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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役王女のやりなおし ~追放者、あつめて目指せ、最強国家~ 彼らを追放しておいて、「必要な人材だったから返してくれ」だなんて、そんなのいまさら遅すぎですっ!!

作者: 鈴木字未

見上げると、ベッドの天蓋がそこにあった。

縫い付けられたレースは煤けてボロボロだ。

私が王位についたときには、宝石や黄金。それから純白のレースが一面に飾られ、よい匂いの香が焚きしめられていたはずだ。

今はもう、見る影もない。

あたりにはカビ臭い、饐えた匂いが漂っている。

私は耐えきれずに、ゴホゴホと咳をした。

嫌な感触に手を見ると、そこには赤いものが混じっている。

女王である私がこんな状態なのに、誰も様子を見に来る気配はない。


なぜ、こんなことになったのだろう。


理由はわかりきっていた。

それは、私自身の行いの結果だ。

私が追放した、たったひとりのビーストテイマー。

畜産王国として、周囲に識られる大国だったこの国は、彼を追放してから没落の一途をたどった。

彼の一族に伝わっていたテイムの技術が、この国を支えていたのだ。

そんなこと、私はぜんぜん知らなかった。

私が王位を継いだ直後、ビーストテイマーと仲が悪かった大臣の讒言にのせられて、まんまと彼を追放してしまった。

しかも、酷い罵声まで浴びせて。


知らなかった、では済まされないわね。

だって私は女王なんだもの。


彼を追放するよう薦めた、あの大臣ももういない。

国が傾きかけたころ、真っ先に亡命してしまったのだ。

あんな人間を信じてしまった、私の罪だ。


かさ、と感触がした手の先を見ると、一枚の紙が目に入った。

何度も捨てようとして、捨てられなかった、一枚の手紙だ。


『お願いだからもどってきて』


件のビーストテイマー宛てに認めた、私の手紙。

その返信だ。


『こっちは、新しい地でみんなに必要とされ、スローライフで毎日が楽しい。だから、もどってくれ、だなんていわれても「いまさら遅い」』


丁寧な文章で、そのようなことが書かれている、拒絶の手紙。


もしやりなおせるなら、と私は思った。

もう安易にひとを追放したりなんてしないのに。

そう思ったときには全部が遅かった。


私の視界をゆっくりと闇が覆っていった。


                  □■□


わたし、アンネローゼが目を覚ますと、ボロボロのベッドが目に入った。

それは、今でも夢に見る前世の、その最後の記憶とおんなじだ。

ただひとつ違うのは、こちらのベッドはわたしが物心ついたころから、こんなふうだった、っていうくらい。

こちらとあちら。

あちらのことは、もう遠い夢のよう。


あちらの世界で目の前が真っ暗になったわたしは、気がつけばこちらの世界にいた。

リュミエール王国王女、アンネローゼ・リュミエール

それが今の私の名前と肩書。

あのとき、『やりなおせるなら』なんて、強く思ったのがよかったのかしら。


気がつけば私は、あちらとおなじ王族として転生していた。


「もっとも、同じなのは肩書きだけよね」


ここ、リュミエール王国は、わたしが転生前に過ごしていた国と比べるまでもないほどに、吹けば飛んでしまうような小国だ。


大陸の東の果てに王国はある。

ここより先は魔族が住むという、人間にとっては未踏の地。

長大な山脈で隔てられたその麓にわたしたちは暮らしていた。


名物も産業もとくにない、豊かとはいえない国だけど、


「なにしろなにもない国だからね。こんなところを併合してもメリットなんてまるでないから、みんな放っておいてくれているのさ。だから平和。それだけは誇れる国だよ」


なんてお父さまがいっていたっけ。

