ダンジョンデビュー(?)
父の形見の懐中時計。母の形見の飴色をした髪留め。兄の形見の帽子。
アルバの家族は全員もう亡くなっている。だがアルバはそれでも、悲しむことを知らずに強く逞しく育った。幼いアルバは、いい意味で何も知らず、傷つかなかったのだ。
無知は時には救いになる。
アルバにはもう、過去を振り返る余裕などなく、今はダスク、アネラと共に戦闘用具を集めるため、街へ出ていた。
「街に出たの、結構久しぶり……」
ダスクは目を輝かせながら辺りを見渡している。アネラに関しては、海のハーバリウムをずっと弄っている。
それにしてもアルバは、さっきアネラが発した「レウェリエ・クリース」という名がどうも心に引っかかっていた。アルバのフルネームは、アルバ・エナス・クリース。クリース、という名はこの世界に一世帯しかいない。(というよりここでは家族以外で同じ名前を持つものはそうそういない)なのにラストネームが一致しているのだ。そして絶対に何処かで聞いた。アルバは昔から直感が鋭い。だからこの名にも何かが隠されている。そう信じてやまなかった。
「ねえ、アネラ」
小さな手からそれが零れ落ち、首から下げられた紐によって宙ぶらりんになる。中の海水が悪戯に跳ねた。それがかえって美しさを助長させている。
「何?」
「その、さっきのレウェリエ・クリースってどんな人?」
アネラの瞳が揺らいだ。鮮血と深海の美しい世界に、激震が迸る。
「理に反して、魂を凍結された女」
アルバは固まった。……魂を凍結された……? それは大昔のアルバに酷似した状況だった。
アルバもまた、大戦争で勝利を収めて聖女となり、その後すぐに封印された。何故封印されたのか、誰が封印したのかは誰にも分からないが、アルバにとって大きな傷となったのは変わらなかった。
「星の使い手で、世界最強と言われていたのだけど、彼女はとある魔王と戦う時に、負けそうになって禁忌の宇宙破壊魔法を使ってしまったの。エステラでは大女帝様の教えに従わないと魂が凍結されてしまうの。で、大女帝リーナ様、レーナ様が遺した教典の掟には、『エステラに生を受けた者は、与えられた宿命に従って生きていかなくてはならない』とある。つまりは、彼女は掟を破った。今は神殿で『悪魔』として受刑者たちと共に封印されている……」
アルバの瞳から表情が消えた。宗教は本来、人を幸せにするために生まれた。なのにそれで人間同士傷付け合ったり戦争をするのはなんと愚かなことかと、アルバは暁の創造神として思っていた。宿命から逃れられる者はいないとはいえ、なんと無慈悲なのか。アルバは心を痛めた。
「ささ、着いたよ」
ダスクがにこりと笑った。そこはここら辺では有名な武器屋、ランテルル武器工房である。一般的な剣から、マイナーな棍棒まで扱っている。アルバ行きつけの武器屋だ。
「いらっしゃい!」
「あれ、リスタリア、今日はライデットさん留守?」
「いや、工房にいる」
リスタリア・ランテルル。白色のバンダナを頭に巻いた、この年にして武器職人の師匠となった少女。母親は既に他界し、今は父親のライデットと武器屋、工房を営んでいる。
「で、今日は何を買いに来たの?」
リスタリアが二つ結びの黒髪をくるくると指に巻き付けながら訊く。
「大剣」
「弓」
「短剣」
「いやダスクとそこのお姉さんはまだしも、アルバに関してはその最強なルスワールあるでしょうに。アルバ、ルスワール修理しようか?」
「ん、お願い」
アルバはルスワールをリスタリアに預けた。棚をガサゴソという音を立てて漁るリスタリアを横目に、アルバは店内を見渡す。綺麗な木目の天井。錆びた金属の柵に取り付けられた、手作りかと思われる木の棚。材料を入れる袋は、馬や牛の飼料だ。確か、リスタリアの母は農婦で、ここも元々は家畜小屋として使われていたんだと、昔リスタリアが言っていたことをアルバはふと思い出す。
「お姉さん、何属性?」
リスタリアがアネラに訊く。リスタリアの手には、様々な色をした宝石が乗っていた。これを武器にう埋め込むことで属性が決まリスタリアは言う。
「あ、海です」
「海……海か……。海の宝石、今ないんだよね……」
頭を抱えるリスタリアと、目を見開くアネラ。このままではアネラが戦えない。どうしたらいいのか。アルバとダスクも慌てたその時、リスタリアが衝撃の発言をした。
「そうだ。アルバとダスクで見つけてきなよ! 近くのダンジョンにあるからさあ」
「「え、ええっ?!」」
困惑するアルバとダスク。リスタリアに色々問いたかったが、できなかった。こんな時でもリスタリアは得意げな顔をしている。彼女たちはこれからどうするのだろうか。