106.餌付け
「ず、随分と強引な手を使うんだな、俊也は」
雫が引き気味に言った。
いや、まあ、うん……引かれる理由はわかってるけどね? でも雫に引かれると悲しい、みたいな? 出来れば引かないでほしいんだけど?
え? それは無理? 無理なら仕方ないなぁ……。
「雫はワイバーンの血を浴びてないか? 浴びてたらポーション渡すけど」
「浴びないように慎重に戦ったから大丈夫だ」
「なら良かった。クロウも血を浴びてないよな?」
「我は『威圧』のスキルでワイバーンを硬直させて海に落としていくだけだったから血を浴びるはずがなかろう」
「それもそうか」
相手が翼とかで空を飛んでいた場合、『威圧』によって相手の体を硬直させれば墜落させることが出来る。今更だけどクロウの『威圧』って便利だよね。敵が使ってきたら厄介極まりない。
幸いなことに自称天皇はフラガラッハに化けていて目が付いてなかったから『威圧』を使われることはなかったけど、自称天皇に『威圧』を使われたら面倒なことになっていただろうな。
さて、皆無事だったことだし、どんなアイテムがドロップしたのか確認しよう。出来れば一枚くらいはワイバーンのカードが欲しいところだ。
「河童! 海に落ちたドロップアイテムは全て回収してくれたか?」
「ギャギャッ!」
河童が俺の質問に元気よく頷く。
「サンキュー河童。助かるよ」
「ギャギャギャッ!!」
俺が褒めると、彼は照れたように頬を水掻きのある指でポリポリと掻きながら笑った。
相変わらずこいつの見た目は気持ち悪いが(失礼)、こういう動作を見ると可愛らしく感じるから不思議。
もしかするとブルドッグの飼い主も今の俺と同じ気持ちなのかもしれない。いやでもそれはないか。ブルドッグの飼い主はブス専だから、そもそもブルドッグが醜いと気付いてなさそうだし(ド偏見)。
「ドロップアイテムはどんなもんかなぁ~」
そう言いながら、河童が順々に渡してくるドロップアイテムを一つ一つ丁寧に見ていく。
「お、これはワイバーンの肉か。……海に浸かってたけど食べられるかな?」
という俺の呟きを聞いていた雫が顔をしかめる。
さすがに雫はばっちいから海に浸かったワイバーン肉を食べたくないらしい。
「なんだこれ? ああ、これあれか。多分ワイバーンの皮膜だな」
ワイバーンの皮膜に使い道とかあるのか?
「よし、運良くカードがドロップしてるぞ」
俺はワイバーンのカードを手に取った。そのカードには、有明の空を背景にコウモリのような翼を広げた凛々しい顔付きのワイバーンのイラストが描かれている。
モンスターカードのはペラペラで紙っぽいのに破ろうとしても破れない謎の材質なため、海に浸かってしまっていたが破けるような心配はないはずだ。
逆にモンスターカードを破ってみたいのだが、これがなかなか難しい。というか不可能。雫に引っ張ってもらったが破れる気配がないのだ。
種族:ワイバーン
ランク:C
攻撃力:1050
防御力:1195
【スキル】
●噴血:傷付けられると自動で発動し、傷口から血を噴出する。
解説欄を見るに、『噴血』はパッシブスキルのようだな。じゃあ傷付けても血が噴き出さなかったあのワイバーンは何なんだ……?
「どうしたのだ、マスターよ」
俺が首を捻っていると、その様子を訝しんだクロウが疑問をぶつけてきた。
「いやぁ、それがさ。さっき戦闘中に傷付けても血が噴き出さないワイバーンがいてさ」
「む、なんと!」
クロウは目を剥いた。
クロウのこの驚きようから察するに、彼もパッシブスキルである『噴血』が発動しなかった理由を知らないらしい。
しかしイザナミの反応は劇的で、彼女は俺から『噴血』が発動しなかったワイバーンの存在を知るや否や居心地が悪そうに顔を歪めて目を逸らした。
こいつ、さては何か知ってるな?
