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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
最終章
39/50

まだいくらでもある余白

 震える手のひらを胸元に重ね、私は、舞台袖からラストシーンを見守っていた。


 やれることはやった。でも、完璧には程遠い。女優としても、脚本家としても、私は未熟なひよこだわ。


「またいつか、この坂で会いましょう。あなたのこと、地球が滅ぶまでは待っててあげる」


 主役が最後のセリフを言い、サス残しの光も消えた。終幕だ。客席から拍手が響く。歓声はない。大成功の手ごたえはないけれど、大失敗でもなさそうだ。


 私はこの定期公演を通して、少しでも成長できたのだろうか。そんな不安とともに一歩、また一歩、衣装ドレスの裾を引きずりながら舞台へと出て行き、お辞儀をして観客の拍手に応える。


 カーテンコールの最中、私は、体育館に並べられたパイプ椅子に座っているたくさんの観客の中に、彼女の姿を見つけて、心が華やぐ。


 来てくれたのね、琴刃さん。


 彼女に向って手を振ろうとしたら、真っ黒な緞帳どんちょうが下りてきて私の視界は遮られた。


 ああ、早く感想が聞きたい。あわよくば、彼女に私の書いた脚本を、この公演を、ほめてもらいたい。


 楽屋として使っている教室に戻り、衣装を脱ぐ。この後は撤収作業があるからジャージに着替える。ファスナーを上げていると、部長が声をかけてきた。


「美白ちゃん、男の子たちが一言感想を言いたいってわんさか楽屋に押しかけてるんだけど、どうする?」


 私は深いため息をつく。


「どうしていつもこうなるのかしら」

「それは美白ちゃんが優れた女優だからだよ。今日もよかったよ」


 部長はそう言ってくれるけど、本当のところはたぶん違う。男性たちが私に会いたがる理由、それはひとえに性欲故だろう。女性の良しあしを、外見でしか判断できない単細胞生物。ほんと、気持ち悪いわ。私の取る対応なんて決まっているのに。


「すみませんが、いつも通り面会謝絶でお願いします」

「了解」


 部長がメガフォンをもって廊下に出る。


「申し訳ありませんが、神崎美白は都合により皆様に会うことができません。いくらねばっても無駄なので速やかに解散願います。なお、こちらの指示に従っていただけない場合は、生活指導の先生および体罰をいとわない体育教師をお呼びすることになりますので、お早めの退散を推奨いたします」


 当然男子たちは文句を言ったが、そうこうしている内に生活指導の先生が来てくれた。蜘蛛の子を散らすように逃げ出す男子たち。ああ、愉快だわ。できれば二度と私に会おうとなんてしないで。もううんざりだから。


 体育館に戻ると、撤収作業はほとんど終わっていた。演劇部のOBOG、それに有志の観客たちが手伝ってくれたおかげで。その中には琴刃さんの姿もあった。観客の座席として使われていたパイプ椅子を折りたたんでいる。私はまるで運命みたいに彼女のもとへ行く。


「琴刃さん」

「先輩」


 琴刃さんが手を止める。


「お疲れ様です」

「ごめんなさい。片付けまで手伝ってもらっちゃって」

「いえ、これぐらいは手伝わせてください」


 そう言ってまた一つパイプ椅子をたたむ琴刃さん。私もそばにあったパイプ椅子をたたむ。できるだけ平静を装いつつ、さりげない口調で話しかける。


「その、琴刃さん」

「はい。何でしょうか?」

「今日の公演、どうだったかしら?」

「ちょ、琴刃。この人が言ってた先輩?」


 私たちの会話にカットインしてきたのは、金髪巻き髪で、肌が褐色の、ザ・ギャルという感じの女の子だった。私は動転して琴刃さんとその子を何度も交互に見る。


「あ、すみません。紹介するのが遅れましたね。先輩、こちら私の友達の岩砕雷華さんです。雷華、こちらが神崎美白先輩です」


 琴刃さんの友達? この子が? そうは見えないけど、琴刃さんが言うのだからそうに違いないわ。私は笑顔を作って挨拶する。


「はじめまして。神崎美白です。今日は演劇部の定期公演を観に来てくださり、本当にありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそあざまる水産です。てか、演劇、マジ感動しました。お姫様がお姫様らしくないキャラしてて、そこが私的にマジ面白かったです。しかも最後とかめちゃ切ない終わり方で、久しぶりにいいもん見たっつーか、そんな感じです」

「ありがとう」


 今度は作り笑顔ではなく、本物の笑顔でお礼を言えた。


「てかさっき、何か琴刃に言いかけてませんでした?」


 琴刃さんとの会話に戻すためのパスまで出してくれるなんて、雷華さん、あなたなんていい子なのかしら。


「いや、その、たいしたことではないのだけど、琴刃さんは今日の公演どう思っ――」

「美白ちゃーん、大道具運ぶからこっち来れるー?」


 ステージの方から声がした。行かないと。


「バタバタしちゃってごめんなさい。今度ゆっくりお茶でもしましょう」


 感想はまたそのときに聞かせてもらうわ。

 このときはそう思っていたのだけれど、私は、その日のうちに電話をかけてしまった。


「琴刃さん、こんな夜分にごめんなさいね。でもどうしても聞いておきたいことがあって」

「どうしても聞いておきたいこと、ですか?」

「そう」


 私は舌をぎこちなく動かして尋ねる。


「今日の公演、どうだったかしら?」

「よかったですよ」

「嘘。自分でも分かるの。脚本は穴だらけ。お芝居は作為的。いいところなんて一つも――」

「そうは思いませんが、気になったのは、主人公に都合のいい偶然が四つほどあったことです。そこに必然性をもたすことができればいいかもしれません。あと、敵役の動機が浅いように感じられます。敵にも敵なりの正義があることを示せれば、もっとよくなると思います」


 やっぱり琴刃さんの目はごまかせない。


「でも、いいところもたくさんありましたよ」

「本当?」


 それから琴刃さんは私の脚本のよかったところを具体的に何個も何個も挙げていってくれた。一回観ただけなのに、ストーリーの細部まで完璧に覚えてくれていて、私は天にも昇るような気持ちになった。


「琴刃さん。ありがとう。もう充分よ。これ以上褒められたら私、自然発火してしまいそう」


 火照った体を冷ますべく、ベランダに出る。夜風に吹かれながら空を見上げると、星がまたたいている。


「先輩。雷華が、近いうちに一緒にカラオケでも行きたいと言っていたのですが、お時間ありますか?」

「ええ、もちろんよ。時間なんていくらでもあるわ」


 嘘だった。やらなくちゃいけないこともやりたいこともたくさんある。なのに、時間だけが足りないの。来年、三年生になんてなりたくないわ。部活だっていつまでもいつまでもやり続けたい。でも、高校生の私の時間は止まってくれない。いつか卒業して、いつか大人になって、いつか死んでしまう。


 だからこそ、今を生きなければならないのよ。

 再度、今日観に来てくれたこと、感想をくれたことのお礼を言い、電話を切る。


 大好きな琴刃さんと話す、という緊張から解放され、私が吐いた息は白く、儚く、十二月の夜空へと消えていく。


 私は寒さに震えだす前に部屋に戻り、新品のノートを広げ、次の脚本のアイデアを出していく。

余白なんてまだいくらでもある。ノートにも、未来にも。


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