98.のほほんとした日常
東北征伐を終えた翌日、俺は王都にあるファミレスで本を読みながらフライドポテトを貪り食っていた。
このファミレスはミラージュのスキルで展開されているものなので、当然ながら料理の味は非常に良い。だからポテトを口に運ぶ手がまったく止まらない。
「あ、なくなった」
一皿分のフライドポテトを食べ終えてしまったので、テーブルの端にある呼び出しベルのボタンを押した。
すると男性店員の姿をした蜃の分身が俺の座る席にやって来る。
「ご注文でございますか?」
「うん。フライドポテトをもう一つ追加で」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
蜃の分身はそう言うと踵を返し、店の奥の厨房へと向かっていき姿を消した。
俺は無表情のまま手元の本に視線を落とすが、内心かなり驚いていた。
というのも、いつものミラージュならば俺にイタズラを仕掛けてくるはずなんだが、今回はそれがなかったからだ。それとももうイタズラをするのは懲りたのかな?
クロウとミラージュは祖父ちゃんが義勇兵として戦争に参加したことを俺に知らせなかったので、二人には長々と説教をした。それでやっとミラージュは懲りて、イタズラをやめたのかもしれない。
と思いながらふと視線を上げてみると、対面の席に銀髪の美女が座っていた。言わずもがなミラージュだ。
いつの間にかミラージュがいたことに衝撃を受けるのと同時に、やっぱりなと俺は納得した。ミラージュがふざけないなんてあり得ないんだよ。
「どうしたんすか、マスター。鳩が豆食ってポーみたいな顔して」
ベタなこと言ってんじゃねぇよ。
「で、ミラージュよ。何しに来たんだ? 俺は豪華なランチを満喫中で忙しいんだが」
「どこが忙しいんすか? 本読んでポテト食ってるだけじゃないっすか。それにファミレスのランチが豪華とか……あんた国王っすね? やけに庶民派じゃないっすか」
「いや、俺が今読んでるのは政治の本だからこう見えて勉強中なんだぞ?」
これからジパング王国をどのように成長させていくか考えるために、政治の本を読んで勉強してたんだよ。
それと庶民派国王の何が悪い! ファミレスは至高だ!(過激派)
「仁藤さんとやらがいるんすからマスターが政治を学ぶ必要はもうないんじゃないんすか?」
「いや、これでも俺は一応国王だからなぁ。ある程度は政治について理解を深めないといかんし」
よほどお飾りな奴でない限り君主も政治家なのだから政治を学ぶ必要はある。
「確かにその通りっすが、根を詰めすぎるのは良くないっすよ。ってことで、釣りするのはどうっすか?」
「根を詰めすぎるのは良くないということはわかるが……唐突になぜ釣りが出てくるんだよ」
俺は読んでいる本を閉じ、若干呆れたような視線をミラージュに向けた。
「釣りはのんびりとするものなんで、生き急いでいるマスターにはピッタリっす!」
生き急いでいるってお前……。
「つーか、釣りをするにしてもどこでやるんだ? わざわざ海とか川にでも行く気か?」
「実は王城の庭園に割と大きな池を造ってみたんすよ。だから、その池で釣りをしてみてはどうっすかね?」
ヴェルサイユ宮殿の庭園に池?
「いつの間にそんなの造ったんだ?」
「正確に言うと、造ったというより『蜃気楼』のスキルで生み出した幻影に実体を与えただけっす」
「ああ、そゆことね」
蜃の分身と同じ要領で池を造ったってことか。
「じゃあその池で釣りしてみっか」
◇ ◆ ◇
「釣れねぇ……」
ミラージュが造ったという池で釣りを始めて早一時間弱。が、一向に魚が釣れる気配がない。だから釣りは嫌いなんだ。俺はじっと待つのが苦手なんよ。
でも釣りを始めたからにはせめて一匹だけでも釣ってみたい。と思って魚が餌に食いつくまでしばらく待っているのだが、そろそろ集中力が切れそうだ。
「調子はどうっすか?」
魚が釣れないことに痺れを切らしていると、突然現れたミラージュが調子を尋ねてきた。
慣れてきたからミラージュが急に現れて話し掛けてきても最近は驚かなくなってきたな。
「まったく釣れないんだが?」
ため息交じりに釣りの成果をミラージュに伝えると、彼女はキョトンとした表情になったあとで腹を抱えて大爆笑した。
「アハハハハ! そりゃそうっすよ! だって池にはまだ一匹も魚を放っていないっすし」
……
…………
……………………
…………………………………………ん?
