季節はうつろう
琴刃お嬢さんとの稽古は毎週土曜日の午前中にマンツーマンで行うことにした。
第一回目の内容は、助けを呼ぶときの声の出し方や防犯グッズの使い方について。道場の床に並べて置いた各種防犯ブザー、スタンガン、痴漢迎撃スプレー。それらの道具を実際に使わせたところ、
「防犯ブザーは使えそうですが、スタンガンやスプレーはちょっと」
と難色を示した。どうやら人に向けて使うのが気が引けるらしい。自分に危害を加えてくるような人間に対しても、迎撃をためらってしまう人間というのはいて、琴刃お嬢さんはそのタイプのようだ。
「わかった。では防犯ブザーは今後携帯してもらうとして、次回はスタンガンやスプレーといった道具に頼らない身の守り方を教えよう」
今日の稽古はこれで終了。ここからは単なる世間話。
「学校の方はどうだ?」
もう入学してから二週間が経った。友達の一人でもできたことを期待しての質問だった。
「特に問題はありません」
琴刃お嬢さんは浮かない顔でそう答えた。
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稽古を重ねるごとに琴刃お嬢さんは護身の術を身に着けていった。不審者との距離の取り方、パンチのよけ方、ナイフのいなし方、胸ぐらをつかまれたときの対処法、羽交い絞めから抜け出す方法。まだ実戦で使えるレベルではないが、それでも、身を守る術を知っているというのは安心につながる。
最近は、護衛の人とも距離を取って外を歩いているという。
「強面のおっさんが至近距離から離れてくれて清々したんじゃないのか?」俺は冗談っぽく言った。
「楽にはなりました。もう、道行く人から奇異の目で見られることもなくなりましたので」
つまり以前は通行人からやばい奴がいるという視線を向けられていたわけだ。十代の小娘がヤクザを引き連れて歩いていたのだから、悪目立ちして当然である。
「最近は帰りに本屋に寄ったりしてるんです」
「君は読書家なのか?」
「それほどたくさん読んでいるわけではないのですが、本を読むのは好きですよ」
「俺も本はよく読むんだ。推理小説から歴史小説までなんでも。読書は最大の娯楽だ。テレビやスマホは便利だし面白いが、目が疲れていかん。やはり本だ。いや、こんなこと言うと年寄り臭いか」
「でも先生は私より若者言葉を知っています」
「それは娘の影響だな」
「きっと素敵な方なんでしょうね」
「どうかな。まあ、悪い子でないことは確かだ。今度会うといい」
「いえ、それは遠慮しておきます」
「なぜだ? 同年代だし、ウチの娘は人懐っこいからすぐに友達になれると思うが?」
「娘さんが私と仲良くなって、先生は不安になりませんか?」
つまり、自分の子がヤクザの娘と関係をもっていいのかと尋ねているのだ、この子は。私ははにかんで言う。
「不安と言うなら、妻が死んでからというもの、俺はずっと不安だからなあ。特に娘のことに関しては」
琴刃お嬢さんの顔が曇る。
「むしろ、君みたいにしっかりした子が娘の友達になってくれれば安心する」
琴刃お嬢さんは心底不思議そうに首を傾げた。
「いや、実は最近、娘の雰囲気ががらっと変わってな。休日だってほとんど家にいないで、友達とどこかに遊びに行ってるんだ。親としては心配でな」
今日だって電車に乗って隣町までタピオカを買いに行くとかなんとか言っていたぞ、たしか。
「あいにく今日はいないからダメだが、今度ぜひ会ってみてほしい」
「わ、私なんかでいいのであれば、喜んで挨拶させていだきます」
琴刃お嬢さんとウチの娘は性格こそ違うだろうが、共感できる部分も多いはずだ。
二人の対面は、早ければ今度の稽古のときになる。しかし、土曜は家にいないことがほんとに多いからな。まあ、急ぐことはない。じっくりやろう。なんといったってこの子たちの人生はまだ始まったばかりなんだ。
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季節はうつろう。
基本無口な琴刃お嬢さんだが、最近は稽古が終わったあと自分から、とりとめもないことを話してくれるようになった。
炭火コーヒーがおいしくて本棚の趣味がいい喫茶店を見つけて以来そこに通っていること。美人の図書委員の先輩と一緒に帰ったこと。学習塾に漫画を持ってきて読んでいる小学生がいること。
この子の世界は徐々にではあるが、確実に広がっていってる。
もう心配ない、とは言わない。けれど、琴刃お嬢さんならばこの先もきっと大丈夫だ。この子の目を見ていると、不思議とそう思える。
今の俺の心配事は別にある。
我がいとしの愛娘が、一学期の期末試験、それも国語の現代文でひどい点を取ったのだ。
百点満点中十三点はやばみが深い。マジ卍どころの騒ぎではないぞ。




