聖夜の戦い 後編
書き忘れてましたが、閑話は本編とは別の世界線です。なので閑話での出来事が本編に関わってくることはありません。
おいおいおい、おいおいおいおい! 何でサンタクロースがいるんだよ!?
いや、確かに今日はクリスマス・イヴだけどさ! そういうことを言ってんじゃねぇんだよ!!
俺はエルフとサンタクロースを警戒して『劣雷槍』を構えた。
するとサンタクロースが俺の方に顔を向け、右手で白い髭を撫でつつ口を開く。
「ふぉっふぉっふぉ。武器を構えるとは、元気じゃのぅ」
うおぅ、サンタクロースが喋りやがった。
薄々そうなんじゃないかと思ったが、サンタクロースもエルフ同様にCランク以上のモンスターかよ。
クソ、マジで世界って理不尽だな。俺は強敵と死闘したいんじゃなくて雑魚狩りしてイキりたいだけなのに!!
というように俺が世界の理不尽さについて心の中で嘆いていると、エルフが歌うのをやめてサンタクロースに話し掛けた。
「サンタクロース様、あの者達を即刻殺しましょうか?」
か、可愛い顔して怖いこと言うね……。
「いや、すぐに戦うのは止そう」
「なぜです?」
「人の子とは初めて会ったのでな、会話したくなったんじゃよ」
うへぇ、目を付けられちまったな。だがどっちにしろ、こいつらから逃げるなんて選択肢はないから無問題だ。
……死にそうになったら恥も外聞も気にせずに逃げるがな。
「クロウ、サンタクロースのランクや持っているスキルとかわかるか?」
「わからん。そも、我はサンタクロースの存在すら知らんかった」
「そうか……」
クロウはサンタクロースの存在を知らなかったようだ。
だが焦ることはない。モンスターは上位存在が地球の神話などを元にして生み出した存在だから、サンタクロースが持つスキルもある程度は予想出来る。
例えば、なぜエルフがサンタクロースと一緒にソリに乗っているのか。それは、伝承においてエルフがサンタクロースの助手とされているからだろう。
おそらくマヨヒガの『門兵召喚』のようなスキルをサンタクロースが持っていて、それによりエルフを召喚しているんじゃないかな。
もしくはホブ・ゴブリンやハイ・オーク、ノームなどが持つ『従属化』のスキルによってエルフを従えているのかもしれない。
だが『従属化』のスキルで従わせられるのは下位種だけなので、もしあのエルフが『従属化』で従わせられているのならば、エルフはサンタクロースの下位種となる。
どっちかと言うと、ドワーフの方がサンタクロースの下位種っぽいぞ。髭とかが似てるし、どちらも体型が丸みを帯びてるし。
つまり俺が言いたいことは、あのエルフは『従属化』によって従っている存在ではなく、『門兵召喚』のような眷属召喚のスキルによって召喚された存在だと考えるのが妥当だってことだ。
というようにサンタクロースが所持するスキルを予測するために頭をフル回転させていると、彼らの会話が耳に入ってきた。
「というより君、何でさっきは歌を歌っていたんじゃ? それもクリスマス・キャロルを」
「歌った方がクリスマスの雰囲気が出ると思いましたので。それに今日は一年に一度の北極から出られる日なので、少し舞い上がっていたんです」
「ふぉっふぉっふぉ。儂らサンタクロースはイヴの日以外は北極から離れぬ習性じゃからのぅ」
マジかよ。
イヴの日以外には北極から出ないといういかにもなサンタクロースの習性にも驚いたが、そんなことよりも……まさか『ふぉっふぉっふぉ』って笑い声なのか!?
もしそうだとしたら笑い方気持ち悪ぃな! 何だよ『ふぉっふぉっふぉ』って!
ここはワンピースの世界じゃねぇんだから変な笑い方すんじゃねぇよ。するんだったら、お前と見た目が似てる白ひげみたくグララララっていう風に笑えよ。
まあモンスターはミラージュみたいな変な口調の奴が多いから、今更変な笑い方の奴が登場しても驚きはしない。ウザいとは思うが。
つーか、エルフが歌っていたのはスキルによる精神攻撃とかじゃなくて雰囲気かよ! 深読みし過ぎたせいで恥ずかしくなってきた!
