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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第三章 ヤクザの娘行きつけの学習塾
21/50

そうだ、河原に行こう

 金曜日。


 塾の席は決まっていない。どこでも空いている席に座っていいことになっている。けれど、たいていの塾生は自分の席というのを暗に決めていて、空いている限りはその席に座る傾向が強い。


「お隣、失礼します」


 月曜日と同じく、今日もまたお姉さんがぼくの隣に来た。もしかしたら長い付き合いになるかもしれない。


 ぼくは読んでいた『破滅の刃』のコミックス第六巻を閉じて尋ねる。


「つかぬことをお聞きしますが、お姉さんはどんな漫画が好きですか?」


 ぼくぐらいになると、漫画の好みを聞けばその人の人となりがわかるのだ。

 お姉さんは少し間をおいて答えた。


「漫画だと『メンター×メンター』が好きですね」

「いい趣味してますね。ぼくもメンター大好きです」


 今は休載してるけど、きっとまたジャンクに帰ってくる。


 『メンター×メンター』についてもっと話をしたいのはやまやまだけど、お姉さんの勉強の邪魔をしてはいけない。ぼくは話を切り上げ、今日のプリントに向き合う。と言っても、解く気はない。


「おい、それ、帰るまでに終わらなかったら宿題にするからな」と背後から虎徹の声がした。

「それは困る。ぼくは土日は忙しんだ」

「なら今やれよ」

「やる気が出ない」

「救いようのないガキだな、まったく」


 後頭部をかきながら自分の席へと戻る虎徹。するとお姉さんが立ちあがった。化学の問題集とノートを持って虎徹のもとへ行き、何か質問している。モルの計算がいまいちわからないと言っているみたいだが、モルって何だろう。


 虎徹はノートに何か書きながら、ていねいな言葉でゆっくりと説明している。これはぼくにとってはしゃくに触ることなのだが、虎徹は勉強を教えるのが上手い。東大を出ているだけのことはある。けれど、あごには無精ひげが生えているし、髪はボサボサだし、目は死んだ魚のようだし、ぼくの漫画を奪って読むし、ろくな大人でないことは確かだ。


 お姉さんは納得したようで、お礼を言って、自分の席すなわちぼくの隣の席に戻って来た。


「お姉さん、高校の勉強はむずかしいですか?」

「はい。でも、面白いです」

「漫画よりも面白いですか?」

「それはわかりませんが、勉強すると漫画をもっと楽しめますし、漫画を読むと勉強になります」

「なるほど」


 聡明なお姉さんの言うことだから間違いはないのだろう。ぼくは英語のプリントを解くことにした。簡単な英単語を何度も書く、書く、書く。


 虎徹のもとにプリントを持っていき、新しいプリントを受け取る。


「さっきまであんなにやる気なかったのにどうしたんだ、いったい?」

「お姉さんに感化されたのだ」

「感化って。お前ときどき、小学生はまず使わないような難しい言葉使うよな」


 ぼくは漫画を通してたくさんの言葉を学んでいる。だから国語のテストはいつも満点だ。

 いつもの倍ぐらいの量のプリントをこなすと、今日はもう帰っていいと言われた。


 よーし。ぼくは勉強をしたという充実感と、土日は朔太郎さくたろう陽太郎ようたろうと遊びまくるぞという高揚感で胸をいっぱいにして席を立つ。


「お姉さん、お先に失礼します」

「お疲れさまでした」


 そう言えば、お姉さんは土日は何をして過ごしているのだろう。


「どうかしましたか?」


 ぼくが突っ立ったまま動かないので、お姉さんが顔をのぞきこんできた。ぼくはお姉さんの深くて黒い瞳の中に吸い込まれそうになる。このままではまずいと思った。


「いえ、さらばです」


 早口にそう言って塾を出る。

 帰路、四月の生ぬるい風を頬に受け流しながら、ぼくは思う。

 お姉さんのことをもっと知りたい。


==============================================================================


 ポテトチップスの袋を開ける。


「いただきまーす」


 陽太郎がいの一番に手を伸ばす。朔太郎はというと、手元のゲーム機の画面に集中している。ぼくはもう何回も読んだ今週の週刊少年ジャンクをパラパラとめくりながら、なんて平和な土曜の午後なんだろうと思う。


 ぼくたち三人は幼稚園の頃からの仲良しトリオだ。陽太郎は食いしん坊でクラスで一番体がでかい。俗に言うぽっちゃり体型。朔太郎は大のゲーム好きで、眼鏡をかけている。裸眼だとほとんど何も見えないらしい。


「おい直人ー、今日はなにするー?」


 今日はぼくの家に集まっている。だから何をして遊ぶか、ぼくが決めていいのだ。が、しかし。


「特にやりたいこともないんだよなあ。陽太郎は何したい?」

「俺? 俺は菓子食いたい。今度は甘いの」と空になったポテチの袋を見せてきた。こいつ、ぼくんチの菓子全部食う気か。


「朔太郎は? 何かしたいことある?」

「ゲーム」

「朔太郎、いつもゲームゲームっって他にやりたいことないのかよ?」

「陽太郎こそ、いつもお菓子お菓子ってそんなに食べてどうするの? 相撲取りにでもなるの?」


 二人の言い合いが激しくなる前に今日の遊びの指針を示さなければ。ぼくは漫画を読むときと同じぐらい脳をフル回転させて考える。


「そうだ。河原に行こう」

「河原?」陽太郎と朔太郎が声をそろえて言った。

「そうだ。春になったし行ってみよう。きっと何かがある」

「確かに最近行ってなかった」朔太郎がゲームの電源を切った。

「うん、面白そうだ」陽太郎も同意する。

「よし。出発」


 ぼくたちはバカみたいに足音を大きく立てて階段を降りていく。そのままの勢いで玄関を飛び出す。河原まで歩いて十五分、走れば五分だ。ぼくたちは走る。歩くなんてまどろっこしくてたまらないから。


 沈下橋を越えて河原に到着。


「石切りしようぜ」


 陽太郎が言った。ぼくも朔太郎も同意する。


 細い石を見つけては川面に向かって投げる。一、二、三と跳ねた回数を数え、石が沈んだら、またよく跳ねそうな石を探す。


 石切りに飽きたら、でかい石を川に投げこんででかい水しぶきを起こすとというバカみたいな遊びをやろう。それにも飽きたら、家に戻ってお菓子を食べながら対戦ゲームをしよう。


 ぼくたちは、五年生になっても、六年生になっても、中学生になっても高校生になっても、こんなふうに一緒に遊ぶんだ、きっと。


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