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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第三章 ヤクザの娘行きつけの学習塾
22/50

飴玉

 お姉さんは相変わらず塾に来て勉強をがんばっている。ぼくもお姉さんが来たら真面目にプリントを解くことにした。するとどうだろう。テストの点がよくなった。国語以外でも満点を取れるようになった。


「だから近頃はお母さんの機嫌もよいのです。お母さんの機嫌がよいとお父さんも笑顔です」


 ぼくがそう言うと、お姉さんは微笑んだ。


「家族仲がいいのはいいですね」

「お姉さんのところはどんな感じなのですか? 家族仲」

「私のところは、父が放任主義ですので」


 放任。多分、放っておくというような意味だ。


「そうですか。お母さんはどうなのですか?」

「優しい人だったと聞いています」


 漫画を読んでいるからわかる。人に対して過去形を使うとき、その人はもうこの世にはいない。もちろん、そうではない場合もあるが、ぼくは文脈を、物語の筋を、決して誤読しない。お姉さんのお母さんは十中八九お亡くなりになっている。


「すみません。デリカシーのない質問でした」

「いえ。こちらこそすみません。気を遣わせてしまって」


 お母さんはすでに亡く、お父さんは放任主義。お姉さんは大丈夫なのだろうか。そんなぼくの思いが伝わってしまったのか、お姉さんはこんなことを言った。


「私は大丈夫です。祖父がとてもよくしてくれているので」

「おじいちゃんと一緒に住んでいるのですか?」

「はい」

「うらやましいです。ぼくのおじいちゃんはドのつく田舎に住んでいて、あまり会えません。でもゴールデンウィークにはそのド田舎に遊びに行く予定です」

「じいちゃんチ行くのはけっこうだが、ちゃんと宿題もやれよ」


 ぼくとお姉さんが仲むつまじくお話しているところに、虎徹が水をさしてきた。


「うるさいぞ、虎徹」

「お前、火口さんには敬語なのになんで俺には敬語じゃないんだよ」


 ぼやく虎徹を無視してぼくは質問する。


「お姉さんはゴールデンウィーク、何か予定はありますか?」

「予定、ですか」


 お姉さんはわずかにあごを上げる。そのまま数秒のときが流れた。


「今のところは何も」


 ぼくはまたデリカシーのない質問をしてしまったみたいだ。こんなことではいけない。誰かデリカシーの身に着く漫画を教えてくれ。


「直人君。楽しいゴールデンウィークになるといいですね」


 お姉さんが気を悪くしたりせずそう言ってくれたのがせめてもの救いだった。


=======================================================================


 楽しかったゴールデンウィークはあっという間に終わってしまった。


 月曜日が来て、週刊少年ジャンクが発売され、一週間が経つと、また月曜日が来て新しいジャンクが発売される。ぼくの時間は止まることを知らない。どころか、どんどん加速していく。このままだとぼくはすぐに大人になってしまう。なんてことだ。何か手を打たなければ。


========================================================================

 

 塾は冷房が効いているから助かる。ぼくは涼みながら、漫画『アクタージact-edge』のコミックス第七巻を読み進める。


 漫画は間違いなく面白い。なのに、眠い。きっと六時間目が水泳の授業だったからだ。あー、このまま眠ってしまいたい。


 ぼくのまぶたが落ちかけた刹那、塾の扉の開く音がした。清楚な足音が近づいて来る。


「お姉さん、こんにちは」

「こんにちは」


 お姉さんはぼくの様子を見て、


「なんだか、疲れてますか?」


 と尋ねた。ぼくはうなずく。


「午後、水泳の授業があったので、体がだるいのです」


 お姉さんはかばんから巾着袋を取り出し、その中から個包装の(あめ)を一つつかんだ。大玉で、表面にはざら目砂糖がついている。


「水泳の後はエネルギーになるものを補給するべきです。どうぞ」


 そう言ってお姉さんはぼくの手の平に飴玉を握らせた。ぼくはお礼を言って飴玉をなめる。水泳をした後だからか、お姉さんにもらったものだからか、格別なおいしさだ。これほどおいしい飴をもらったからには何かお礼をしたい。


「直人。お前、夏休みはどうするんだ?」


 ぼくの思考を遮ったのは虎徹の声だった。


「どうするって何が?」

「塾に来る回数だよ。今、週二だろ。夏休みの間だけ増やしたりとかできるんだけど、母ちゃん、何か言ってなかったか?」

「そのような話は特に聞いていない」

「そうか。電話かけてみるか」

「いや、その必要はない。なぜなら、塾へ来る回数を増やすなどあり得ないからだ」


 せっかくの夏休み、ぼくの自由に使える時間を減らされてたまるか。


「お前なあー、最近ちょっと成績がよくなったからって調子に乗るなよ。小学校で習う基礎はめっちゃ重要なんだからな」


 ぼくは虎徹を無視し、お姉さんに話しかける。


「お姉さんはどうされるのですか?」

「私も今と同じように月曜と金曜だけ来る予定です。ただ、学校がないので昼過ぎには来ようと思っています」

「わかりました。ならばぼくも昼過ぎには来るようにします」


 夏休みは何をして過ごされるのですか。そのような問いが喉元まで出かかったが、なんとかこらえた。過去の過ちから学ぶことのできるのが人間なのだ。


 ぼくは小さくなった飴玉を奥歯でかみ砕く。

 途方もない夏休みが始まる。


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