お優しいだけがとりえ、だなんて口さがないひとにはいわれちゃうお父さまだけれど、わたしにはそれで充分ね。


前世では、父王の顔をみたことなんて数えるほどだったわたしである。

なに不自由ない生活をさせてもらっていたのだから、文句なんていえないけれど、

親子らしい愛情なんて、そこにはほとんどなかったかも。


今はちょっと気にしすぎっていうくらい、わたしのことを気にかけてくれるお父さま。

それからお后さまのお母さま。

それだけで、幸せを感じてしまう毎日なのだ。

大好きな甘いお菓子が三日にいっぺんしか食べられなくても、あんまり気になんかしていない。

そりゃあ、毎日、いえ、二日にいっぺんくらいは食べたいと思うこともあるけれど。


「それでは、いってまいります。お父さま、お母さま」

「今日もご苦労さまだね、アンネ。しっかり務めてくるんだよ」


三人での朝食を終えて、わたしは城下の修道院へと向かい行く。

修道院には人が列をなしていた。

今日はみんなにふるまう炊き出しの日。

わたしはここでお手伝いだ。


大きなお鍋にたくさんの煮込みがはいっていて、わたしはそれをとりわけて、みなさんに配っていく。


「いつもいつも、すみませんねえ」

「ありがとう、おうじょさま」

「本当に、ありがたいことです」


ちいさな子どもからお年寄りまで、炊き出しにはたくさんの人が訪れていた。

みなさんそれぞれに、ありがとうっていってくれたり、中にはわたしを拝み出す人までいたりする。


リュミエール王国みたいなちいさな国でも、王族がこんなことをするのは珍しいみたい。

お父さまやお母さまも、ご苦労さまだね、偉いね、なんていつも褒めてくれるけど・・・・・・。


でもわたしはぜんぜん大変だなんて思っていなくて、これはむしろ、とってもたのしいお仕事だ。

いろんなひとと触れあえるって転生前の私には考えられないことだったから。


「王族が下賤のものに触れるなんてとんでもない」


なんていわれて、王宮の限られたところから外に出たことだって、ほとんどなかった。

思えば、世間知らずもいいところね。


わたしは煮物のはいった器を手渡しながら、そう思った。

こういう仕事だけじゃなくて、ほんとうは調理だってしてみたい。

のだけれど、一度だけ調理場におじゃましてからは、二度とそこに近づけなくなった。

なぜだろう。

こっそりためておいた甘いおやつ。

あれを煮込みに投入するってアイデアは、わるくなかったと思うんだけどな。


がしゃん


と列のうしろのほうで大きな音がして、わたしははっと我に返った。

なんだろう、と思う間に、大きな声が続けてする。


「追放者が、でかい顔してるんじゃねえ」

「さっさとそこをどいて、俺たちに場所を譲りな!!」


「どうしたの?」


と駆けつけたわたしの目に、大柄な男達が男の子を脅しているのがうつった。

どうやら、男達が男の子を突き飛ばして横入りしようとしたみたい。


「あなたたち、ダメよちゃんと並ばなきゃ」

「うるせえ。そんなもの、俺たちの勝手だろうが」

「だいたい、追放者がこんなところに入り込んでるのがおかしいんだ。そいつをかばうおかしな女なら、俺たちも容赦しねえぞ」


ちょっと、そんないいかたって酷いじゃない。

わたしがそういう前に、あたりのみなさんが声をあげる。


「なんだと、おれたちの姫さまになんてこといいやがる」

「そうよ、ほんとなら、あんたたちが口をきけるかたじゃないのよ」

「だいたい割り込もうとしておいてなんだそのいい草は」

「おまえらに食わせる飯はねえ。とっととでていけこのやろ」


次々に罵声がなげつけられ、しまいには物までなげつけられて飛んでいく。


「うわ、やめろ」

「くそ、てめえらいい加減にしろよ」

「ダメだ、今日はずらかろうぜ」


男たちはみなさんに追い立てられて、這々の体で逃げていった。


あなた、大丈夫?