それにしても……クロウがサンタクロースの存在を知らなかったのも無理はないな。
クロウはドワーフに詳しくなかったが、それだってドワーフが洞窟に住み着く習性があり滅多に外に出ないためドワーフの情報が乏しかったからだ。
あいつらの会話によるとサンタクロースはイヴの日以外はずっと北極に引きこもる習性らしいので、ドワーフ以上に情報が乏しいのだろう。その存在すらほとんどの人に認知されていないのかもしれない。
存在を知られていないなんて、サンタクロースとはかくも悲しいモンスターなのだろうと俺は哀れんでしまった。可哀想に。ドンマイ。
「ふぉっふぉっふぉ。モンスターを使役する人の子が儂を哀れみの目で見ている気がするのぅ」
「人の子の分際でサンタクロース様になんたる無礼を!」
やべぇ、サンタクロースを哀れんだことがバレてら。
それにこっちにサンタクロースの注意が向いちゃったし、さっきこいつらが会話してる最中に攻撃を仕掛けてたら良かったな。
「まあいい、先手必勝だ! 雫、クロウ! 先制攻撃をするぞ!」
「「わかった!!」」
まず俺は『劣雷槍』を高く掲げ、『擬神罰』発動のトリガーとなる言葉を唱えた。
「『神よ、裁きの雷を下し給え』!」
すると俺の詠唱に応じて『劣雷槍』が纏う電気が激しくなり、空は灰色がかった雲で覆われる。そしてその雲から一筋の雷がトナカイ目掛けて落ちると、続いていくつもの雷が彼らに降り注がれていく。
しばらくして空が晴れるとサンタクロースとエルフの両者は雷により麻痺して動けなくなり、八頭の空飛ぶトナカイはいずれも感電死してドロップアイテムと化していた。
しかし戦闘中のためトナカイのドロップアイテムを回収することが出来ず、落下していってしまった。あーあ、勿体ねぇ。
というか、トナカイが全滅したのにサンタクロース達が乗るソリは落下していないな。
ってことは、あのソリは空を飛ぶ能力がある魔導具の類いか? いや、魔導具ではなく物質系のモンスターである可能性も考えられる。
おそらくあのソリには空に浮かぶ能力は備わっているが動力は備わっていないので、ソリ単体では空に浮かぶことしか出来ないのだろう。
そう考えれば、空飛ぶトナカイがソリを引いていることに納得出来る。空飛ぶトナカイこそがソリの動力ってわけだ。
まあどっちにしろ、あのソリは厄介だな。
トナカイを全滅させればソリとともにサンタクロースともども落下していくと思ったからトナカイを狙って『擬神罰』を発動させたんだが、狙いが外れちまった。
でも幸いサンタクロースとエルフを雷によって麻痺させることには成功したし、今のうちに攻撃をしちまおう。
「雫はサンタクロース達が麻痺して動けない間に神器で攻撃してくれ! クロウはあいつらの麻痺が解ける前に『威圧』を発動させて動きを封じろ!」
俺が指示を出すと、空中の裂け目から取り出した神器の松明を片手に雫はすぐさまグリフィスから下馬してサンタクロースの元へと飛んでいく。
クロウはと言うと、視線を合わせて『威圧』のスキルを発動するためにサンタクロースとエルフに顔を近づけていた。
そんな雫とクロウを横目に、俺は騎乗しているグリフィスの頭を撫でる。
「グリフィス! お前は『先祖返り』を発動しろ!」
俺の指示に従い、グリフィスは鳴き声を上げて『先祖返り』を発動させた。
「グルルルルッ!」
その途端、グリフィスの体は金色に煌めき始める。そして発光が収まると、グリフィスはヒッポグリフからグリフォンへと姿を変えていた。
俺は急いで『劣雷槍』に五十個のCランクモンスターの魔石を吸収させて再び帯電状態にしてから、身をかがめてグリフィスの背中に抱きつく。
「グリフィス、突っ込め!」
「グルゥ!」
立派な翼を羽ばたかせ、グリフィスは八頭立てのソリに猛スピードで突進していった。
あまりの勢いにグリフィスから振り落とされないようにしがみつき、すれ違いざまにサンタクロースの顔面に狙いを定めて『劣雷槍』を振るう。
そうしたら見事、穂先がサンタクロースの顔をぶっ叩いた。
「よし、クリティカルヒット!」
サンタクロースの横を通り抜けたグリフィスは失速してから後ろに方向転換し、振り返る。すると、ソリの縁に立った黒い服を着たサンタクロースが俺達を見て笑みを浮かべていた。
「ふぉっふぉっふぉ。悪い子にはお仕置きが必要なようだのぅ」
ふぁ!? さっきまで赤い服を着ていたはずなのに!?
「すまぬ、マスター! 視線が合わせられず『威圧』が発動出来なかった!」
「マジかい!」
クソ、サンタクロースの動きを封じられなかったか!
だが見たところ、エルフは未だ麻痺している。だからサンタクロースを集中攻撃すればまだ何とかなる。
しかし、何でサンタクロースの服の色が赤から黒に変わっているんだ?
