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聖夜の戦い 前編

 メリークリスマス!

 俺はマヨヒガの居間の畳であぐらを掻き、壁に掛けられたカレンダーを眺めながらミカンの皮を剥いていた。


「今日はもうクリスマス・イヴなのか」


 そう呟き、一房のミカンを口に放り込んで噛み潰す。その瞬間、ミカンの瑞々しく甘い汁が口いっぱいに広がった。


 甘い木の(みつ)と漢字で書くだけあるな。このミカンは甘酸っぱい種類のものではないから、酸味が好きではない俺でも美味しく食べられる。


 そうしてミカンを楽しんでいると、襖が開けられて居間に雫が入ってきた。


「お、ミカンか。私も欲しいな」


 と言い、雫はこちらに手を差し出してくる。


 俺は近くにある籠に手を突っ込み、そこから取り出した一つのミカンを雫に投げ渡した。


「ほれ」


「おっとっと……ありがとう」


 雫はお礼を言いながら俺の隣りに腰を下ろして正座し、ミカンの皮を剥いていく。


 へー、雫はそうやって皮を剥くのか。


 適当で乱雑に皮を剥く俺とは違い、雫は丁寧で綺麗に剥いている。ミカンの皮の剥き方って人によって個性出るから見ていて面白いよね。


「ん? 何を見ているんだ?」


 俺がミカンを頬張りつつ雫の皮の剥き方を見ていると、彼女は俺の視線に気付いてこちらに顔を向けてきた。


「雫はそうやって皮を剥くんだな……と思って見てたんだよ」


「ほう。私の剥き方は変かな?」


「いや、変じゃねぇよ。ただ綺麗な剥き方だったからな」


「ふーむ、なるほど」


 雫は相づちを打ち、それから一房のミカンを手に取って口に入れて咀嚼する。


 俺はいくつかの袋を一気に口に入れて噛んで飲み込むと、籠から新たにミカンを取り出しながら口を開いた。


「今日はクリスマス・イヴらしいぜ」


 すると雫は首を幾度か縦に振り、カレンダーに目をやる。


「もうイヴか。最近は寒くなってきたからな」


 雫の言う通り、最近は寒くなってきた。今、外は雪降ってるわけだし。だが俺達は厚着をしていない。


 なぜ厚着していないのかというと、マヨヒガは居住性が高いから取り外し不可の魔導具によって屋敷内は適温に保たれているんだ。


 マヨヒガは便利だなぁと俺が思っていると、雫がカレンダーを遠い目で見ながらポツリと独りごちる。


「一年なんてあっという間に終わるな」


「雫が言うほど今年はあっという間ではなかった気がするんだが……。今年はかなり濃い一年だったぞ?」


 つい先日まで俺は避難所でサンドバッグみたいに扱われていたが、それが今では一国の王様だ。


 それも小国の王ではない。本州全土を支配下に置く大国であり、北海道を統一した蝦夷汗国の宗主国であるジパング王国の王だ。


 避難所にいた頃は、まさか自分が国王になるとは想像だにしなかった。


 それに大日本皇国と戦争したり雫がアンデッドになったりしたわけだし、全然あっという間ではなかったんだが。


「確かに今年は濃い一年だった。だが……俊也とずっと一緒にいるのが嬉しくて時間の流れが速く感じられるんだ」


 そう言って雫は頬を朱色に染めた。可愛い。


「雫……」


「俊也……」


 俺達はしばし見つめ合い、唇を近づけていき──




「───あのー、良い雰囲気になっているところ悪いんすが、ちょっといいっすか?」


「「うおぅ!!」」


 俺と雫は急に居間に現れたミラージュに驚き、気恥ずかしさからお互い距離を取った。


「ど、どど、どうしたんだミラージュ!?」


「動揺しすぎっすよマスター……。見てるこっちが恥ずかしくなってくるんすが」


「うう、うううう、ううるさいなぁ!! だ、だだ、だだだだだだ黙ってろっっっっっ!!??」


「そこまで動揺すると逆に面白くなってくるっすね」


 うぜぇ!! こいつマジでうぜぇ!!


