102.会議
俺は王城の大部屋に群臣を呼び集めた。
大部屋の中央には大きなテーブルがあり、そのテーブルの上には四国の地図が広げられている。そしてテーブルを囲うように並べられた椅子に俺や群臣達が座っていた。
「さて諸君。四国と九州のそれぞれに避難所を母体とした統一国家が誕生したようだ。で、今し方四国の方に誕生した統一国家の君主から接触があった」
それからしばらくは事の経緯を説明しつつ、四国避難所連合にどのような対応をすべきかの話し合いが始まった。
まあ俺の中では四国避難所連合から銃器を輸入することはほぼ確定しているが、皆の意見を聞いたら考えが変わるかもしれない。なので一応会議を開いたわけだ。
「仁藤さんはどう思いますか?」
俺は仁藤さんに問いかける。
今回の議題は外交についてなので、政治家である仁藤さんの得意分野だ。と言っても彼は外務大臣ではないが……総理大臣なのだからある程度外交能力はあると思う。
「国王陛下、私に対して敬語はお控えください」
「いや、でも仁藤さんの方が年長ですのでタメ口は抵抗がありますんで……」
「私は準貴族としてジパング王国の末席に名を連ねているのです。つまり私めは陛下の家臣です。なのに陛下が家臣に敬語を使うのは不適切でしょう?」
「そうなんですがね……」
俺は苦笑して頬をポリポリと掻く。
埒が明かないな。仁藤さんだけでなく榊原さんも同意見らしく、俺は彼らに対して敬語を使うたびに諫めてくる。
彼らの忠言を容れようとは思っているのだが、こちとらモンスター出現以前は社会人だったので年長者にはついつい癖で敬語を使ってしまう。
連合長の夢野には敬語を使っていなかったじゃないかと思われるかもしれないが、四国避難所から舐められないためにあえて敬語を使わなかったのだ。
ゾリグに対しても敬語を使わなかった理由も、わざわざ腰を低くしたら舐められるからである。
「ですが今は会議の最中なので、陛下の敬語に関しては後回しにしましょう。……私見ですが、銃器を輸入することに関しては賛成です。銃器があれば、我が国の軍隊はより強力なものとなるでしょう。その分兵士達に銃器の訓練をさせる必要はあるでしょうが」
と、仁藤さんは自分の意見を口にした。
そうなんだよねぇ。当然のことではあるが、銃器があれば手っ取り早く強くなれる、なんて単純な話はない。訓練をしなきゃ銃器を扱えないからだ。
それに……銃器を輸出するということは、輸出出来るほどの数の銃器が四国避難所連合内にある可能性が高い。となると四国避難所連合の軍事力は侮れないな。
「榊原さんの意見も聞かせてください」
俺は仁藤さんだけでなく榊原さんにも尋ねる。
「そうですね。我々軍部としては、銃器は喉から手が出るほど欲しいです。本官に任せてくだされば、兵士達に銃器の扱いを徹底的に叩き込みましょうぞ。ただ……これは交易ではなく貿易なんですよね? 硬貨、足りますか?」
あ、確かに。
出来ればそれなりの数の銃器を輸入したいが、銃器を購入するための硬貨が足りるかどうか。
新たに仲間にしたノームとドワーフ達に硬貨を発行を一任しているが、ドワーフといえども魔石を加工するのは一筋縄ではいかない。
それにもし硬貨が足りたとしても、夢野達が全ての硬貨を四国に持って帰れるのかという問題もある。魔石硬貨は非常に重く、嵩張るのだ。
「あ、マスター。監視していた夢野達の会話に気になることがありましたっす」
あーだこーだ皆で話していると、ミラージュがそう言って会議を一時中断させる。
「マスターの命令で夢野達を動きを監視して会話を盗み聞いていたのですが、どうやら彼らは何らかの企てがあって我々に貿易を持ちかけてきたようっすよ」
おっと、爆弾発言かましやがったぞ。
「えーっと……企ての内容はわかるか?」
俺は渋い顔をしながらミラージュに聞いた。
「心が読めるわけではないんで、さすがにそこまではわからないっす」
「そうか」
そもそも、ジパング王国に対抗するために四国の避難所が連合を組んだことで四国避難所連合は誕生したのだ。
だから四国避難所連合がジパング王国に対して友好的というのはあり得ない。
つまり今回の貿易には何か裏があり、四国避難所連合はジパング王国を罠にはめるつもりだと考えるのが妥当だ。……どんな罠なのかは不明だが。
「では、急ではあるが議題を変える。この貿易における四国避難所連合の狙いがなんなのかを議論しよう」
俺は群臣達に議題の変更を告げた。
それからしばらくして、南原さんが挙手をする。
「塚原さん、発言してもいいですか?」
「ん? いいですよ」
こう見えて南原さんは我らが宰相であり、俺の政治の補佐をする役割を担っている。少し前までは南原さんは政治に疎かったが、最近では政治を猛勉強しているため仁藤さん達とも専門的な会話をある程度出来るようになったと小耳に挟んだ。
ものすごい成長速度だ。南原さんの成長を間近で見ていた雫いわく、まるで珪藻土マットが水を吸収するかのように莫大な知識を吸収していったらしい。何それすごい。
珪藻土マットはヤスリがけすれば吸水力が元に戻ると聞いたことがあるが、南原さんは果たして。
……冗談だよ?
