104.いざ新婚旅行へ
四国避難所連合の連合長達が魔石硬貨を持って王都を出発してから早数週間。今頃彼らは四国に到着していることだろう。
「雫、そろそろ四国に着くよ」
「もう四国か。グリフィスは速いな」
「エルダー種だもの」
「みつを」
「……雫がボケるのは珍しいな?」
俺は意外に思いながら、後ろに乗る雫を肩越しに見る。
俺と雫は今、グリフィスに乗って四国を目指している。もう夢野達は四国に着いたと思われるので、遅ればせながら俺達も四国に向かっているのだ。
新婚旅行をして、フラガラッハ達を復活させ、四国避難所連合が魔石硬貨を軍事利用するか否かを確かめること。以上三つが今回の旅の目的だ。
なお、新婚旅行が八割を占めている模様。
「俊也との二人っきりの新婚旅行で舞い上がってるんだよ」
雫は微かに頬を赤らめて含羞んだ。
まあ、正確には二人っきりではないんだが……。
俺は遠くを飛んでいるイザナミに目を向けた。
イザナミが駄々をこねたので、仕方なく彼女も新婚旅行に連れてきたのだ。
「そういえば、結婚式を延期して良かったのか?」
あくびをするイザナミから恥ずかしそうにしている雫に視線を移し、俺は疑問を投げかける。
実は結婚式の予定が来週辺りにあったのだが、新婚旅行とちょうど被ってしまったので結婚式が延期されることになった。
早いところ四国に行かないと魔石硬貨の魔力が消費されてしまい、魔力が辿れなくなる可能性があるため結婚式を延期せざるを得なかったんだ。
雫に結婚式延期のことを伝えると、彼女はショックを受けることもなく快く承諾してくれた。だからホッとしていたのだが南原さんに『女性にとって結婚式は晴れ舞台だ』と言われ、今更ながらに雫に悪いことしたなと後悔している。
「顔には出さなかったが……正直、結婚式を延期すると俊也に言われた時は悲しかった」
やっぱ南原さんの言った通りだったか!
「あー、えっと、うん。そ、そうとは思わず結婚式を延期しちゃってごめん」
気まずい……。
俺も結婚式は大切だという認識はあるが、中止じゃなくて延期なんだから雫もそんな気にしないだろうと高をくくっていたんだが。
男と女の価値観の違いか。……いや、これは言い訳だな。ただでさえ雫は自分が死人であることに気にしていたんだ。夫として雫にもっと寄り添ってやれてれば──
「──でも、新婚旅行も結婚式と同じくらい楽しみなんだ。だから俊也はそんなに心配しなくていいんだぞ」
雫はそう言って笑い、両手を俺の前に回して抱きついてきた。
「私は俊也と一緒にいられるだけで幸せさ」
「ハハハ……それなら良かった。俺も幸せだよ」
良かったあああぁぁぁ!!!!
雫はそんな気にしていないっぽいしセーフ!
南原さんのアドバイスのお陰で雫の胸の内も知れたし、新婚旅行を終えてマヨヒガの屋敷に帰ったら彼女にはお礼をしないとな。
「お、俊也。あれが大鳴門橋じゃないか?」
「どれどれ?」
少し身を乗り出して見下ろしてみると、かなり小さくではあるが四国と本州を繋ぐ大鳴門橋が見える。
「グリフィス、高度を下げてくれ」
「グルゥ!」
俺の指示に従い、グリフィスが段々と高度を落としていく。数分後、俺達を乗せたグリフィスは大鳴門橋が目と鼻の先にあるくらいの高度を飛んでいた。
「はてさて、渦潮はあるかな?」
そう呟きながら目を左右にさまよわせて渦潮を探す。
事前に調べてみたが、日によって渦潮が出る時間帯が違うようだからあまり期待していない。渦潮が見られたらラッキーという程度だ。
「う~ん、ないな」
雫が残念そうに独りごちる。
キョロキョロと辺りを見てみるが、海面が渦巻いているところはない。
ふと雫に顔を向けたら、彼女は肩を落として目に見えて落ち込んでいた。わかりやすいな。
そんなに渦潮を見たかったのかと尋ねてみると、当然だと言わんばかりに雫は頷いた。
「四国と言ったら渦潮くらいだろ?」
四国には渦潮しかないみたいな言い方すんなよ。渦潮以外にも……ほら……えっと……あ! そうそう、四国には日本最古の温泉とかもあんじゃん!
……あれ、あの温泉の名前ってなんだっけ?