わたしは床に倒れたまま、起き上がれない男の子を抱き起こした。

わたしより、すこし年若いくらいの男の子。

ぶるぶるふるえておなかがすいてたまらないふうだ。


「さあ、あちらへ。どなたかお食事を用意していただけますか?」


椅子に座り、男の子はゆっくりとスープをすすった。


「おいしい」

「そう、それはよかった」


男の子は顔を上げずに、煮物をぱくぱく食べている。


「お名前をおしえれくれるかしら?」

「リット」


と彼はぽつりといった。


「あなた、おひとりなの? お父さまやお母さまは?」


「とうさんはゴルドー帝国で、ビーストテイマーをしていたんです。でももういらないっていわれて、追放をいいわたされたその後に・・・・・・」


ビーストテイマー。

かつて前世で私が追放した、因縁の職業。


「・・・・・・かあさんもこのまえ死んでしまって・・・・・・」


長い時間をかけてぽつりぽつりと、男の子はそのようなことを教えてくれた。


「その、いいにくいかもしれないけれど、追放者って・・・・・・?」


男の子は答えてくれなかった。

かわりに、あたりにいたおじさんやおばさんが教えてくれる。


「国を追放された者は、追放者として忌み嫌われるんでさ。追放された国には戻れないし、他の国でも犯罪者みたいに扱われることがある」

「どこかで無能あつかいされて、追放された人でしょう? それをわざわざ雇おうって国なんて、そうはないってことなんです」


「そんなのひどい」


わたしがいうのに、おじさんは首を振った。


「ま、このリュミエール王国では、そういうことはないんですがね」

「そうなの?」

「ほら、うちの国ってば、ほとんど辺境みたいなもんじゃないですか」

「だから追放者が流れ着く最後の国が、うちの国ってことが多くて」


むむむ、とわたしは思った。

この男の子みたいなひとが、ほかにもたくさんいるのだろうか。


「だからみんな慣れちまって、追放者を嫌う者はそれほど多くないんですがね」

「問題は流れ着いてきた追放者のほうなんでさ。ちょうど、その男の子みたいにね」

「まあ、ムリも無いと思いますよ。故郷を追放されて、たどりついた先でもいらないこ扱いされて。それですっかりまいっちゃう人が多いんです。うちに流れてきたときには、ほとんど廃人みたいになって、そのまま・・・・・・」


むむむむむ、とわたしは思った。

同時に、前世のことをおもいだす。

わたしが追放した、ビーストテイマーのあのひとも、そんな労苦を味わったのだろうか。

だとしたら、のうのうと帰って欲しいなんて手紙を送った私に、『ざまあ』って思ったとしても、それはしかたがないことだ。


それに気がつけた今ならば、


「これは、わたしがなんとかしないといけないことだわ」


                  □■□



「追放者のみなさんのために、施設を造りたいと思います」


わたしはお父さまの前で宣言した。


「え、なんだい? それは」


お父さまは驚いた貌だ。


「いったとおり、そのままです。リュミエール王国には、他国を追放されたひとがたくさんいるって聞いたのです」


お父さまの顔が、驚きから難しい貌にかわっていく。


「わたしも、そのことは識っているよ。なんとかしたい、とも思っている。でもね、このリュミエール王国では使えるお金は限られているんだ。ほかならない国民のために、優先すべきことはたくさんある」


