夕焼け空をバックに
演劇部に入ってからというもの、私の毎日はカラフルに色づいていった。放課後は塾へ直行するのではなく部室へ直行し、部員の皆さんと発声練習。その後は読み合わせをしたり、夏の大会で何をするか話し合ったり、即興劇をやってみたり。
ああ、なんて幸せなの。
これが部活、これが青春。
不思議なことに勉強の成績は下がらなかった。むしろ上がってきている。長時間勉強するより、部活と勉強をメリハリつけてがんばる方がいいみたい。
月、火、木、金は部活をやってから塾へ行く。
水曜日は図書当番をして、火口さんと一緒に帰る。
私は火口さんにはなんでも話した。学校のこと、家のこと、部活のこと。火口さんも徐々にではあるけれど、自分の話をするようになった。特に盛りあがるのが本の話題で、面白かった小説をおすすめし合い、翌週には感想を言い合うのが私たちの恒例行事になっていた。
部活が楽しくて、火口さんと過ごす時間が尊くて、成績が伸びていく。順風満帆とはまさにこのことね。そう思っていた。
けれど、楽しい日々はあっという間に過ぎて、あっという間に終わりを迎えるのだった。
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一学期末、保護者懇談の席で担任の先生とお母様が話すのを、私は黙って座って聞いていた。
「美白さんは授業態度も真面目で、クラスのことも率先して手伝ってくれるのでとても助かっています」
何を言っているのかしら、この担任。率先してやったことなんて一度もないのだけれど。
「最近は成績も伸びてきていますし、何も問題はありません」
そう言われ、私はちょっと得意になって澄まし顔をしてみせた。
「やはり、部活に入ったことがいい刺激になったのかもしれません」
担任教師が放ったその一言がお母様の顔を凍りつかせた。
「部活?」
「え? 美白さんからお聞きになっていませんか?」
「美白。どういうこと? 説明しなさい」
私はそれはそれは長いため息をついて、
「ごめんなさい、お母様。でも、言ったら反対してたでしょう」
お母様は眉を痙攣させている。担任はビビってしまい、早々に懇談を切り上げた。臆病者。
その日の夕食は、私の好物の冷やし中華だったのだけれど、私は手をつけずにお母様が何か言うのを待っていた。お母様はしばらく私をにらんでいた。そして唐突に口を開いた。
「これから塾がある日は毎日塾まで送るから、放課後になったらすぐ校門まで来なさい」
「どうしてもダメ? 部活動をすること許してくださらない?」
「ダメに決まってるでしょう。何を考えてるの、あなたは。成績が伸びたと言っても医学部合格圏内には程遠いのよ。しっかりしなさい」
私は席を立った。
「夕食少しは食べなさい」
「お腹が痛むので要りません」
自室に戻り、ベッドに倒れこむ。
明日が水曜日なのがせめてもの救いね。火口さんに慰めてもらいましょう。
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「お母様ったらひどいと思わない?」
帰路、私は夕焼け空をバックに歩道橋の上でターンしながら言った。
「部活ぐらいやってもいいじゃない。私、塾をさぼっていたわけじゃないのよ。講義はちゃんと受けていたし、それに成績だっていい調子で上がっていたのに」
「もう退部届は出してしまったのですか?」
「お母様の目の前で書かされたわ」
私のふくれっ面を見て、火口さんは指を口に当てて笑う。それから目を横に流した。
「でも、少し先輩がうらやましいです。成績のこと、そんなに心配してもらえるなんて」
「火口さんのところは放任主義?」
「はい。でも優しい祖父がすごく私にかまってくれるので、寂しくはありません」
それからしばらくの間、私と火口さんは歩道橋の柵にもたれかかり、車道を何台もの車が次々に通り過ぎていくのを眺めていた。
「いつか、演劇部に戻れるといいですね」
「ええ、今すぐでなくとも、いつか」
ああ、でも、と私はその場にへたり込む。
「ごめんなさい。お母様のお許しが出るとは到底思えなくて」
「先輩」
そう言うと、火口さんはしゃがみ込んで私の頭をそっと撫でてくれた。
「元気、出してください、先輩」
瞬間、今まで感じたことのない甘い感情が胸にあふれた。何なのかしら、これ。胸が熱いわ。火口さんの手が私に触れるたび、体の奥の方がとろけそうになる。とまどないながらも私は「ありがとう」とお礼を言って立ち上がった。
火口さんに慰めてもらった次の日の放課後、私は言いつけ通りすぐに校門に向かった。お母様はすでに来ていた。車の窓を下ろして、
「乗りなさい」
と一言。
私は何も言わず車に乗り込んだ。
塾へ向かう途中、窓から見える景色はモノクロ映画のように色あせていた。




