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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第二章 ヤクザの娘行きつけの図書室
16/50

水曜日は図書室で

 夏休みに入った。


「夏は受験の天王山と言われています。君たちはまだ二年生ですが、受験の準備に遅いということはあっても早いということはありません。この夏、塾の方でも、集中講義、合宿、特別課題といった形で皆さんのことをしっかりとバックアップします。ですのでね、がんばって暑い夏を乗り切りましょう」


 ああもう。うっさいわね。

 塾講師の言葉は私の神経を逆なでするばかりだった。


 演劇部の皆さんは今頃楽しく部活をやっているかしら。私も稽古したかったわ。他校の演劇部との合同練習会にも参加したかった。夏休みの間に二、三回はプロの劇団の公演を見にいくとも言っていたわ。なのに私は塾で缶詰。せっせと英語の熟語を覚え、せっせと三角形の重心を求め、せっせと古文の主語が誰かを推理する。こんなのってないわ。


 医学部なんて別に行きたくない。そうお母様にはっきり言うべきなのよ。


 でも、ウチはおじいさまが総合病院の院長で、お父様も外科の教授だから、私も当然医者になるという、そういう目に見えない流れができてしまっている。時代は男女平等。女の子だから医者にならなくていいという理屈はもう通じない。一人娘の私は女医になって、医者と結婚し、生まれた子供を医者にする。そこまでがワンセットの無味乾燥な人生。


 いっそのこと髪を金髪に染めて、耳にピアスをつけて、露出の多い服を着てみましょうか。そんなふうにわかりやすく不良になれば、お母様も私の将来を諦めてくださるのでは。


 私は自嘲気味に笑う。

 不良になれるのなら、とっくの昔にもうなってるわ。

 不良にも勉強マシーンにもなれないから、困ってるんじゃない。


==========================================================================

 

 八月。

 地獄の勉強合宿を終えての水曜日。

 図書室のカウンターでパソコンを立ち上げていると、今日一人目の図書室利用者が現れた。


「おはようございます、先輩」

「おはようございます、琴刃さん」


 夏休みの間に私は、火口さんのことを琴刃さんと呼ぶようになっていた。下の名前で呼ぶのは最初は勇気がいったけれど、慣れてしまうとなんでもない。季節が変わるたびに私たちの関係性も当たり前のように変わっていく。それがとても嬉しいし、とても恐ろしい。


 時刻は午前九時過ぎ。


「相変わらず早いわね」

「水曜日は図書室で過ごすと決めてますから」


 確かに琴刃さんは毎週必ず水曜日に図書室にやって来る。


「もしかして琴刃さんって予定をきっちり組むタイプ? 他の曜日にも行きつけの場所があったりするのかしら?」

「秘密です」


 知りたい。けれど、あんまりしつこく食い下がると嫌われてしまうかもしれない。琴刃さんに嫌われたら、私、生きていけないわ。だからこれ以上は聞かないし、聞けない。


「今日のお昼、よかったらまた一緒に食べましょう」

「ぜひ」


 午前中、私はカウンター業務をこなしつつ、夏休みの課題である読書感想文にも取り組んだ。課題図書は『ロミオとジュリエット』。すでに読んでるから、あとは感想を書くだけ。黙々と原稿用紙のマス目を埋めていく。


 書き終えたところで、お昼になった。図書室は飲食禁止なのでいったん外に出る。


「今日もいつもの場所でいいかしら?」

「はい」


 私たちはお弁当を持って下駄箱へ向かい、靴を履き替えて外へ。図書室の外周に生えているクスノキのもとへ行き、そばのベンチに腰かける。ここはちょうど木陰になっていて涼しい風が吹いて来る。


 私が読書感想文を書いていたことを話すと、


「読みたいです、先輩の書いた感想文」


 と琴刃さんが呟き、こちらをまっすぐ見て迫って来た。


「読ませてください」

「ダメよ。私、そんなに文章うまくないんですもの」

「そうなんですか?」

「ええ。だから読んでも面白くないわよ。それより私は、琴刃さんの書いた文章を読んでみたいわ。一年生も課題に読書感想文あったわよね?」


 琴刃さんが神妙な顔でうなずく。


「読ませて」

「まだ書いてません」

「なら、午後から書いて。で、読ませて」

「嫌です」

「読ませて読ませて読ませて。ね? いいじゃない。減るものでもないし」

「なら先輩のも読ませてください」

「ダメよ」

「なら私の感想文も読ませるわけにはいきません」

「琴刃さんのけち。はい、あーん」


 私は何の脈絡もなく、自分の弁当の卵焼きを琴刃さんの口に運んだ。琴刃さんはもぐもぐとかわいらしく咀嚼そしゃくし、口の中をきれいにしてから、


「おいしいです。とても。これお返しです」


 と言って、タコさんウィンナーをお箸でつまみ、差し出して来た。

私は緊張しつつ、目を閉じ口を開け、タコさんウィンナーを食べさせてもらう。


 まるで恋人みたい。でも、私たちは恋人じゃない。ただの仲のいい先輩後輩。それ以上には進めない。この恋は実らない。


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