いつものお優しいお父さまではない。国王としてのお父さまがそこにいた。


「甘い物を食べられるのが週に一度、いえ、月に一度。いっそ食べられなくなってもいいんです」

「アンネ、そういうことではないのだよ」

「・・・・・・あなた」


お父さまのとなりに座っていた、お母さまがちいさく声をかけた。


「わたしの嫁入り道具の指輪。あれを売ったら、すこしはお金になるんじゃないかしら?」

「え、いや、それは。でも、あれはきみがあんなにたいせつにしてたものじゃないか」

「いいのよ。考えてみれば、アンネローゼがわがままをいうなんて、ほとんどはじめてのことじゃない」


お父さまは目を瞑ってしばらく考えるようにした。


「そう、かもしれないな。ほんとうは、わたしがやらなければいけなかったことでもあるのだし」


そうして、お父さまはわたしを見た。


「わかった。なんとかしてみるよ、アンネローゼ」

「ありがとうございます、お父さま」


わたしはすこし泣きそうになりながら、そういってにっこり笑った。


                  □■□


「しっかし、ひとが増えたなあ」


「そうですね。すべてはアンネローゼさまのご苦労のたまものでしょう」


長身で筋肉質のヴォルフに、褐色の肌をした中背のマルカ。

わたしの護衛を務めてくれている彼らは、二人ともに追放者だ。

ふたりともすっごく強くって、並みの実力では相手にもならない。


獣人とのハーフであるヴォルフ。

別の大陸から渡ってきた者の子孫で、奴隷にルーツをもつマルカ。


この大陸では、昔から差別の対象だった彼らは、それぞれの理由で追放され、リュミエール王国まで流れ着いてきた。

彼らだけじゃない。


お父さまにお願いして作っていただいた、『追放者の皆様のためのおうち』には今や何人ものひとが集まっている。


「これからは魔導による量産の時代だ」

なんていわれて、追放された、鍛冶職人のドーラ

お化粧が得意すぎて、侍女をお妃さまより美しくしちゃったせいで、妬まれて追放されたエリザベートさん。

植物学者に錬金術師。

そのほかにもたくさんの、追放され、国を追われたいろんなひとたち。


「アンネローゼさま、そちらは危ないですよ。どうぞこちらへいらしてください」


マルカがわたしの肩をかかえ、ぐい、と自分の方へひっぱった。

その先には水たまり。

危ない危ない。ぼーっとしてたらいけないな。


「おい、マルカ。あんまり姫さまにひっつくんじゃない。嫌がっているだろうが」


そんなことない、という間もなく、マルカはヴォルフに向かっていう。


「ふん、これは護衛として当然のことだ。貴様こそ、そのムダにでかい図体でこっちに近寄るんじゃない。アンネローゼさまが怖がるだろう」

「へ、このでかい身体はな、こうやって使うんだよ」


そういうと、ヴォルフはいきなりわたしを抱え上げた。

そのまま、ひょいっと、器用に肩にのせてくれる。


「なにをする、きさま――」

「ううん、大丈夫よ。それよりすっごくいい眺め。ありがとうヴォルフ」

「いいってことよ」

「くそ、負けた……」


ふふ、とわたしは楽しい気持ちになった。

ヴォルフにマルカ、ふたりとも出会ったときにはすごく荒んだ目をしていて、よく睨まれたものだったな。

それが今では、こんな軽口をたたけるくらいに明るくなった。

わたしとしては、もうちょっとだけ仲良くしてくれるともっとうれしいんだけれど。