そういえば…………サンタクロースは双子で、赤い服を着た方は良い子にプレゼントを配り、黒い服を着た方は悪い子にお仕置きをするっていう伝承がドイツにあったよな。
その黒い服を着た者の名はクネヒト・ループレヒト。黒いサンタクロースとも呼ばれていたはず。
黒い服を着た奴は『悪い子にはお仕置きが必要なようだのぅ』と言っていたし、まず間違いなくあいつはクネヒト・ループレヒトだ。
ということは、モンスターのサンタクロースも赤い服を着た奴と黒い服を着た奴の二人がいるってことか。
ならば、俺がすれ違いざまに攻撃してから振り返るまでの間に赤い服の奴と黒い服の奴が入れ替わったのか?
いや、違う。そもそも双子なんかじゃなくて、クネヒト・ループレヒトに変じることが出来るスキルをサンタクロースが持っていたと考えるのが自然だ。
「雫! あのサンタクロースは変身したってことでいいのか?」
クロウはエルフと視線を合わせようとしていて手が離せないため、俺は雫に尋ねた。
「ああ、そうらしい!」
読みは当たったか。でも不味いな。グリフィスもフラガラッハもイザナミも、スキルによって変ずると攻撃力と防御力が上昇する。
だから、クネヒト・ループレヒトに変じたことでサンタクロースの攻撃力と防御力も確実に上がっているはずだ。
どうする。どうすればサンタクロースを倒せる?
「ぐわぁ!」
サンタクロースの倒し方を考えていると、突然横からクロウの悲鳴が聞こえ、反射的にそちらに顔を向ける。
するとそこには、麻痺が解けて動けるようになったエルフによって片翼がもがれて墜落していくクロウの姿があった。
「やべぇ!」
俺は急いでクロウをカードに送還する。
やはり夜にクロウを戦わせるのは無謀だったか。
「すみません、サンタクロース様。麻痺して今まで動けませんでした」
「ふぉっふぉっふぉ。儂もつい今し方まで動けんかったしお互い様じゃよ」
ソリの上で会話をするサンタクロース達を尻目に、俺は雫に小声で話し掛ける。
「撤退するぞ。あいつら強すぎる」
「そ、そうか……」
雫は歯を食いしばって肩を落とした。
おそらく彼女は、攻撃が通じなかったことが悔しいのだろう。神器である松明でサンタクロースを何度か殴りつける様子を目にしたが、その攻撃はサンタクロースにはあまり効いていなかったようだったし。
「雫は俺の後ろに乗ってくれ」
「わかった」
雫が乗ったことを確認し、俺は撤退するように指示を出そうとする──
───が、その直前にサンタクロースがソリの荷台から取り出した白い袋をこちらに投げつけてきた。
「おっと!」
俺は咄嗟にその袋を受け止める。
「ふぉっふぉっふぉ。もうじき聖夜も終わるから北極に戻ろうとしておったら、どうやら君らも戻るようだのぅ」
「あ? 聖夜が終わる?」
俺が首を傾げると、雫が耳打ちしてきた。
「空を見上げてみろ。明るくなってきただろ?」
「……本当だ」
空の星々が見えなくなり、太陽が昇ってきているのが目に入ってくる。
「ふぉっふぉっふぉ。サンタクロースは聖夜が終わる前に北極に戻らないとならぬ習性じゃ。そういうことじゃからこの戦いは引き分け。儂らは北極に戻るぞい」
「それはこちらとしても朗報だが、この白い袋は何だ?」
「その袋の中には君らが欲している物が入っておる。それはクリスマスプレゼントじゃよ」
「な、なるほど」
わかったようでわからん。何でクリスマスプレゼントを俺に寄越してくるんだ?
