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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第三章 ヤクザの娘行きつけの学習塾
20/50

ページをめくる

 早く早く早く。


 ダッシュで塾に駆けこんだぼくは、席に座るなりコンビニで買った週刊少年ジャンクをビニール袋からとりだす。しげしげと表紙をながめ、ごくりと生つばを飲みこむ。今週は『破滅の刃』が表紙&巻頭カラー。覚悟して読まないと大変なことになるぞ、これは。


 ページをめくる。めくる。めくる。


 やばい。すごい。どうなるんだ、これ。わっ。ひゃー。うおおおおお、かっこいい。え? まだ生きてるの? こんなのどうするんだよ? どうやって勝つんだ? マジでか。ていうかもう終わり? つづき来週? うわあ。このつづき、来週かあ。


「おい、塾来て漫画読んでんじゃねーよ」


 ふり返ると、この塾唯一の講師、虎徹こてつがしかめ面して立っていた。ぼくは見なかったことにして再び漫画に向き直る。


「ダメだって言ってんだろ。はい、これ、今日のプリント」


 虎徹はぼくから漫画を取り上げ、代わりに小数のたし算やひき算が書かれているプリントを机に置いた。ぼくが不満げに口をとあがらせると、虎徹は浅はかな笑みを浮かべた。


「そのプリントで満点取ったら、ジャンク返してやるよ」

「言ったな?」


 ぼくはぼくの本気を見せてやることにした。


 この学習塾はていねいな個人指導を売りにしているみたいだが、実際のところはひどいものだ。講師の虎徹は基本使い物にならない。今だってぼくから強奪したジャンクを読んでニヤニヤ笑っている。あんな大人にはなりたくない。


「できたぞ」


 ぼくはプリントを持っていき採点してもらう。赤丸のオンパレード。


「生意気な奴だ」


 虎徹からジャンクと今度は理科のプリントを受け取り、席に戻る。この時間帯はまだ小学生しか来ていない。あと三十分もしたら中学生や高校生もやってくる。


 ぼくはジャンクをむさぼるように読み進めた。面白い、面白い、面白い。脳内が面白いで埋め尽くされていく。ぼくは少年ジャンクを読むために生きていると言っても過言ではない。


 特に今週の『呪力開戦』はすごい。バトルが、そしてセリフが、かっこよすぎる。


「お隣、失礼します」


 横からきれいな小声が聞こえた。見ると、制服を着たお姉さんが今まさにぼくの隣の席に座ろうとしているところだった。


 ぼくは息を殺して、漫画を読むふりをしながら隣の様子をうかがう。


 長い黒髪、凛としたきれいな横顔。こんな美人、漫画の中以外では見たことがなかった。まるで『破滅の刃』のヒロインのカナオみたいだ。


 隣のお姉さんがあまりにも集中して勉強しているから、そしてとてつもない美人だから、ぼくはなんとなく漫画を読むのが気が引けて、理科のプリントを解くことにした。問題はどれもかんたんで、漫画『ドクターストーム』を通して科学知識を仕入れているぼくに死角はない。


 さて。全部解いたからやることがなくなった。漫画を読みたい。けれど、なんだかそれはお姉さんに悪いような気がする。どうしよう。悩む。


「なんだ、できてるじゃないか」


 見回りに来た虎徹がそばにしゃがみこみ、採点を始めた。


「ほい、これ次のプリント」

「いらない」

「まあそう言わず解いてみろ」


 そう言って虎徹はぼくの顔面にプリントを押しつけ、隣のお姉さんに話しかけた。


「火口さん。何かわからないところは?」

「今のところはありません」

「数学って学校では今どこらへんやってるの?」

「たすき掛けの因数分解の辺りです」

「へえー」


 それだけ言うと虎徹は教室の前方の席に戻り、パソコンで何か作業を始めた。おそらくネットサーフィンだろう。ぼくにはわかる。あの目はどうでもいいネットニュースをチェックしているときの目だ。


 お姉さんは虎徹がとんでもなくだらしない男だということを知っているのだろうか。知らないのだとしたら、ぼくが教えてあげなければ。


 お姉さんが問題を解き終わるのを見計らって声をかける。


「すみません。お姉さんっていつからここに通ってるんですか?」

「あ、私、入ったばかりなんです。先週見学に来て、よさそうだったので、今週から通うことにしました」

「そうですか。あのですね」


 ぼくは声のトーンを落としてささやく。


「ぼくは去年の秋ぐらいからここに週二で通ってるんですけどね、ひどいもんですよ、あの男は。お姉さん、悪いことは言いません。お姉さんのようなちゃんとした人は、もっと他のちゃんとした塾に行った方が――」

「おーい、直人なおと、営業妨害してんじゃねーぞ」


 ちっとぼくは心の中で舌打ちする。


 さっきわたされたプリントをやる気にもなれず、ぼくはあごを机の上にのせ、ジャンクに連載されている漫画の展開を予想してみる。ジャンクの漫画は常に予想の斜め上を行くから、ぼくの予想が当たることはあんまりないけれど、漫画家になった気分で次のストーリーを考えるのは楽しくてしょうがない。


 午後六時になった。帰る時間だ。


「お姉さん、お先に失礼します」

「お疲れさまでした」


 お姉さんはぼくの目を見てから、軽く頭を下げた。そのとき長い黒髪が一斉に少しだけかしいだ。


 虎徹に「じゃあな、バカ」と言って塾を出る。

 駅の裏通りを抜けて平和公園の方へ進む。

 桜散る四月。


 ぼくはアスファルトにちりばめられた桜の花びらを踏んづけて走り出す。少年漫画の主人公みたいに。


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