彼らふたりがわたしの護衛をしてくれるみたいに、『追放者のみなさんのおうち』を訪ねてくれた人、その大半が、いまや王国を手伝ってくれている。


はじめは、あのときの男の子、リットくんだった。

リットくんの一族に昔から伝わる、『ビーストテイム』、そのスキル。

動物さんとおしゃべりまでできるというスキルを使って、リットくんはリュミエール王国の牛さんやお馬さん、それから羊さんたちのことをぐるり見て回ってくれた。


そうしたら……


牛さんはお乳がよく出るようになったっていうし、

お馬さんはもっと速くはしれるようになったそう。

羊さんはますますもふもふとして、とれる毛糸もふわふわになったんだって。


鍛冶職人のドーラさんにメンテしてもらった農具で、荒れ地もすっごく耕しやすくなったって、喜んでいる人がいた。

エリザベートさんのお化粧で、お城や町のみなさんの顔もどんどんあかるくなっている。


「王女さまにお化粧だなんて、必要ありません」


エリザベートはそんなことをいって、わたしにはぜんぜんしてくれないんだけど。

きっと、お化粧なんかしたところで、これ以上どうしようもない顔なのね、わたしは。


とにかく、そんなわけで、このところリュミエール王国ぜんたいが、すこしずつ元気になっていってるみたい。

甘いお菓子だって、いまでは二日にいっぺんは食べられるようになったんだから。

それも、わたしだけじゃなくて、王国民ぜんたいがね。

これって、けっこうすごいことかも。


「よう、王女さん。今日も元気だね」


そう声をかけてきたクルトさんも、追放者のひとり。

出会ったときは飲んだくれていて、どうしようもない感じのひとだったけれど、今や……

あれ、クルトさん、やっぱり今もお酒くさい。


「ああ、これですかね? 作品が完成したお祝いに、久々に一杯ってね。あとでお渡ししますんで、アトリエまでお越しいただければ」


クルトさんは大形にお辞儀をしてみせた。

芸術家、なのだというクルトさん。

彼の描く絵画は「むぅ、前衛的すぎて、ちょっとわたしにはわからないかなあ」なんてお父さまにいわれていたけど、迫力があって、わたしはけっこう好きなのだ。

クルトさんにアトリエを用意してあげたおかげで、わたしはいまだに甘いお菓子を三日にいっぺんしか食べられないでいるのだけれど。

でも、あの状態から立ち直ってくれたなら、それはとってもうれしいな。


そういえば、クルトさんはなんでお国を追放になったのか、まだわたしはしらなかった。

話したくないほどの事情があるなら、ムリに聞こうとはおもわないけど・・・・・・


「なに、そう難しいはなしではないのですがね。ただちょっと、ご婦人にはいいかねる」

「えー、いいじゃない。わたしききたいな」

「そうですか、ではお教えいたしましょう。不肖このクルト、女性の裸の絵を・・・・・・」


あれ、なにも聞こえなくなってしまったな。

気がつけば、マルカがその両の手のひらで、わたしの耳を覆っていた。


「いけません、アンネローゼさま。このような者の話をまともに聞いていると、お耳が汚れてしまいます」

「はははは。これは手厳しい。ま、その通りではあるのだがね」

「はなしてマルカ。クルトの話、ちゃんと聞いておきたいのよ」


わたしはじたばたしてみたけれど、マルカははなしてくれなかった。


と、


その手がきゅうにふわりと緩んだ。


あれ?


