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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
最終章
43/50

惨劇

 乙女の花園と化していたカラオケ店の個室に、ノックもせずに入ってきた大人の男たちに向かって、私は眉をひそめ言う。


「どなたですか? もしかして部屋を間違えていらっしゃるのでは?」


 男たちがにやつく。


若頭わかがしらー、例の女がいましたぜ」


 モヒカン頭の男が通路に向かって叫んでいる。


 何かがおかしい。というより、密室で男五、六人に囲まれてるなんて、これはかなりまずい状況なのではないかしら。店員はいったい何をしてるのよ。


 また男が二人、入ってきた。一人は細身で長身。白のスーツを着ている。もう一人の方は体が横にでかくて筋骨隆々。唇にピアスを開けている。


 白スーツの方が首をひねりながら、


「あー、たしかにいるな」


 と言った。その声がとても乾いていて、不気味で、だから私は琴刃さんを守るように手を横に広げる。が、男はそんなこと関係ないとでもいうように琴刃さんを指さす。


「火口琴刃だな?」


 琴刃さんは答えない。


「答えるつもりがないのか? なら仕方ない。女三人とも全員連れてけ」

「私です。私が、火口組組長の孫娘、火口琴刃です」

「来い」


 男があごでドアの方をしゃくって見せた。琴刃さんは震えながら一歩踏み出す。まずい。私が動いたのと同時に、雷華さんも動いていた。二人で左右から手を取り、彼女の歩みを止める。


「何してる? 早く来い」


 白スーツの男はじれったそうに足先を貧乏ゆすりしている。


「あ、あなたは何の目的があって琴刃さんを――」


 いきなりだった。いきなり、とてつもない爆音が鳴り、耳が痛んだ。


「なに? 大砲?」


 雷華さんは混乱して琴刃さんの手を離してる。私はより一層、強く琴刃さんの手を握る。


「次ごちゃごちゃ言った奴はこうなる」


 白スーツの男が親指で指し示した先には、唇ピアス男がいた。その男の巨体が退くと、見えた。穴の開いた壁が。唇ピアス男は拳を振り、指と指の間に付着した壁の材料を払い落している。

この男は、拳で、壁に穴を開けたのだ。


 その圧倒的な暴力に私たちは絶句するしかない。ひざが震えだすのをこらえるだけで精いっぱい。でも、この手だけは離してはいけない。そう思っていたのに。


 琴刃さんは何かを断ち切るように私の手を鋭く払いのけ、男のもとへ行ってしまった。


「火口組の奴らに伝えろ。おたくの琴刃お嬢の身柄は油川組が預かった。返してほしければ、組長一人で来い。木ノ國村きのくにむら四丁目893番地の廃工場で待つ」


 白スーツの男はそう言って琴刃さんの肩を抱くと、通路の方へ消えた。他の男たちもけだるそうに男のあとにつづいて出て行く。最後に唇ピアスの男が山のような巨体をゆすりながら出て行くと、あとに残ったのは私と、腰を抜かして「琴刃、琴刃、パパ」と泣きじゃくる雷華さんだけ。私は吐き気に襲われながら、震える指先をスマホに押し当て、ある番号に電話をかけた。


「はい、黒沢です」


 その声は、いつも店で接客をしているときと変わらない。さわやかで嫌味がなく、人を落ち着かせる。でも、私はこの声の主のことが嫌い。大嫌い。


「もしもし? 神崎先輩、ですよね?」

「はい、神崎です」


 声の震えが止まらない。でも、伝えないと。


 琴刃さんに初めて店に連れて行ってもらってからその後も、私は一人でもあの店に通い、黒沢流についての情報を集めた。彼は自分のことはあまりしゃべろうとしなかったが、店のマスターであり彼の姉でもある花菜さんが彼について色々と教えてくれた。


「流君はすごく強いのよ。一対一でも一対多でも絶対に負けないわ。私とね、私の上にもう二人姉がいるんだけど、この三人でスパルタの民も真っ青になるほどのスパルタ教育で鍛え上げたの。どんな敵からも女の子を守れるように」


 そんなことを言うから、私は琴刃さんにもしものことが起きたときのために、彼と電話番号の交換をしておいたのだ。そして今日、もしもの事態が起きてしまった。


「黒沢君、あなた、すごく強いのよね?」


 私は涙交じりの声でそう言った。黒沢君が異変に気づいた。


「火口に、何か起きたんですか?」

「さらわれたの。だから助けに行かなくちゃいけないの」

「助けに行くって場所は? 火口はどこに? いや、それより、先輩たちは今どこに?」

「助けに行かなくちゃ。一刻も早く。ねえ、協力してくれるわよね?」


 私は彼の言葉なんか聞かずに自分の言葉を押し付けた。そうでもしないと、自分を保っていられそうになかった。


「先輩、落ち着いてください。落ち着いて状況を――」

「これが落ち着いてられるわけないでしょ。琴刃さんがさらわれたのよ。今すぐ助けに行かなくちゃいけないの」


 なのに、足が動かないの。どうすればいいか、わからないの。琴刃さんに振り払われた手が、今もまだ痛くて痛くてしょうがないの。


「先輩、火口を助けたいなら落ち着いてください。でないと、助かるものも助からなくなる」


 感情を抑えつけて話す黒沢君に対し、私は、みっともないまでに感情を発露させて支離滅裂に話す。


「先輩、落ち着いて――」

「早くいかなくちゃ。助けに。場所は木ノ國村の廃工場。黒沢君も来て。私一人じゃダメなの。私じゃ、ダメなの。だからお願い。来て」

「助けに行きたい、その気持ちはありがたいが、あとはわしらに任せてもらおうかのう」


 そう言って惨劇の後のカラオケルームに入ってきたのは、初老と言うには歳を重ねすぎている、白髪の老人だった。背後には何人もの男たちを従えている。

 

 白髪の老人は、曲がった腰を自分で叩いて背を伸ばし、私と雷華さんを交互に見て言う。


「お初にお目にかかるね、お嬢さん方。いつも孫がお世話になっております」


 ということは、まさかこの人が。


「琴刃の祖父、火口刀次です」


 表情こそ柔らかいが、その目はまったく笑っていなかった。


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