「落ち着け俊也」


「お、おう。そうだな……」


「それよりミラージュ。何の用だい?」


 俺より比較的取り乱していない雫がミラージュに用件を尋ねると、ミラージュはよくぞ聞いてくれましたという風に喜々として用事を語り出す。


「クリスマスパーティーやりたいっす!」


「「は?」」


 俺と雫の声が重なった。


「だ、か、ら! パーティーっす! クリスマスパーティーやりたいんすよ!!」


 ミラージュはそう言って目を輝かせる。


 急にパーティーやりたいとか言い出すなよ。


 それにしても……パーティー、か。そういや、大日本皇国に勝ったのに戦勝パーティーとかはしていなかったな。


「なら本州戦争の戦勝記念パーティーも兼ねて、クリスマスパーティーでもやってみるか?」


 と俺が口にすると、ミラージュは嬉しそうに口元を綻ばせた。


「マジっすか!? クリスマスパーティーやってくれるんすか!!」


「あたぼうよ」


 元々俺も雫も大人数でガヤガヤ騒ぐのは嫌いじゃないし。


「じゃあミラージュは空いてる部屋に飾り付けをしてパーティー会場を用意しておけ。俺と雫はCランクモンスターを狩ってパーティー用のモンスター肉を集めてくる」


「了解しましたっす!」


 ミラージュは俺に敬礼をすると、次の瞬間には煙のように姿を消していた。


「というわけで俺は狩りに出掛けるが、雫はどうする?」


「私も付いていくことにするよ」


「おう。じゃあ支度してこい」


「そうするよ」


 雫は支度をするために居間を出ていった。


 なんだかんだで、クリスマスパーティーが楽しみだな。モンスターが出現して以来、クリスマスを祝うなんてやってなかったから実に四年ぶりのクリパだ。


 顔を見たらわかるが、雫もパーティーを楽しみにしているようだし。彼女のためにもパーティーでは馬乳酒を用意するようにミラージュに言っておくか。




◇ ◆ ◇




 数時間後。


 俺と雫の二人は夜空の下でホバリングをするグリフィスに跨がっていた。


「う~ん、なかなかCランクモンスターが見つからないな」


 俺は自身の肩に乗っている腐肉喰いの頭を撫でながら愚痴を漏らす。


 ランクの高いモンスターからドロップする肉の方が美味しいので、俺達はCランクモンスターとの遭遇を求めて狩りに出た……のだが、見掛けるのは雑魚モンスターばかり。


 出来ればドラゴンの肉とか食べてみたいんだがなぁ。


「俊也、あまり焦らない方がいいぞ。人というのは焦るとミスを犯すものだ」


「確かにそうだな」


 俺はため息まじりに頭を掻いた。


 あまりにモンスター肉の調達が遅れるとミラージュが文句を言ってきそうだな。


 ミラージュは『蜃気楼』のスキルによって王都内限定ではあるが神出鬼没なので、あいつを怒らせると四六時中耳元で文句を言われるんだよな。まあつまり、あいつを怒らせると面倒なことになるってわけだ。


 だから可及的速やかにCランクモンスターを狩って肉を調達したいのだが、周囲を探らせている腐肉喰いが何の反応も示していないのでCランクモンスターはここら辺にはいないみたいだな。


「グリフィス、ここいらにCランクモンスターはいないみたいだし別の場所に移動してくれ」


「グルゥ!!」


 俺と雫を乗せたグリフィスは星の輝く雄大な空に翼を広げ、バサバサと音を立てながら移動を開始した。


 ものすごいスピードでグリフィスが空を進む。だが、夜空の星々はグリフィスはそのスピードに振り落とされずに付いてきている。


 しかし地球の自転にはさすがの星々も振り落とされ、夜が終わりを告げて朝を迎えてしまうことだろう。事実、あと数時間もせずに天道様がそのご尊顔をお出しになる。


 …………なんて言うと詩人っぽいな。


 そんなことを考えていると、雫か話し掛けてきた。


「空を見上げているが、何かあったのか?」


「いや、見ての通り星を見ているだけだぞ。星を見ていると安心するからな」


「ほう? それはなぜだか聞いてもいいかい?」


 彼女は首を傾げながら、星を見ていると安心する理由を俺に尋ねてくる。


「ほら、モンスターが出現してから四年も経っていろいろと世界は変貌しただろ? だけど、星ってのは全然変わらずそこにある。だから星を見ていると、ここは地球なんだって改めて実感出来るから安心するんだ」


