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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第三章 ヤクザの娘行きつけの学習塾
24/50

線香花火

 金曜日。夏休み最終日。


 今日は花火大会だからという理由で塾は早めに切り上げた。夜市のときと同じだ。違ったのは、今日はぼくはお姉さんを誘わなかった。家庭の事情で夜市やお祭りには行けないと言っていたし、もう一度断られたら立ち直れそうもないから。


 ぼく、陽太郎、朔太郎は終わっていない宿題のことを話しながら、祭りの会場である河原へと向かう。次第に人が増えてきて、沈下橋にさしかかる頃には前も後ろも人がいっぱいで、もう自分たちのペースで歩くことはできない。大きな人波に揺られながら前進する。


 河原の真ん中にはやぐらが組まれていた。その周りを囲むように出店が出ている。

 やぐらを中心に和太鼓の音が力強く響く。

 イカ焼きや焼きとおもろこしの匂いがする。


 かき氷を食べさせ合っている恋人たち、しゃがんで金魚すくいをしている子供たち、りんご飴の写真を撮ることに夢中になっている女の人たち。そのどこにも琴刃お姉さんの姿はない。


「直人、どうかしたの?」と朔太郎が聞いてきた。ぼくは首を横にふる。

「ううん、なんでもないんだ」

「おーい、たこ焼きっ、たこ焼き食おうっ」


 陽太郎が独断専行し、たこ焼きの出店に並んでいた。ぼくと朔太郎は苦笑しつつ、陽太郎のもとに行く。


 買ったたこ焼きを食べながら色々と見て回る。一回四百円もするくじ引きを引いて外れのしょうもないキーホルダーをゲットしたり、スーパーボールすくいで手に入れたスーパーボールをすぐに地面に投げつけて周りの人たちを驚かせたり、わたあめをちぎってお互いの体にくっつけ合ったり。そんなことをしている内に花火が上がり始めた。


 ぼくたちは出店から離れ、河原の土手を登り、突っ立ったまま夜空を仰ぐ。

 光の花が咲く。少し遅れて音が轟く。


 お姉さんもこの花火をどこかで見てるだろうか。それとも、花火なんて気にせずに勉強したり本を読んだりしているだろうか。ただ一つはっきりしていることは、ここに、僕のそばに、お姉さんがいないということだ。


 ぼくは、ようやく自分のやりたいことを見つけた。


=====================================================================


 ぼくは計画し、陽太郎と朔太郎にも協力を頼んだ。


 まずは資金集め。ぼくたちはお風呂掃除や食器洗いといった、こまごまとした家事を手伝うことでお金を稼いだ。それに加え、お盆におじいちゃんの家に帰省したときにもらったお小遣いも合わせて一万円近くのお金が集まった。そのお金でスーパーで花火を買えるだけ買った。夏が終わろうとしているからか、花火は値段が下がっていて、抱えきれないほどたくさん買うことができた。


 これで準備完了。あとは決行を待つだけだ。


=====================================================================


 金曜日。


 二学期が始まってしまったせいで、塾のみんなの顔はどことなく憂鬱そうだ。虎徹は年がら年中暇そうにしているから特に変わりなし。このバカな大人がぼくの提案に乗ってくれるかどうかに、この計画(プロジェクト)の成否がかかっているのだと思うと泣きたくなる。


 お姉さんがやって来た。今日もいつもと変わらず美しい。お姉さんは美しく問題集を開き、美しくシャープペンシルを手に取り、美しく勉強を始めた。ぼくは美しく静観する。


 時計の針が十八時を回った。


「直人、お前、帰らなくていいのか?」虎徹が言った。

「今日はもう少し勉強してから帰る」

「それはけっこうだが、親御さんには遅くなるって伝えてるか?」


 ぼくは重々しくうなずく。


 窓の外が暗くなってきた。ぼくは追加でもらったプリントをやっつけ、トイレに行くと言って部屋を出た。廊下を走ってトイレに駆け込み、個室をノックする。


「直人ー?」と陽太郎の間延びした声。

「守備はどうだ?」


 ぼくの声を確認してドアを開けた朔太郎が携帯ゲーム機をポーチにしまいながら答える。


「上々だ。ま、問題はここからだが」

「とりあえずバケツに水をいれよう」


 蛇口をひねり、百均で買った大きなバケツに水を入れる。ついでに掃除用具入れに入っていたバケツも拝借し、それにも水を入れる。


「よし。屋上に運ぼう」

「いや、直人はいったん戻った方がいい。あんまり長く席を開けると不審に思われる」

「わかった。あとは頼んだ。準備ができたら教室の入り口に来て合図してくれ」


 ぼくは急いで教室に戻った。席に座るやいなや虎徹が声をかけてきた。


「直人、お前、何時ぐらいまで残るつもりだ?」

「あー、えっと、十九時ぐらい?」

「ふーん。まあ、どうでもいいけど、あんまり遅くなると危ないからなあ」

「今日は迎えを頼んであるから心配無用だ」

「あ、そう」


 ぼくと虎徹が話しているとき、お姉さんが一瞬こちらに視線を飛ばしたけれど、ぼくは気づかなかったふりをする。視線の意味もよくわからなかったし、もうすぐお姉さんを誘わないといけないということで、ぼくは緊張しているのだ。


