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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第三章 ヤクザの娘行きつけの学習塾
23/50

無欲な奴

「ラジオ体操第一ー、腕を前から上にのびのびと、背伸びの運動から、はい」


 早朝の平和公園。ラジカセから音楽が流れる。


 ぼくらの学校ではラジオ体操は集団登校の班単位で行うことになっている。今日は夏休み初日ということもあって、みんなちゃんと来ている。


 ぼくはテキトーに腕を振り回し、テキトーにジャンプする。こんなものを真面目にやるなんてどうかしているからだ。陽太郎も朔太郎もぼくと似たようなもので、腕は伸びきってないし、顔は半分寝ている。


 ラジオ体操が終わり、おのおのの家へ帰るころになってようやく頭が覚醒し始める。


「直人ー、今日どうするー?」陽太郎がのん気に言った。

「とりあえず夏休みの予定を立てよう」

「何時集合?」と朔太郎。

「十時でどうだ?」

「異議なし」

「うん、俺もそれでいいぜ。でも十時まで何するかなー。二度寝?」

「ちゃんと来いよ、陽太郎。時間厳守だからな」


 三叉路でぼくたちは別れた。

 家に戻り、さっそくお母さんに夏休みの予定を聞く。


「お盆にはおじいちゃんの家に行くわよ」

「どっちの?」

「ド田舎の」

「他には?」

「一回ぐらい家族旅行にも行きたいわよねー。っていうか直人、あんた、宿題はやったの?」

「今からやるところだ」


 ぼくはそう言って二階の自分の部屋に戻り、夏休みの友という小冊子を開けた。その中のスケジュール表に予定を書き込んでいく。


 次に、夏休みの宿題一覧表を眺める。やはり一番厄介なのは自由研究だろう。早めに取りかかるべきだ。読書感想文はすぐ書ける。課題図書、筒井康隆の『時をかける少女』はすでに読み終えている。今日書こう。今から。


 ぼくの鉛筆は一秒たりとも止まることなく原稿用紙の上を滑っていく。この調子だと、消しゴムは使わなくてよさそうだ。


 ぼくは漫画ばかり読んでいると思われがちだが、実は小説もそれなりに読んでいる。なぜかというと、漫画の中で有名な小説のセリフが引用されていたり、各話のサブタイトルが小説のタイトルをもじったものになっていたり、漫画家が単行本の作者コメントやあとがきでだれそれの小説が面白かったなどと書いてたりするからだ。


 実際、読んでみると面白い。もちろん漫画にはかなわないけど。

 読書感想文を書き終えたのと同時に「ごめんくださーい」と陽太郎の声が階下から聞こえてきた。

 つづいてすぐに朔太郎も来た。


 ぼくらは、ぼくの部屋で、いかにしてこの夏休みを充実させるかを考える会議を始める。


「俺、海行きたい。海の家のやきそばうますぎるもん」

「ゲームができればなんでもいい」

「泊りでゲーム合宿とか」

「いいな」

「おい、海にも行こうぜ」

「ああ、行こう。ただそうなるとプールはどうする?」

「行く行く行く。プールは海と違って滑り台とか流れるプールとかあるし、やっぱ食いもんがうまいし。俺、市のプールのカレーライスめっちゃ好き」

「見たい映画もある」

「そうだな。映画館にも一回は行くとして」


 会議は順調に進む。ぼくら三人は付き合いが長いから、言い争いが過熱してひどいケンカに発展することもない。誰かと誰かの意見が対立しても、残りの一人が調停役になるから大丈夫なのだ。


 ぼくたちは親の都合など考えずに予定を立てていく。キャンプ、BBQ、登山、カードゲーム大会、夏祭り。


「直人はどこか行きたいとことか、やりたいこととかないの?」だしぬけに朔太郎が尋ねた。

「そうだな」


 よくよく考えると、どうしてもやりたいことなんてぼくにはないのだった。陽太郎と朔太郎と一緒に楽しい思いができれば満足だ。


「うん、特にないな」

「無欲な奴」

「何かやりたいことができたら言えよな。ぼくら、直人のためならなんだってやるから」


 ありがたいが、やはり、何も思い浮かばない。

 ぼくは漫画が読めればそれでいいのだ。


========================================================================-

 

 金曜日。

 七月がもう終わろうとしていた。

 ぼくは塾の席に座り、ぐしゃぐしゃになった手書きの予定表をにらんでいた。


 立てた予定の半分もこなせていない。いつだってそうだ。ぼくらは何かを予定通りにこなせたためしがない。だからといって妥協してたまるか。


 現在、時刻は十六時。ぼくは荷物をまとめて席を立つ。


「どうした? 帰るにはまだ早いだろ」


 その通り。ぼくは十七時まではここで勉強することになっている。だが、今日はそういうわけにもいかないのだ。


「悪いが帰らせてもらう。陽太郎と朔太郎と夜市に行く約束をしているのでな」

「まあ、一時間早く帰るぐらいは大目に見るか。その代わり、今日渡したプリントは宿題だぞ」

「それならもうできてる」


 ぼくは虎徹の机にプリントを叩きつけ、振り返って言う。


「お姉さん、お先に失礼します」

「はい。お疲れさまでした」


 塾を出ようとして、ふと、お姉さんの浴衣姿が脳裏をよぎった。ぼくはきびすを返し、自分の席に戻る。


「忘れ物ですか?」

「いえ、あの」


 ぼくはどういうわけか、とても緊張していた。


「お姉さんはもう夜市には行きましたか?」


 この町の夜市は二週間にわたって行われる。すでに夜市が始まってから一週間は経っているから、お姉さんがすでに夜市に行っていてもおかしくはない。


「いえ。行ってないです」

「よかったら、今度ぼくと、いや、ぼくらと一緒に夜市に行きませんか?」

「ごめんなさい。私、夜市やお祭りには行けないんです。家庭の事情がありまして」


 そう言ったお姉さんの顔がとても切なげで、ぼくは言葉を失ってしまう。


「ナンパしてないでさっさと帰れ」


 虎徹に頭を問題集で叩かれた。

 ぼくは逃げるように駆け出した。主人公に追い詰められた敵キャラみたいに。


===============================================================-


 夏が終わろうとしている。

 速かった。とても。


 夏休みは、新幹線よりも速いスピードを出してぼくの人生を通り抜けていく。けれどまだ、終着駅には着いていない。夏休み最終日の花火大会が残っている。あと、やっていない宿題も残っている。ぼくの人生はあとどのぐらい残っているのだろうかと不安になる。


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