本領発揮
あの小熊を埋葬して、アルバとダスクはさらに奥深くに来た。森の奥に行くにつれ、鬱蒼としてきている気がするとアルバが感じたとき。二人の背後に、黒い黒い影が忍び寄っていた。そしてそれは、突如二人に飛びかかる。
「ガシャアアッー!」
「ひえーっ!」
「え、ちょっと待てこれどうすんのアルバー!」
「知らんとりま逃げよー!」
独特な声を上げて二人に襲い掛かる黒豹。それから必死に逃げ、走りながら今後について話し合う二人。その光景はあまりにも滑稽だった。
走って走って、更に走ったその先にあったのは——。
海——。
二人はさらに慌てて、どんどん知能指数が下がっていく。何やってるのやらこいつらは。
「ほんとにどうする……?」
「知らんがな……」
アルバに縋るダスクと、全てを諦めたアルバ。じりじりと黒豹が迫ってくる。一歩、一歩と二人は足を後ろへ。だがもうすぐで海に落ちてしまう。どうしよう。だがここでアルバはルスワールの存在を思い出す。
「フレイム・フロウ!」
アルバがルスワールを円を描くように振る。炎が渦巻き、空洞を作る。その穴は徐々に縮み、相手を焼き尽くす。アルバの得意技だ。燃え盛る炎に、アルバは軽くガッツポーズをする。だが、それは甘かった。
「え、嘘……」
ダスクの膝が脱力した。黒豹は、炎を蹴散らして、無傷でそこに存在しているのだ……。
「ダ、ダスクってなんか使える?!」
「ええ……。私黄昏以外には動物とかしか操れない……。あ、そうだ!」
だが、今の時刻は午後四時。ダスクが力を発揮できる時間だ。太陽は辺りを紅く包む。ダスクの透明な髪留めに、その空が映った。
黄昏。美しき世界。切なく無情で、だけども一日の穢れや受難全てを包み込んで夜闇に消し去る、風光明媚の儚きその一瞬——。
ダスクの髪が解かれ、柔らかなウェーブの黄昏の様な金髪と化す。それはアルバがいつか見たダスクと全く同じだった。ダスクは柔らかい光を発しながら瞳を光らせる。その光景はまるで天使の様に優しいが、威風堂々とした女帝の様にも思えてアルバは恍惚として彼女を見つめた。
「クネパス・ウィンド……! 黄昏の風、吹き荒れろ……!」
ためる様なダスクの決め台詞が響く。彼女の弓から矢が放たれた瞬間、魂を宿った黄色の風が吹き、黒豹の体を包み込むと、そこにはもう黒豹の姿は無かった。
元の姿に戻ったダスクは、変わらぬ笑みを浮かべた。
「私、風属性と木属性だわ」
ダスクの使い込まれた弓矢が大切に背中へ仕舞われる。思えばあれは、よく初心者冒険者がリスタリアの店で買っていく初心者向けに作られた、スコープすら付いていない基礎弓矢だ。それを黄昏の神が使っている。そう考えるとダスクの弓矢への愛着がよく分かった。
「そう……なの?」
「うん。さっき魔術方程式を立ててたら、風属性と木属性の解を編み出せたから」
ダスクは本当に頭脳明晰だ。基礎魔術方程式、応用魔術方程式、物理魔術方程式、陣形計算、魔導書政策、魔法陣美術。全ての学問をこなし、唯一無二の黄昏の神となっている。
「じゃ、海の宝石を見つけるかね」
そう言ってダスクは弓を構えた。息を吐いたのと同時に矢が放たれる。すると、海面を木が突き破って生えてきた。木々の葉の間には青い海があり、それはとても幻想的。これが本当の樹海である。
「火属性は海の中に入れないでしょ?」
「う、うん……」
ダスクは葉の上を渡り、あっという間に沖へ出て潜ってしまった。アルバはポニーテールを解いた。毛穴が解放され、一気に頭痛が治まる。バーントシェンナの髪は、今日はいつもよりくすんでいたようにアルバは感じ、またポニーテールを作った。頭痛に慣れようと、アルバは毛穴をマッサージする。
これは悔しみ。ダスクが自分よりも輝いていたから。アルバはため息を吐く。
すると、ダスクが帰ってきた。彼女は、真っ青に光る、小さな欠片を手一杯に持って戻ってきた。
「見つけたよ! 海の宝石」
「わあっ!」
それはとても綺麗で、二人で歓声をあげる。それを大切に袋に仕舞うと、二人は帰路についた。
アルバは、一つダスクに言う。
「あたし、ダスクみたいな魔法を使えるようになりたいなあ」
その瞬間、ダスクがにやりと笑った。
「じゃ、戻ったら私と勉強だね」
「えっ……! あっ、ちょっと……」
手を引っ張られるアルバと、すごく楽し気なダスク。何億年もの友情は、いつまでも途切れることはなさそうなのであった。