いつのまにかお父さまの侍従さんがわたしの隣で荒い息をくりかえしていた。


「たいへんです、アンネローゼさま」


なんだろう。ひどく慌てているみたい。


「ゴルドー帝国の使者がやってきたのです」


他国の、それもリュミエール王国近辺では最大規模のゴルドー帝国が使者を送ってくるなんて、珍しいことだった。


「それで、使者さまはなんのご用事で?」


「はい、それが……帝国の臣民、リットを返せと、そういっているようなのです」


                  □■□


急いで駆けつけた、リュミエール王国の謁見室は緊張感に包まれていた。

わたしは気づかれないようにこっそりと、侍女たちの後ろからようすをうかがう。


「おお、そのものが例のリットですな」


お父さまと向かい合って、部屋の真ん中にたつ男がいう。

全身に着込んだ黒い鎧は、いかにも高級そうな光を放っていた。

王さまであるお父さまはみんなより一段高い位置にいるけれど、その人はお父さまを含めたこの場の誰よりも偉そうにしている。


お父さまの隣には、リットくんが立っていた。

ただでさえ小柄なリットくんだ。今は場違いな場所に立たされている感じがして、みていてとってもかわいそう。


わたしに気づいた侍女のひとりが、ちいさくささやき教えてくれた。

男の名はルイ。ゴルドー帝国の将軍だという。


「では、承諾していただけますな? 我が帝国の臣民、そこなリットの返還を」

「だが、この少年はゴルドー帝国を追放された、と聞いているぞ」


お父さまはルイの視線からリットくんを遮るように立ち上がた。


「それが、なにかの手違いでそうなってしまったのです。帝国にはその者やその家族を、追放する気などまるでなかったのですよ」


そんなの嘘に決まっている。とわたしは思った。

嘘じゃなかったとしても、そのせいでリットくんがどんなに苦労したことか。


「噂では、ここのところ、帝国では畜産物の生産量が、急速に落ちているとか」


お父さまは急にそんなことをいった。


「なんのはなしでしょう。まったく知らぬことですな」

「今まで従順にしていた動物たちが、急にいうことをきかなくなった。そういう噂も聞いている」


それは、わたしもどこかで聞いたことがある話だった。

お父さまのいうような噂なんかじゃない。

転生前の私が、あちらの世界でやらかした、それとまったく同じような……


「ですから、なんのことだかわからないと申し上げている」


いって、ルイ将軍は顔の脇でてをぱんぱんと叩いてならした。

帝国の兵士たちが、何かを運んでくると、覆われていた布をとりさる。


「すごい」


わたしは思わず声をあげた。

中には金銀宝石が、小山となって積まれている。


「わが臣民を保護してくれたお礼として、こちらを差し上げようとおもっているのですよ」


「いや、しかし……」


お父さまは視線をさまよわせた。

リットくんはその傍らで、服の袖をぎゅっとにぎっている。

行きたくない。

そういっているみたいに。

わたしはお父さまが気づいてくれるように、ぶんぶんと首を大きくふった。

あの財宝をもらって、たとえ三食お菓子付きになったって、嫌がるリットくんを差し出すなんて、そんなのはダメだ。


それが通じたのか、お父さまは渋い貌をしていった。


「やはり……この話はお断……」

「もし、断るというのならば、こちらもそれなりの手段をとらせていただくことになりましょうな」

「なん……だと?」

「そうでしょう? あなた方は我々帝国の、貴重な人民を誘拐し、あまつさえ自国の利益のために酷使しようというのです。帝国としては自国民を守るため、たとえ戦争になったとしてもかまわない。そう申し上げているのです」

「ふざけるな」


とお父さまが声をあらげた。

あのおやさしいお父さまには、ほんとうに珍しいことに。


「では、どうなされるのです?」

「僕、帝国にかえります」


リットくんが、お父さまの陰から出ると、そういった。


「ダメだ。それは……」

「いいんです。僕が帰ればすむ話なんですから。王様、いままでありがとうございました。この国にきてから僕、ほんとうに楽しかったんです。アンネローゼさまにもお伝えください。僕のことなんかわすれて、お元気でって」


