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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第四章 ヤクザの娘行きつけの道場
29/50

娘からLINE

 今年の夏は暑かった。


 妻が亡くなってから初めて迎えたお盆。大勢の親戚がウチに集まってくれた。パリピを自称する我が娘はお盆中も平常運転で、親戚の若い子を集めて「タコパ」を開いたりしていたが、なんでもないときにふと、その顔が陰るのを俺は見逃さなかった。だが、俺にできることはほとんどなかった。恥ずかしい話、俺自身、妻の空白を未だに持て余しているのだ。


 お盆が終わり親戚が帰ると、家の中は一気に静かになった。テレビをつけると高校野球、夏の甲子園大会がやっていた。特に野球が好きなわけでもないのに俺も娘も試合を最後まで見た。居間に一緒にいるということが大事だった。


 しばらく残暑が続いたが、今となっては夏のあの暑さが嘘のようだ。


 季節は秋。


 平和公園の黄葉した銀杏の葉が一枚、俺の額に降って来た。そしてもう一枚、隣に座る先生の頭にも銀杏の葉が。


「年を取ると時間の流れるのが早いのう」


 しみじみとそんなことを言ったかと思ったら、次の瞬間には先生はヤクザの顔になっていた。


「近頃、油川ゆかわ組が勢力を拡大してきとる」


 ヤクザの事情に詳しくない俺は「はあ」と間の抜けた返事しかできない。


「近い内に全面抗争もあり得るのう」

「火口組と張り合えるぐらいにでかくなってるんですか?」

「いやいや、そこまでではない。だが、芽は早い内に摘んでおくに限るじゃろう?」


 腰の曲がった老人の穏やかな笑顔がこんなにも恐ろしいとは。俺は心底身震いした。


「安心せい。堅気のお前の力を借りようとは思っておらん。ただ、迷惑はかけるかもしらんから伝えておこうと思ってな」


 なるほど、そういうことか。琴刃お嬢さんとの稽古は今でも続いている。故に、敵の組織はウチの道場を標的にする可能性もあると、そう言いたいわけだ。


「問題ありません。今時のヤクザが何十人かかってこようとものの数分で制圧できます」

「まあ、そうじゃのう。お前さんに勝とうと思ったら娘を人質に取るしかない」


 血の気が引いていくのが自分でもわかった。


「何を本気にしとるか。心配するでない。ヤクザにはヤクザのルールがある。いくら最近調子にのっとる油川組の奴らといえど、堅気の娘を人質に取るような真似はせんよ」


 先生はため息をついて、


「むしろ心配なのは――」


 琴刃お嬢さんの方か。


「わしは心配で心配で夜もねむれん。やはり一刻も早く油川組をぶっ潰さねばなるまいよ」


 虚空を睨みつけ、歯ぎしりする先生。


「だいたい、最近の火口組はなっとらん。この前もな、ただの堅気の高校生男子に一蹴されとったんじゃぞ。信じられるか?」

「いや、堅気の人には手を出さないんじゃなかったんですか?」

「何事にも例外はある。その高校生は大罪を犯したから罰しようとしたまで」

「ちなみに何を?」

「あの男は、わしの愛する琴刃ちゃんの純白の手を握ったのじゃ。これを大罪と言わずして何と言う?」


 俺はあきれ果てて秋の空を仰いだ。

 その後も先生は琴刃お嬢さんのことばかり話した。


「学校生活はうまくいっとるのかのう。友達はできたかのう。テストではいつもいい点を取ってくるが、勉強はつらくないのかのう。剛志、お前何か聞いとらんか?」

「そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ、先生」

「馬鹿者。お前はわかっとらん。何もわかっとらん」


 そう言って急に立ち上がったかと思うと、目つきをさらに鋭くして「剛志、くれぐれも警戒を怠るなよ」とだけ言い置いて、平和公園をあとにした。


 やれやれ。先生の心配性にも困ったものだ。

 ポケットの中で携帯が震えた。娘からLINEだ。メッセージと一緒に写真もついている。


 ――ちょ、パパこれ見て。この行列に並んでる人、みんなタピオカ目当てらしいよ。控えめに言ってマジ世紀末。ま、ウチらも今から並ぶんだけど。夕方まで買えない説濃厚。でも休日に違う学校の友達とだらだらべしゃりながら行列に並ぶってかなりのアオハルじゃね?


 写真は自撮のようだ。狭いフレームの中に笑顔の雷華とクールな琴刃お嬢さんが肩を寄せ合って映っている。


 先生、琴刃お嬢さんなら、きっともう大丈夫ですよ。

 俺の娘がそばにいるんですから。


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