「もしやと思っていましたが、四国避難所連合は戦争準備をしているのでは?」
南原さんのその発言で大部屋の空気が凍り付く。
南原さんの意見はあまりにも突飛であり、そして、誰一人として至らなかった結論であった。いや、あり得ないと潜在的に誰もが断じていた結論だ。
四国避難所連合とジパング王国では、ほぼ全ての面においてジパング王国の方が圧倒的優位な立場である。故に、ジパング王国に戦争を仕掛ければ四国避難所連合の敗北は必至。
まさか四国避難所連合が無謀にもジパング王国に戦争を仕掛けるわけない。それがこの場にいる、俺を含めた皆の共通認識だ。
大日本皇国もジパング王国に無謀な戦いを仕掛けてきたが、それは蝦夷汗国という強大な遊牧国家から支援を受けていたからであって、もし大日本皇国単独ではさすがの藤堂もジパング王国との戦争は二の足を踏むに違いない。
「それは早計では? かの国が戦争を仕掛けると断定するにはまだ時期尚早です」
すかさず仁藤さんが反論を口にするが、彼の表情を見るにそれは心からの反論ではないように思える。
南原さんが指摘したことで、仁藤さんも戦争準備の可能性はあると思い至ったのかもしれないな。かくいう俺も、この貿易が戦争準備の可能性を否めない。
肯定も出来ないが、かと言って否定も出来ないといったところか。
なぜ否定も肯定も出来ないのか。それは、四国避難所連合がジパング王国に貿易を持ち掛けたからである。それも、四国避難所連合が輸出する側だ。
交易は物々交換だが、貿易は交易とは違って金銭のやり取りが発生する。輸入する側がお金を払って物品を購入するのが貿易だ。
今回の場合は俺達が銃器を輸入するため、ジパング王国が四国避難所連合にジパング円の魔石硬貨を払うことになる。
そう、魔石硬貨だ。魔石は魔法型の覚醒者が魔法を行使する際に使用することで、発動する魔法の威力を大幅に上昇させられる。そのため魔石は戦略物資に当たるのだ。
つまり四国避難所連合の目的は『銃器の輸出』ではなく『魔石の輸入』だということを南原さんは言いたいのだろう。
ジパング王国法において、ジパング魔石硬貨を魔法威力上昇のために使用することは違法ではない。
だってそれを違法にしちゃったら魔石硬貨がただの石っころと変わらなくなっちゃうだろ?
ただし、魔法威力上昇のために使用すれば魔石硬貨から魔力が抜けきってしまうから硬貨としての価値を失うことになるが。
まあ違法ではないので、仮に四国避難所連合が戦争準備をしていたとしても現状ではどうしようもないな。
こちらが出来ることと言えば、四国避難所連合との戦端を開いてからの行動を考えるくらいだ。
「じゃあまた議題を変更しようか。四国避難所連合が戦争を仕掛けてきたと仮定して、どのようにぶっ倒すか。意見がある者は?」
俺が皆の顔を見回すと、一同目を丸くしていた。