しかしサンタクロースは疑問には答えず俺達に向かって手を振り、エルフは引き分けだったことに納得いっていないようで俺達に鋭い視線を向けてくる。
それからサンタクロースが指をパチンと鳴らすと、突如として八頭のトナカイが空中に出現した。
すげぇスキルだな。トナカイが復活しやがった。
「ふぉっふぉっふぉ。ではいつかまた会おう。メリークリスマス!」
そして空飛ぶトナカイ達がサンタクロースとエルフが乗るソリを引いて去っていく。俺と雫はその光景をただただ呆然と見つめていた。
◇ ◆ ◇
12月25日、正午。
ジパング王国の王都・洶和久の中央にそびえ立つ、フランスの絶対王政を象徴するヴェルサイユ宮殿。
そこの大広間にて、クリスマスの立食パーティーが行われていた。
パーティーに参加している者のほとんどは蜃の分身であり、その他にはジパング王国の王侯貴族が列席している。
各テーブルには豪華な料理が所狭しと並べられているが、その中でも一際目立っているのがAランクモンスターであるリンドブルムというドラゴンの肉を使ったミートローフである。
その竜肉のミートローフの香りが大広間全体に広がっており、それがこのパーティーに出席した者の食欲を非常にそそっていた。
かくいう俺も竜肉の香りに引き寄せられ、丁寧に切り分けられたミートローフが盛り付けられた皿を手に取る。そして一切れのミートローフにフォークを突き刺し、口へと運んだ。
「どうすか、マスター? 美味しいっすか?」
「うお! いきなり背後に立って喋りかけてくるんじゃねぇよ! 心臓に悪い!」
「あ、すみませんっす。つい癖で」
暗殺者じゃないんだから背後を取るのが癖とか頭おかしすぎるだろ。でもミラージュの頭は元からおかしいからなぁ。
「で、Aランクモンスターの肉のお味はどうっすか?」
「ふむ?」
俺はミートローフの味に意識を向ける。
ミートローフは当たり前だが柔らかく、噛みしめると肉汁が口の中にじゅわっと広がっていく。どうもリンドブルムの肉には癖がないらしく、そのため食べやすい。
「うん、Aランクモンスターなだけあって美味いぞ」
「それは良かったっす。そう言ってもらえると料理した甲斐があるっすよ」
正確には王城で料理長をしている蜃の分身が作った食べ物なんだが……全ての分身は同一人物だからミラージュが作ったと言えなくもない、のか?
「にしても、よくAランクモンスターのドラゴンなんて倒せましたっすね?」
「いや、Aランクモンスターなんて倒してないぞ?」
「? どういうことっすか?」
「サンタクロースに投げ渡された白い袋を開けたら肉が入ってて、それを収納カードに入れたら解説欄にリンドブルムの肉って書かれてたんだよ」
サンタクロースの奴は、袋には俺達が欲している物が入っていると言っていた。確かに俺達はパーティーのために美味しい肉を求めていたわけだから、間違ってはいない。
だが欲を言えば肉じゃなくて魔導具とかが欲しかったな。
「なんすか、それ。私そんなこと聞いてないんすけど?」
「だって帰ってきたらミラージュが怒ってたから言う機会とかなかったし」
サンタクロース達との戦いを終え釈然としないまま俺達が王都に帰ってきたら、ミラージュが腰に手を当てて怒っていたのだ。だから言う機会がなかった。
「そりゃ怒るっすよ! マスター達が帰ってきたのは明け方だったんすから! それにクロウさんも大怪我を負っていましたし!」
「クロウの怪我ならポーションですぐに治ったじゃん」
「そういうことじゃないっす! 私、心配したんすよ!」
お、もしやこれはツンデレってやつなのでは?
「すまんすまん、悪かったよ。心配掛けちまったみたいだな。次からは気を付ける」
「そうしてくださいっす」
「おう」
会話が終わるとミラージュの姿が消え去り、俺をミートローフを咀嚼しながら次にどれを食べようかと近くにあるテーブルに置かれた料理を見回す。
そうしていると、雫が馬乳酒の注がれたグラスを持ってこちらに歩み寄ってきた。
「やあ、パーティーは楽しめてるかい?」
「思ったよりも楽しめてるよ。そういう雫は楽しめてるか?」
「もちろん。馬乳酒があるからな」
馬乳酒ってそんなに美味しいか? 俺は馬乳酒の酸味があんまり好きではないんだが、雫はそんなことないらしい。酸味が美味しいというのが意味わからんが、好みってのは人それぞれだからなぁ。
「ミラージュから聞いたが、俊也が馬乳酒を用意するように言ってくれたんだろう?」
「まあな。馬乳酒の在庫はたくさんあるから好きなだけ飲んでいいぞ。在庫が切れても、蝦夷汗国から輸入すればいいだけだし」
「ありがとう、好きなだけ飲むことにするよ。ところで、俊也が今食べているのがサンタクロースから渡された袋に入っていたリンドブルムの肉なのか?」
「そうだよ。食う?」
持っていた皿を雫の方へ突き出すと、彼女は手を伸ばして近くのテーブルからフォークを取る。
「ありがたく頂戴するよ。………………うん、ジューシーで美味しいね。馬乳酒に合いそうな味だ」
馬乳酒好きすぎだろ、と俺は苦笑いした。
その日、王都中にヴェルサイユ宮殿から漂うリンドブルムの肉の香りが広がり、王都の人々は食欲を刺激されたため飲食店の需要が増加したとかしなかったとか。