「イザナミ、お前は何か知っているのか?」
俺はストレートに聞いてみるが、返ってきたのは苦虫を噛み潰したようなイザナミの視線だけだった。
どうやらイザナミは答える気がないみたいだな。
「ま、気が進まないなら答えなくていいよ」
仕方ないので俺はイザナミから自分の手元へと目を落とすと、収納カードから針を取り出して右手の人差し指に刺す。
人差し指から滴る血をワイバーンのカードに垂らすと、すぐにその人差し指の傷口をペロリと舐めた。
この程度の傷にポーションを使うのは勿体ないし、これくらいなら唾付けときゃ治る。ばっちゃんの受け売りだ。
まあ唾液には菌がたくさんいるから、傷口に唾付けたら悪化する可能性があるとか聞いたことあるけど。
「じゃあワイバーンを召喚するから皆は離れていてくれ」
俺は距離を取るように注意を促す。
というのもワイバーンはかなりの巨体だったからだ。個体によって差異はあれど、小さいものでもクロウの二倍ほどの大きさがあった。デカイ。その一言に尽きる。
神仏系統の種族のモンスターは基本的に人型であり、かつ大きさも人間と遜色ない。対して竜・龍系統の種族のモンスターはなぜ自重で体が潰れないのかというほどにデカイ。山と見間違うほどに巨大なものもいる。
そのため竜であるワイバーンも例によって例のごとくデカイのである。そんな見た目に反してワイバーン肉はあまりドロップしなかったため、可食部分は少ないのかもしれない。
ちなみにドラゴンモドキは俺より少し大きいぐらいだが、あれは読んで字のごとくドラゴンじゃないから。あれをドラゴンとして扱ったらモノホンのドラゴンがブチ切れそう。ドラゴンってプライド高いらしいし。
それを言うなら神仏系統のモンスターもドラゴンほどではないにしろプライド高いとクロウが話していたな。イザナミとかがその典型的な例になるのかね。
クロウも一応神なんだけど、あいつがプライド高いってことはないだろうし個体差があるんじゃないかと思う。個体差激しすぎやろ。
そんなくだらないことを考えながら召喚するように念じると、先ほどまで俺達が戦っていたワイバーンが顕現した。
現れたワイバーンはキョロキョロと周りを見回すと、状況がまだあまり理解出来ていないようだが口を開いた。
「余こそは至高なるドラゴンにして、毒を司りしワイバーン!」
こいつの言葉の端々からプライドが滲み出ているように感じるのは俺だけだろうか?
ドラゴンが総じてプライド高いってのは本当っぽいな。
「よう、俺がお前を召喚したんだ。わかるか?」
「貴様のような下等生物に余が召喚されたのか? 確かに余は貴様に負けて槍を刺されて死んだが、貴様の指図は受けぬぞ! 余は至高なるワイバーン!」
なんか馬鹿そう(小並感)。
こいつもイザナミみたいに言うこと聞いてくれない個体か。う~ん、どうやったらこういう奴らを懐柔出来るようになるんだ? 餌付けとか?
「ほらワイバーン、これ食ってみろ」
とりあえず俺は収納カードからトレントの誘惑の果実を取り出してワイバーンに与えてみた。
「ぬおー! 美味い!」
「もし俺に従ってくれるなら毎日それを食わせてやろう」
「従う! 従おう! 貴様が今日から余のマスターだ!」
なんか馬鹿そう(小並感)。
さすが誘惑の果実だ。一瞬でワイバーンを虜にしたぜ。
一体のトレントから一日に二つしか収穫出来ない誘惑の果実は俺達にとって貴重な甘味だ。だがトレントのカードは何枚も持っているので、収穫量はまあまあ多い。なので一体のワイバーンに毎日食べさせてやれる余裕くらいはある。
「なんなのじゃ、この駄竜は」
イザナミは美味しそうに誘惑の果実を頬張るワイバーンを呆れたように見ていた。
そこで俺はふと思った。ワイバーンみたいにイザナミを誘惑の果実で懐柔出来やしないかな、と。
「イザナミ、ほら」
試しに俺は誘惑の果実を載せた手をイザナミの方に笑顔で差し出した。
「ふんっ」
ペシッ!
イザナミは何の躊躇いもなく俺の手のひらに載った誘惑の果実を手の甲で払いのける。すると誘惑の果実は海へと落っこちていった。
俺の今日の分のおやつが……。