「まあ、雫がそんなに渦潮を見たいんだったら手はあるぞ?」
「本当か?」
「ああ」
俺は収納カードから『河童の皿』を取り出し、キュウリを捧げて河童を召喚した。
「グギャ!」
召喚された河童は海を泳ぎながら醜い声を出す。
こいつと比べると醜いアヒルの子なんか全然醜くない。
「河童、海面を渦巻かせろ!」
「ギャギャーーッ!!」
河童が威嚇ともとれる返事を俺にし、それから右手を掲げて『操水』スキルを発動させた。すると瞬く間に海面が渦巻き始める。
「ほら雫見てみろ。渦潮だ!」
「渦……潮? 果たしてあれを渦潮と呼んでもいいのか?」
河童が起こした渦巻きを微妙そうに見ながら雫は首を傾げた。
「まあ細けぇことは気にすんな」
本物の渦潮がいつ出るのかわかんないんだし、申し訳ないが今はこれで満足してもらいたい。
気が向いたらだけど、一日中鳴門海峡で釣りをしながら渦潮が出るのを気長に待つのも楽しそうだ。俺は何もせずにただじっと待っている釣りは苦手なのだが、雫と一緒ならば吝かではない。
だが雫はどうだろうか。彼女との付き合いは相当長いが、釣りが好きかどうかなんてことは知らない。というか、趣味もわからない。
この新婚旅行を機に雫のことをもっと知れるといいなぁ。いや、雫にも俺のことを知ってもらいたいが、どうすればいいんだ?
くっ……こういう時にあいつがいれば色々とアドバイスをしてくれるんだが。大学で雫と仲良くなれたのもそいつのお陰なんだよね。
確か実家のある四国の会社で働いてるとか言っていたし、もしかしたら新婚旅行の最中に会うことがあるかもな。
あいつとは高校卒業以来会ったことはないがメールで連絡は取り合っていたから、雫とお近づきになるために色々とアドバイスをしてもらっていたんだ。
気の良い奴だから、もし俺が特殊型の覚醒者だと知っても馬鹿にしてくることはないと思う。
俺はあいつのことを信頼しているし、雫の次に仲が良い友達だ。だが向こうもそう思っているのかと聞かれると、断言は出来ない。
あいつは俺と違ってイケメンでコミュ力が高いからたくさん友達がいる。なのであいつの中では俺は大勢の友達の内の一人に過ぎないのかもしれない。
もし出会っても俺のことを忘れられてたらいたたまれないな。だが卒業以来かなりの頻度で連絡を取り合っていたので、向こうも俺のことを憎からず思っているはずだ。
まあでもそうそう会うことはないだろうし、気にしするだけ無駄か。
「俊也、ボーッとしてどうしたんだ?」
そう言いながら心配そうな顔をして雫が俺の顔を覗き込んできた。
どうやら俺はあいつのことを考えていて上の空だったらしく、雫に心配させてしまったようだ。
「ちょっと考え事をしてたわ。すまんすまん」
「大丈夫か? 政務で疲れているんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、そんなんじゃないよ」
というか基本的に政務は南原さんとか仁藤さんに丸投げしてるから疲れようがないんだよね……。ごめん二人とも。強く生きろよ!
「じゃあ渦潮(?)も見れたことだし、先を急ぐか。グリフィス、前進しろ」
「グルゥ!」
鳴き声を上げてグングンと猛スピードでグリフィスは前進していき、四国に上陸するかしないかというところまであっという間に来た。
そんな時、イザナミが急に俺達のところまで飛んできて耳打ちしてくる。
「童、気張れ。Cランクモンスターの群れがこちらに向かってきているのじゃ」
「え? は? ガチで?」
耳を疑った。
それを聞いた瞬間、俺の脳はフリーズした。
まさか、そんな……Cランクモンスターの群れ、だと?
その群れがDランク以下のモンスターのものであれば、殲滅することなぞ造作もない。
しかし…………Cランク以上のモンスターの群れと遭遇した場合は生きて帰れないと思え、というのがモンスター出現後の常識である。
単体のBランクモンスターだけならば相手出来るようになった俺達だが、Cランクモンスターの群れには十中八九為す術もなくやられる。モンスターが群れると脅威度は格段に跳ね上がるからだ。
「イザナミ! どれくらい群れているかわかるか!?」
「ざっくりとしかわからんが……およそ五十。妾らはその群れに四方八方を囲まれておるようじゃ」
目を凝らしてみると、なるほど確かにイザナミの言う通り鳥のようなシルエットのモンスターに俺達は囲まれていた。
モンスターは遥か遠くにいるようで米粒ほどの大きさにしか見えないからどんな種族かはわからないけども。
くそったれが!
かなり厄介だな。いつの間にか囲まれているみたいだし、逃げるのは困難か。
そう判断し、俺は即座にリビングアーマーを召喚して装備した。