は依然として空を見上げている。なので俺も顔を上げ、沈みゆく夕日を見ながら何気なく呟いた。
「そういえばもうそろそろ夜になるが、今夜泊まる場所をまだ確保していなかったな」
これから温泉に寄る予定だし、そのあとで宿屋を探そうか。
「えぇ! もしかして俊也達、まだ泊まる場所を確保していなかったのか!?」
と大志が言い、彼の顔がみるみるうちに強張っていく。
「どうしたんだ、顔が硬くなってるぞ?」
大志は気まずそうに視線を逸らしてから話し始める。
「あー、なんと言うべきか。この街には宿泊施設が少ないんだ。その割にこの街は四国避難所連合の中でも一二を争うほど発展しているから旅行客が多い」
……この時点で大志が言いたいことは読み取れた。だが確認のため、間違いであってほしいと願いつつ大志に問いかける。
「それってつまり、今頃はもう宿泊施設は満員ってこと?」
「お、おそらく」
彼はコクリと頷く。
「マジかー」
俺は腰に手を当ててうなり声を上げた。
そんなこと治安警備隊の人は教えてくれなかったぞ。あの野郎……。
どこ泊まろうか。マヨヒガは王都に召喚しっぱなしだから手元にはいないしなぁ。
そこで俺はイザナミを見た。
イザナミの『国生み』スキルは異空間に箱庭世界を展開するものだ。彼女が『国生み』スキルを使ってくれれば、その箱庭世界とやらで一夜を過ごせるんだが。
まあ箱庭世界に建物、というより建造物があるのかすら怪しいがな。
それに現状まだイザナミは協力的じゃないし、『国生み』を発動させて箱庭世界を展開してくれることはないだろう。
どこで一夜を過ごそうかと頭を悩ませていると、大志によって救いの手が差し伸べられる。
「困ってるみたいだし、今夜は俺の家に泊まるか?」
「友よ! いいのか?」
「おう、いいぜ。俺の家は街の外れにあるからモンスターの襲撃があったら危ないが、治安警備隊のお陰でそうそうモンスターの襲撃なんてないし心配無用だ」
ということで、俺達は大志の家に泊まることになった。