103.四国外交
議論は紛糾した。主に仁藤さんと榊原さんの二人の意見が真っ二つに割れたからだ。
四国に連なる山脈に遮られて四国避難所連合の各市長国間で連携が上手くとれていない可能性が高く、そのため連合構成国の軍の指揮命令系統が統一される前に各個撃破しながら領土の奥深くへと攻め入って早期決着をつけるという作戦を主張しているのが榊原さん。
ジパング王国海軍が四国近海の制海権を掌握して海上封鎖をし、ジパング王国空軍によって空襲を仕掛けて食料庫や畑を根こそぎ焼き払って四国避難所連合が干上がるのを待つという作戦を主張しているのが仁藤さんだ。
そして榊原さんの主張に対して仁藤さんは、敵国領土の奥深くへと攻め込めばジパング王国軍が分断されて逆に各個撃破されてしまうリスクが高まると指摘している。
榊原さんもそんなことはわかっているが、彼は仁藤さんの作戦では戦争が長期化してジパング王国の国力が疲弊することを危惧しているらしい。
両者ともに言っていることは正しいな。どちらの言い分もわからないでもない。
また、四国避難所連合がどれほどの軍事力を有しているかもわかっていないため、二人の主張する作戦が最適解かどうかもわからない。
今更ながらに思ったが、四国避難所連合が有する軍事力が把握しきれていない状態でこんなことを議論し合うのは不毛だな。
ならば、俺が現地にこっそりと赴いて四国避難所連合の軍事力などを調べてみるのも良いかも。
ついでにフラガラッハ達を蘇らせられるスキルを持ったモンスターや魔導具などを探そう。我ながら素晴らしい考えだな!
うん、雫も連れて行けば新婚旅行も兼ねることになるぞ。まさに一石三鳥!
「っよし、決めた!」
俺はそう言って立ち上がり、隣りの席に座って議論を暇そうに眺めていた雫の手を取った。
「雫、新婚旅行しようぜ!!」
またもや一同が目を丸くしたのだった。
◇ ◆ ◇
数日後、俺はヴェルサイユ宮殿の一室で連合長の夢野と相対していた。
「結論が出ましたか?」
夢野が俺に向かって尋ねてくる。俺はそれに答えるように点頭した。
「単刀直入だが、ひとまず我が国は貴国から千丁の銃器を輸入したい。その銃器の性能次第ではあるが、のちのち貴国からは二万丁ほどの銃器の輸入を検討している」
「なるほど……千丁、ですか。どの種類の銃器をご要望で?」
俺は夢野から渡された銃器の種類が書かれたリスクを取り出し、欲しい銃器の種類を指差す。
「これを三百丁、これを二百丁、これを五百丁頼む」
「これとこれと……これですね。わかりました」
彼は俺が指した銃器の種類を手帳に記入する。
「ところで、銃器の出所とかは教えてくれないのか?」
ふと気になって尋ねてみると、彼は苦笑を返してきた。
「……出所は社外秘、というか国外秘です。すみませんね」
やっぱり素直に教えてはくれないか。
それから間を開けて、夢野は再び開口する。
「銃器の輸入時期についてですが、貿易船は一度陸路で帰国してから送らせてもらいますのでその間にお金の用意をしておいてください。締めて五千万円です」
俺は鼻を鳴らしながら即座に答える。
「用意もなにも、その程度ならばすぐに支払える」
五千万程度を前払い出来ないほどケチだとでも思われているのだろうか?
