始まりの朝 ゆきサイド
「ゆき、起きてる?」
母の呼びかけに、うんうんと答える。
「朝ごはんできてるから食べてね。お弁当も用意したから」
うんうんと答える。そしてスマホでメッセージを送る。
チロリンっと母のスマホが鳴る。
【ありがとう。お母さん】
「遅刻しないようにね」
ゆきは、部屋から出て顔を洗いに洗面所に向かう。正直、あまり学校には行きたくない。
新しい2年生になり新しいクラスになるからだ。ゆきは、学校でも家でも喋れない。いつからだろうか、理由は色々ある。思い出すだけでも黒い何かが心を乱す。
『頑張ろう』
冷たい水で顔を洗い、気持ちを切り替える。
ゆきは、母に見送られながら家を出た。学校までは自転車で時間は約15分くらいだ。
風を切る音を聞きながら、今日一日をどう乗り切るか考えていた。
学校に着くや、自分のクラスを確認しなくてはならない。
『はぁ…』
意を決して近づいてみる。しかし、誰かにぶつかってしまった。
『まずっ…』
危うく転ぶところをぶつかってしまった人が支えてくれた。ちらっと見た。
『あわわ!ど、どどしよう。男の子』
しかも、男の子に腕を掴まれたことにゆきは慌ててしまい、男の子がなにか言っていたみたいだがそのまますり抜けてなんとか自分のクラスを確認できた。
『はぁ…』
なんとかクラスにたどり着き、自分の席に座ることができた。
『なんだかなぁ…』
新しいクラスになり周りでは、また同じクラスだね、よかったら連絡先、お昼一緒になどなど騒がしくしている。
こういう時は我関せずを貫き通すに限る。今までの経験から話しかけられてもあまりいいことはなかったし、自分から話すことなんてできないからだ。
「トシはどこよ?」
「窓側、後ろから3番目だわ」
「近いね。真ん中4番目」
『窓側後ろ3番目って私の隣?』
近づいてくる気配がする。どうかほっといてほしい。
「あ」
トシと呼ばれていた男の子が私を見ている。
身長は高い方だと思う。大人しそうな人、どこかで会った?
「おはよう。去年は別クラスだったよね。よろしく。俺は新山俊明。」
『あわわ、私に話しかけてきてるよね。どうしよう…このまま無視は良くないよね…とにかく…』
がさごそとゆきはバックからノートを取り出してペンで文字を書く。
(おはようございます。神崎ゆきです。よろしくお願いします!)
『だ、大丈夫かな…』
不安でいっぱいの中、隣の新山さんに向けてノートを見せる。
『変だよね…』
少しの間がすごく長く感じる。体がぶあっと熱くなるのがわかる。それに1年の時も色々あり、後半は特に色々あって一人でいた。
「お、う。神崎さんね。よろしく」
戸惑っているのがわかり、ノートに書く。
(変ですよね、しゃべるの苦手で)
「あ、いや、ごめん。俺も書くべきなのか悩んだだけで、別に気にしないよ?」
新山さん頭をぽりぽり掻きながら笑っていた。それを見てほっとした。
ゆきは、急いで次を書いた。
(全然!しゃべってください。ありがとうございます^_^)
『よし、大丈夫かな。話せてるよね』
「顔文字かい。顔あるのに。まあ、これからよろしく」
ぶあっと顔が熱くなる。たしかに、顔文字は微妙だったかも…
ゆきは思う、こんな簡単な挨拶に話せて喜ぶ自分とほっといてほしい自分がいることに。それは嬉しいような、変わりたくないような、そんな新山さんとの出会いだった。