 と言っても、知っている星はほとんどない。わかるのは月だけだ。でも、太陽や月が変わらずに空にあるというだけで安心することが出来る。


 だからなのかもしれない。国名に太陽を入れたのは。俺は無意識の内に安心を求めた、ということか。


「なるほどな。確かにモンスターによって地球は悪い方向へと変貌したが──」


 そこで雫は一呼吸置き、天を仰ぎ見た。


「───星だけは相も変わらず夜空に鎮座している。うん、俊也は面白い考え方をするな」


「そんなに面白いか?」


「面白いよ、その考え方は。私にはない視点での考え方だからね」


 おお、絶賛されとる。そんなに褒められると照れるな。というか()()ずかしくなってくる。


 そんな中、肩に乗った腐肉喰いが俺の耳元で突然『キュウッ!』という鳴き声を発した。


「敵か!?」


 俺は瞬時に収納カードから帯電状態の『劣雷槍』を取り出し、腐肉喰いが顔を向ける方向を睨む。


 モンスターがこちらに近づいてきた場合は、鳴き声を上げてから敵の方向に顔を向けておくように腐肉喰いには指示を出していたからな。


「俊也! 敵なのか!?」


「ああ、おそらくな! それに、腐肉喰いの反応を見るに敵は十中八九Cランク以上のモンスターだ!」


 そう言いながら俺は腐肉喰いをカードに送還し、続けざまにクロウを召喚した。


 ちなみに、イザナミは戦闘に参加してくれないから仕方なく召喚した状態のままマヨヒガに残してきた。


「クロウ! 敵の姿はまだ視認出来ていないが、腐肉喰いによるとモンスターがこちらに向かってきているらしい!」


「……ふむ、そのモンスターのランクは?」


「おそらくCランク以上!」


「相わかった。だが今は夜中である故、我は日中より弱体化している。だから足手まといになる可能性があるぞ?」


「それは知ってる! お前は『威圧』のスキルで敵の動きを封じることに努めろ!」


「委細承知した!」


 太陽が出ていない夜は『太陽の化身』のスキルが発動しないため、夜中のクロウの攻撃力と防御力は日中と比べて半減している。


 だから今のクロウの攻撃力と防御力はCランク中位のモンスター程度にまで落ちている。


 だが、それでもクロウは『導き手』と『威圧』という有用な二つのスキルを持っているため、戦闘時に足を引っ張るようなことはない。Cランク上位のモンスターであるクロウは伊達じゃないってことだ。


「ん?」


 こちらに近づいてくるモンスターに警戒していると、不意に俺の耳が遠くから聞こえてくる美しい歌声を捉えた。


 これは……女性の声だな。自然と聴き入ってしまうほどの声量であり、それでいながら無理矢理絞り出したようなかすれた声ではないので聴いていて心地良い。


 歌っているのはクリスマス・キャロルか? 聖夜にぴったりの曲だな。


 すると雫は聴こえてくる歌声に耳を傾けながら、ポツリと疑問を口にした。


「この歌声は敵のものなのか?」


 俺はしばし考えてからその疑問に答える。


「雫の考えている通り、ほぼ間違いなく俺達に接近してきているモンスターのものだろうな。ただあの歌声がスキルによる精神攻撃の可能性もあるから気を付けてくれ」


「俊也も気を付けろよ」


「合点承知の助」


 と言いつつも、ついつい聴いてしまう魅力があの歌声にはある。その魅力こそが、あの歌声に秘められたスキルの効果の一つではないかと俺は考察した。


 人を魅力する歌声というと……パッと思い浮かぶのはセイレーンだな。セイレーンは半女半魚の人魚として有名であり、美しい歌声で船乗り達を惑わせて船を遭難・難破させる怪物として広く知られる。


 しかし元々、セイレーンは人魚ではなく上半身が女性で下半身が鳥の姿をしていて、後世においてセイレーンは人魚と混同されてしまったのだ。


 なのでもし上位存在がセイレーンを半女半鳥の姿として生み出したのならば、この歌声の主がセイレーンである可能性はある。


 他にも歌が上手い神などはいくつかの神話に登場するが、そいつらが空を飛ぶ描写は神話にはない。


 だがクロウによると、神の名を冠する種族のモンスターは例外を除いて空を飛べるらしい。


 でもさ、人を魅力する歌を歌う神ってどんなのがいっけ? あんまり覚えてないな。


 え~と……俺の記憶が正しければギリシア神話に登場する文芸を司る女神ムーサとフィンランドの民間伝承において魔法と歌と詩の神とされるワイナミョイネン、インド神話に登場する音楽の神キンナラは歌が上手い神だったはず。


 ただこの歌声は明らかに女性のものなので、男神であるワイナミョイネンがこの歌声の主の可能性は低いと言える。


 それに今挙げたムーサ、ワイナミョイネン、キンナラのいずれの神も歌が上手いだけで、歌を歌って人を魅力するなんてことはない。


 だがそれは俺の推測であり、この歌声に人を魅力する力があるのかどうかは実際にはわからない。そのため、この歌声の主がムーサやキンナラの可能性はある。


 とすると、この歌声の主がキンナラである可能性が高いんじゃないかと俺は思う。キンナリー(キンナラの女性形)はタイなどの東南アジアでは上半身が人、下半身が鳥だと考えられているからな。


 そうこう考えていると歌声の主が少しずつ俺達との距離を縮めていき、それに伴ってその姿が徐々に露わになった。


 歌声の主は空飛ぶ八頭の()()()()()()()()()に乗っていて、造りもののように美しい顔立ちの女性であり、耳がとんがっていた。


 そう、それはドワーフと並ぶ有名なファンタジー種族───()()()だった。


「クロウ! エルフのランクは何だ!!」


 こんなのはわかりきった質問だ。だってあのエルフはハミングをしているではなく()()()で歌っているからだ。


 日本語で歌えるということは人語を操れるということであるので、エルフのランクがC以上だということは明白だ。


「エルフのランクはC! それも我と同じくCランク上位に位置しておる!」


「マジかよっ!?」


 Cランク以上だということはわかっていたが、Cランクでも下位か中位相当だと思っていた……でもそれは希望的観測だったか。


 しかしこの程度で驚くなかれ。なんと八頭立てのソリには一人のエルフだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が乗っていたのだ。


 それはまさしく……


「サンタクロースッ──!」



 後編は明日投稿します。


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