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ヤクザの娘行きつけの〇〇  作者: 仙葉康大
第二章 ヤクザの娘行きつけの図書室
12/50

オフィーリアに戻りたい

 四月は何かと忙しい。


 新しいクラスになって初日に、誰がどの委員をやるかを決めた。私は図書委員になった。本を読むのは好きだし、学級委員になるよりはマシだと思って。去年は学級委員になってしまったせいで雑用を全部押し付けられて散々だったわ。


 図書委員の主な仕事は週に一度の図書当番に出ること。私は水曜日の担当になった。


 今日は火曜日。塾がある日だ。まだ新しい教科書や去年から使ってる分厚い参考書を鞄に入れ、ため息をつく。


 中学生のときは勉強が楽しかった。でも高校生になった途端、勉強が急に難しくなって、私は簡単に勉強を嫌いになった。かといって他に熱中できることもなかった私は、何の部活にも入らず、週に四日、塾へ通う日々。今日もこれから塾だわ。ああ、なんて味気ない高校生活なんでしょう。


 教室を出ると、


「か、神崎さん。神崎美白かんざきみしろさん」


 と呼び止められた。


 どちらかと言うと地味目な女子たちが三人、肩をこわばらせて立っていた。真ん中の、眼鏡の子がチラシを差し出して言う。


「と、突然ですが、演劇部に興味はありませんか?」

「はあ」


 チラシを受け取る。大きな字で新入部員歓迎と書いてある。


「もしよかったら、一緒に活動しませんか?」

「ごめんなさい。私、部活動はあまり――」

「神崎さんの美貌には去年からずっと目をつけてました」


 私はまばたきする。


「色白の肌、整ったプロポーション、長いまつげ、きれいな鼻筋、色素の薄い髪。きっと素晴らしい女優になります」


 お世辞も多分に含まれているのだろうけど、同性から容姿を褒められて悪い気はしないわね。


「今日お時間ありましたら、見学だけでもぜひ」


 幸い、塾の講義は十八時からだ。それまで塾の自習室で勉強する予定だったのだけれど、勉強したところでどうせお母様が満足するような成績なんてとれやしないわ。


「それじゃあ、見学だけ」


 季節は、四月だ。私の人生にも新しいことがあってもいい。


===================================================================


 塾の講師がホワイトボードを叩きながら、英語の長文読解のポイントについて解説している。


 私は桃色のシャープペンシルの先を見つめながら、演劇部に入ることを検討していた。つまりは楽しかったのだ。今日の部活動見学が。


 軽い気持ちで演劇部の見学に行った私は、軽い気持ちで台本の読み合わせに参加してみた。今日扱った台本はシェイクスピアの『ハムレット』で、私はオフィーリアのセリフの担当になった。


『ハムレット』がどういう物語かは知っていたし、新潮社から出てる文庫本を読んだこともあったけれど、実際に声に出して読むと全然別の世界が見えた。セリフを読むたびに私という存在は薄くなっていって、代わりに私はオフィーリアなのだという錯覚が現実味を帯びてくる。そういう体験をしたものだから、今も塾の講義にまるで集中できていない。


 上の空で演劇部に入ったあとの自分を夢想していると、


「それじゃあ今日はここまで」


 講師がそう言った。教室にいたみんなが一斉にテキストをしまう。もう席を立っている動きの素早い人もいる。


「あ、帰るの、ちょっと待って。連絡事項があります」


 次回、単語テストをすると言っている。私はため息を飲み込んでテキストの余白にテスト範囲をメモする。


「英語力は単語力です。みなさん、がんばりましょう」


 卒業までにあと何個単語を覚えればいいのかしら。

 オフィーリアに戻りたい。

 自分の人生を生きるのはこんなにもつまらない。


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