リットくんはそういうと、止めようとするお父さまの手をふりはらってルイ将軍のところへかけていった。


「これは殊勝なこころがけ。帝国臣民たるもの、こうでないといけない。おい、やれ」


最後の言葉は、将軍が部下にだした指示だ。

それに応えて、後ろの兵士が、ルイ将軍に何かを差し出した。


「それは?」

「ああ、高貴な方々には見覚えのないものかもしれませんな。これは、奴隷紋の魔法書です」

「奴隷? いったい、なぜ」

「もう二度と、この者が他国のもとへとわたるようなことがあっては困りますからな。そのために奴隷として処置をさせてもらうのです」


魔法書が光り出す。

次の瞬間


どん、と


ルイ将軍が突き飛ばされていた。

やったのは、


わたし、だ。


「ふざけないで」


自分がこんな大声をだせるなんて、わたしがいちばんびっくりしている。

でも、それだけではとまらなかった。


「一度は不要と放りだしておきながら、いざ必要となったからってこの仕打ち、こんなの、ゆるされるわけがないじゃない」


「だから、なにかの間違いだったといっている」


ルイ将軍がいう前に、わたしはリットくんの手をとって引き寄せた。


「そんなの、もうぜんっぜん『遅い』のよ。リットくんはもう、わたしたちと楽しく暮らしているんだから」


                  □■□



やっちゃっ、た


わたしはあたまをかかえて、椅子に座っていた。

となりではリットくんがしょんぼりしながら、あたりの様子をうかがっている。


まわりでは、追放者のみんなが激しい口調で話し合っていた。


「まずは俺、それからマルカがふたりでやつらをくい止める」


ヴォルフがいうのに、マルカは何も言わずに頷いた。


「それならおとりが必要ね。化粧をしても、私に王女さまのかわりがつとまるとはおもわないけど、それでも時間稼ぎくらいにはなるでしょう」


エリザベートがそれに続く。


「リット、しょんぼりしている暇はないぞ。姫さまが脱出したあとは、おまえの『ビーストテイム』がたよりだからな」

「わたしたちのアンネローゼさまをお任せするんです。くれぐれも頼みましたよ」


「みんな、やめて」


とわたしはいった。

もう、すぐにも攻め寄せてこようという帝国軍。

その軍隊と、みんなは戦うつもりなんだ。

わたしひとりを逃がすために。


「そんなことをしたら、みんな死んじゃうわ。将軍を怒らせたのはわたしなんだから、わたしがお詫びすればいいの」


そう簡単には許してくれないかもしれないけど、

切られて殺されちゃったとしても、それですむならやすいものだ。


リュミエール王国と、みんなを助けてくれるなら。


「アンネローゼさま、いいのですよ」

「そうだぜ、俺たちは姫さまに拾われていなければ、どこで野垂れ死んでいたっておかしくなかったんだ」

「あなたを守って死ねるなら、本望です。これはみんなもおなじ気持ち」


その言葉に、みんなは黙って頷いている。


そんなの、だめよ。わたしはおもった。

でもわたし、どうしたら・・・・・・・


「おまえら、みんな間違ってんだよ」


ひとりだけ、頷かずにそう言った人がいた。

芸術家の、クルトさんだ。

珍しく酔っ払ってはいないみたい。


「クルトさん、今は一刻を争う大事な時なんです。絵描きのあなたも、すぐに逃げる準備を・・・・・・」


クルトさんは、そういったマルカをひとにらみした。

それだけで、マルカは気圧されたように黙ってしまう。

刃物を目の前につきつけられても、まったくひるむこと無いマルカなのに。


「まずは王女さんに、少年。おまえらだ」


いわれて、わたしは顔をあげた。


「ふたりとも、今度のこと一切は、気に病む必要なんてないんだ」

「え?」


クルトさん、なにをいっているのかな。

やっぱり、酔っ払っているのだろうか。


「そもそも帝国は、今回の少年のことなんて、承諾しようが断ろうが、どっちでもよかったんだから」

「え、なんで・・・・・・」

「結局のとこ、帝国は少年もこの国も、どっちも欲しいんだよ。今回たまたま国のほうが先になっただけで、順番がすこし、かわっただけの話なんだ」

「リットくんはともかくとして、この国が欲しい、だなんて・・・・・・」


お父さまの言葉が思い出された。

併合してもメリットがまるでないから、放っておかれているわたしの国。リュミエール王国。


あ、そうか、メリットだ。


「もしかして、甘いお菓子を三日にいっぺんしか食べられない国はいらないけど、毎日食べられるような国なら欲しいなって、そういうこと?」


まあ、わたしはいまだに、三日にいっぺんしか食べられないんだけれど。


「そうだ。王女さん、あんたは頑張りすぎたんだ」