俺は目を見開き、驚きのあまり釣り竿から手を離した。
「え? なんだって?」
「お! ついにマスターも難聴系主人公デビューっすか! おめでとうございますっす!」
「ええい、ボケるな! そんなことより、さっき魚放ってないって言わなかったか!?」
「なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃないっすか」
じゃあマジで池に魚放ってなかったのか……。道理で一匹も釣れないわけだよ。
「いやぁ~、まさかまだ池に魚がいないことに気付いてなかったんすね!」
気付かなかったぜ……。
い、言い訳になるが、池の水が透き通っていなかったから魚が泳いでいないことに気付かなくてもしゃーないんじゃ!
「ってか、何で池に魚放ってないのに俺に釣りをさせるんだよ」
「そりゃ、マスターをおちょくるために決まってるじゃないっすか」
「決まってねぇよ……」
こいつはこういう奴だからな。ミラージュのこの件に関してはもう諦めた方が懸命なのかもしれない。そう考え、俺はため息をついた。
「ため息なんて吐いてどうしたんすか?」
「お前のせいだよ」
「はて、記憶にないっすねぇ」
はぁ……これが子を持つ親の気持ちなんかなぁ。手の掛かる子供だなぁ、まったくもう。
「じゃあ釣りは切り上げてファミレスに戻るか」
と俺は呟き、池ポチャした釣り竿を収納カードに仕舞った。
池ポチャって表現は少しおかしいか? 池ポチャってゴルフだもんな。まあでも、意味は通じるし問題はないか。
「あれ、釣りやめちゃうんすか?」
「ったりめぇだろ。魚釣れないのに釣り続けるわけねーじゃん豆板醤」
というかお前は魚がいない池で俺が釣りを続けるとでも思ってるんか? 俺はそんなマゾじゃねぇよ。
◇ ◆ ◇
魚が一匹もいない池での魚釣りを終えてファミレスに戻ってきてからしばらくののち、オユンが俺の元を訪れてきた。
「お、どうしたんだオユン。俺に用事か?」
「うん、用事」
「用事か。ま、座れや」
俺はフライドポテトを噛みながら隣りの椅子をポンポンと叩き、隣りに座るように勧める。すると彼女は視線をさまよわせて少し迷った末にわざわざ俺の対面にある椅子に腰を下ろした。
何だろう、俺の隣りは嫌だったのか? もし仮に、もし仮にそうだとしたらショック……。
「で、用事って?」
「ジパング王国には騎兵がまったくいないって俊也は言っていた」
「言ったな」
「でも行楽地に乗馬訓練場があった。何で?」
行楽地に乗馬訓練場? そもそも行楽地ってどこだよ。
「なんだそれ。乗馬訓練場なんて俺は知らないぞ」
俺がそういうと、なぜ知らないんだという風にオユンはコテンと首を傾げた。俺も首を傾げたいんだが。
考えられる可能性としては……さっき釣りをした池みたいにミラージュが勝手に乗馬訓練場を造っちまったのかもしれない。
ミラージュなら勝手に乗馬訓練場を造っていても違和感とかないし。
「おいミラージュ! いるんだろ? 乗馬訓練場ってどういうことだ?」
俺は辺りを見回しながらミラージュに呼びかける。だが、彼女は現れない。こういう時に限ってあいつは姿をくらますんよ。
まあ百聞は一見に如かずって言うし、ミラージュに聞くより見た方が早いか。
「この目でどんなもんか見てみたいからオユンは乗馬訓練場まで案内してくれ」
「うん、わかった」
というわけで、俺とオユンは行楽地にあるという乗馬訓練場に向かった。