そう思って顔をしかめて不快の意を示すと、慌てた夢野は真っ青になった自分の顔の前で手を振った。
「す、すみません。発言を撤回させていただきます。……魔石の加工は難しいと聞き及ぶので、そんなすぐには支払えないのかと」
そういうことか。
まあ確かに魔石の加工は難しいが、ノームとドワーフに任せていれば一瞬とは言わずとも魔石硬貨は割とすぐにポンポンと発行されていく。
なので五千万くらいならば硬貨が足りなくなることもない。さすがに兆を越えると怪しくなってくるが、億までなら硬貨不足で支払えないなんてことはあるまい。
「何なら前払いで五千万円を支払おう」
俺はさも名案を思い付いたように指をパチンと鳴らして言った。
これには夢野も驚き、眉を持ち上げて目を見開いた。
俺らとしては前払いの方が好都合だ。そうした方が手っ取り早く四国に新婚旅行に行けるからである。
夢野達が四国避難所連合に持って帰った魔石硬貨に宿る魔力をクロウ達に辿らせることで、本当に魔石硬貨が戦略物資として使われるのか突き止めるのが新婚旅行の目的の一つだ。
モンスターは例外なく魔力を目視出来るから、魔石に宿る魔力も視認出来る。五千万円分の魔石硬貨の塊ならばそれだけ魔力も膨大な塊となるため、どこに魔石硬貨があるのかが一目でわかるという寸法だ。
「前払いはそれだけ俺が貴国を信用しているということだが、もしその信用を裏切ったら……わかってるね?」
「え、ええ。承知していますとも」
夢野は頬を引きつらせて苦笑いする。
俺はすでに四国避難所連合をまったく信用していないが、前払いをする理由を言っておかないと夢野達が怪しむ可能性もあるからな。
こう言えば夢野は大国故のプライドだと解釈して勝手に納得してくれるはずだ。
「これで五千万円だ」
そう言って俺は収納カードから魔石硬貨が詰まったいくつもの革袋を五千万円分取り出してテーブルに並べていく。
小さな収納カードから革袋を次々と取り出していくことに夢野は驚愕したが、それから少ししてテーブルに置かれた大量の革袋を見回して困ったように眉を『ハ』の字に歪めた。
「ええと。これ、一人で運べる量ではないと思うのですが?」
この部屋には俺と夢野しかいないが、この量を彼一人に運ばせるのはさすがに酷か。
「及川とかいう奴と大宮とかいう奴を呼んでもいいぞ」
「ありがとうございます」
もし三人でも運べなかったら蜃の分身の使用人達に手伝わせてもいい。まあ蜃の分身は王都から出られないから四国に持って帰るのは結局君達の仕事だけども。頑張れ。
「では慎介と大雅を連れてくるので、私はこれにて失礼をば」
夢野は頭を下げてから退室した。
さてと。夢野達が王都を発つまで暇だ。俺と雫だけで先に四国に行っているのもありかもな。魔力を辿れば魔石硬貨の在処はすぐにわかるし。
と考えているとミラージュが姿を現した。
「おや、まだ魔石硬貨を渡してないんすか?」
テーブルに所狭しと並べられた魔石硬貨の入った革袋を見ながらミラージュが言う。
「んなわけあるか。一人じゃ持ち運べないから夢野はお供の二人の市長を呼びにいったんだよ。ってか、会話聞いてなかったのか?」
「連合長と別行動している二人の市長を監視するのに集中していたんでマスター達の会話はまったく聞いてなかったっすよ」
「ほ~ん。ミラージュはいつも俺のことを観察しているとばかり思っていたが、違うんだな」
ミラージュ……というか本体の蜃は案外マルチタスクではないのかもしれない。百万体の分身を動かしているんだからミラージュは並行作業なんかが得意だと勝手に思ってたよ。
「いつもマスターを観察してるほど私も暇じゃないんすが……」
呆れたようにミラージュがこちらに視線を向ける。
おいお前、その視線はなんだ。マスターは暇っすよね、とでも言いたげな目だな!
「言っておくが、俺だって暇ではないぞ?」
最近は新婚旅行の計画を立てていて忙しいんだ。四国といったらお遍路だよね。楽しみだ。
「どうだか。マスターは大体いつもゴロゴロしているじゃないっすか」
「うぐっ!」
唸り声を上げながら俺は胸を押さえる。
やめろ。正論やめろ。俺は正論に弱いんだ。
「つーか用事はなんだよ。わざわざ正論を言いに来たわけじゃないだろ?」
「ああ、報告するのを忘れていたっすね。内藤さん……塚原さん? この際雫さんと呼ばせてもらうっすが、雫さんがマスターのことを呼んでいるっす」
お、雫が呼んでるのか。何だろ。
「場所は?」
「雫さんはマヨヒガの居間にいるっすよ。どうも新婚旅行の荷物を収納カードに入れてほしいらしいっす」
「おっけ」
ミラージュに返事をして椅子から立ち上がって扉を開ける。振り返ってみるとミラージュの姿はもうないので、俺はそのまま部屋を出てマヨヒガに繋がる渡り廊下を目指して階段を下っていった。