 それから二十分の時が過ぎた。

 まだか。


 ぼくがしびれを切らして様子を見に行こうと腰を上げかけた瞬間、教室の入り口の引き戸がノックされた。合図だ。ぼくは口を開く。


「お姉さん」

「はい。何でしょう?」

「突然ですが、今から花火をしませんか?」

「え?」


 お姉さんはいきなりのぼくの提案に驚きを示している。


「ぼくと、僕の友達も呼んであります。お姉さん、花火を一緒にしませんか?」

「今から、ですか?」

「はい、今から、ここの屋上で」


 虎徹が近寄って来た。


「何を言い出したかと思えば、花火をやるだと? お前、ここは河原でも公園でもなくて塾だぞ」

「この建物の屋上でやる」

「やるっつったって、花火持ってきてんのか?」

「きてる。もう準備は完了している」

「ああ、ばっちしだ」


 そう言いながら朔太郎が入って来た。陽太郎もキョロキョロしながら入室。


「あいつら、お前のツレか?」

「そうだ」

「お前なあー」


 虎徹は首をひねりながら後頭部をかく。


「どうしてまた花火なんて。夏休みはもう終わってるんだぞ」

「終わってない」


 世間一般はどうか知らないが、ぼくの夏休みはまだ終わっていないんだ。このままじゃ終われないんだ。


「ぼくはお姉さんと一緒に花火がしたい。だからやる」

「でも火はなあ。あぶねーし、なんかあったら俺の責任だし」


 のらりくらりと返答する虎徹。ぼくは期待するのをやめた。こうなったら強行突破だ。けど、その前に確認しなければならない。


「お姉さんは、どうしたいですか?」


 ぼくは尋ねる。


「花火、やりたくないですか?」


 お姉さんはぼくの目をまっすぐ見て答える。


「周りの人に迷惑がかからないのであれば、してみたいです。もちろん、先生の許可も必要です」


 諭すように言われ、ぼくはうなだれた。万事休すだ。終わった。虎徹がいいと言うはずがない。


「先生、花火、してもいいですか?」


 意気消沈してしまったぼくの代わりにお姉さんが尋ねた。すると虎徹は目を泳がせながら、


「あー、そうだなー、うーん」


 と曖昧な返事をした。


「先生、どうなんですか? はっきりお答えになってください」


 お姉さんの圧がすごい。ぼくはこんなお姉さんを見たことがない。虎徹はたじろぐばかりである。


「んー、まあ、そこまで言うなら、しゃーないか。ただし花火に火つけるのは全部俺がやるし、絶対花火を人には向けるなよ。俺の言うこと絶対聞くこと。守れるか? 直人」

「守れる」

「じゃ行くか。はー、だりいー」


 他の塾生もみんな屋上について来た。大丈夫だ。花火は死ぬほどある。


 虎徹はチャッカマンを点検し、ぼくらは花火の袋を破いていく。みんな、好きな色の花火を持ち、虎徹に火をつけてもらう。夜の屋上を彩る何本ものススキ花火。小学生だけでなく、中学生や高校生も大はしゃぎだ。


「あんまり騒ぐなよ、お前ら。苦情の電話とかかかってきたらどうすんだよ」


 そう言いながらも、虎徹はぼくらが持っていく花火に次々に火をつけてくれる。ぼくは虎徹のことを、ダメな大人の代表だと思っていたが、認識を改める必要がありそうだ。


 ぼくが朔太郎や陽太郎とススキ花火でバッテンを作ったりしている間、お姉さんは他の高校生や中学生と話をしていた。お姉さんがぼく以外の塾生と話しているところを初めて見た。ぼくは大いに満足した。


 あんなにあった花火も次第に尽きてきた。

 もうすぐ、夏が終わる。


 最後は線香花火。火をつけてもらい、ぼくらは屋上の一角に陣取る。誰の線香花火が一番長くもつか、競争だ。


「直人君」


 その声はまぎれもなくお姉さんのもので、ぼくが振り返ったときにはお姉さんはぼくのすぐ隣にしゃがみ込み、線香花火を垂らしていた。


「今日はありがとう」

「いえ。楽しんでもらえたのなら、何よりです」


 ぼくの線香花火はとっくに消えていた。けれど、お姉さんのはまだ続いている。ささやかな火花が弾けている。その淡い光にほのかに照らされるお姉さんの横顔は、まるで少年漫画のヒロインみたいだった。


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