三日にいっぺんの原因をつくったクルトさんはそういった。


「頑張ったから、滅ぼされるっていうの? そんなの許せないじゃない・・・・・・」


でも、とわたしは思った。許せないなら、どうすればいいんだろう。

帝国の軍隊は強力で、リュミエール王国のそれとは比べものにもならないのに。


「それが全員のまちがいだ。なんで負けるって決めつけてんだ?」

「それは、あの強大な帝国軍にだな・・・・・・」


クルトさんは、言ったヴォルフをまた睨む。

獣人へと変身することができ、大岩を軽々と振り回すヴォルフまでもが、あきらかに気圧されていた。

クルトさんは、もう酔っ払いの画家ではなかった。


「いいや、勝つんだよ。少なくともおまえらにはその力がある。そして、この俺が勝たせてやる」


クルトさんはわたしの前まで歩いてくると、そうして急に膝をついた。


「名乗りが遅れて、申し訳もございません。俺は『毒蛇』のクルト。かつて、シタニア教国にて、大将軍を拝命していた身であります」


ま、追放されたんですがね、とクルトは続けた。


「この戦の勝利、かならずや貴女にささげてみせましょう」


                  □■□


なぜ、このようなことになったのか。


ゴルドー帝国将軍、ルイは、混乱していた。

信じて送り出した彼の副将、ユーゼフとゴッツォ。

帝国が誇る、武の二枚看板が、獣人と褐色の肌をもつふたりの対手に瞬殺され、首になって戻ってきた。

それから、まだ二日と経っていない。


ふたりが殺られた怒りにまかせ、行った全軍突撃がマズかったのだろうか。

たかが寄せ集めの小国の軍、と侮っていたのは確かなことだ。


事実、練度も数も、帝国軍が勝っていたはずだ。


リュミエール王国軍の弓、それは帝国のものよりもはるかに遠くまで届き、矢はたやすく鎧を貫いた。

なぜだ? 材質がまるで違うのか? それともよほど腕のいい鍛治師でもいたっていうのだろうか。


そうして突撃をとめられた帝国軍に、斜め後方からユーゼフとゴッツォを斃した男たち、彼らが率いる部隊が突っ込んできた。


なぜだ? 後ろに敵はいなかったはず。

彼らは奇妙な化粧を施され、まるで森に溶け込むように、景色と一体化していたという。

出したはずの斥候が、それを見逃してしまうほどに。


突撃をとめられ、後方を分断されて、ルイの軍は大混乱に陥った。

ルイはただ、森への転進を命令することしかできなかった。


なんとか森に逃げ込んで、ひといきつこうとした帝国軍の悲劇は、それだけでは終わらなかった。


森の動物や植物。それに虫にいたるまで、あらゆるものが彼らに襲いかかってきたのだ。


まるで誰かに命じられてでもいるかのように、襲い来るそれらに対し、ルイにできることはもうなかった。

混乱が混乱を呼び、四散していく帝国軍。

それを前にして、ルイもまた、逃げ出すことしかできなかった。


気がつけば、ルイはひとり、森の中をさまよっている。


小一時間もさまよっただろうか。

そこだけ木々をかりとったようにぽっかりと、唐突にひらけた広場のような場所に、ルイはたどりついていた。


「これはこれはルイ将軍。どうしたのですか? お一人でこんなところに」


広場の中央、一本だけのこされたような木の傍らに、人影があった。

一人、だけではない。

ユーゼフとゴッツォを斃した男たち、その二人が脇に控えているようだ。


「だれだ貴様は、いや、その顔見覚えがあるぞ・・・・・・・まさか!!」


彼の頭のなかに、ひとりの敵将が思い浮かんだ。

大陸の南に名高い超大国シタニア。

その、不敗の大将軍。


「まさか、毒蛇のクルト、なのか?」

「お見知りおきいただいていましたか。これは光栄の至り。なにしろ王女さんをはじめ、我が友ときたら、そういうことには疎くてね。あれでは名乗り甲斐もなかったのだが」

「貴様のような男が、なぜこんなところに?」

「なに、教国ではすこし勝ちすぎましてね。内から疎まれ憎まれて、それで追放までされて。などと、ま、よくある話です」


ルイには預かり識らない話ではある。

けれどもそうか。相手にしていたのがあの、『毒蛇のクルト』なら、この結果も・・・・・・


「わたしを、殺すのか?」

「いえ、将軍にはメッセンジャーボーイになっていただく。今後この国に攻め入ればどういうことになるか、ぜひお国でお伝えください」

「くそ・・・・・・」


なにも言い返せずに、ルイはクルトの脇を抜け逃げていった。


「いいのかよ、逃がしちまって」


獣人に変身した、ヴォルフがクルトに向かっていう。


「いいんだ、なにごともやり過ぎはよくないということだ。それにしたってこの大敗。しばらく攻めてこようだなんておもわないだろうさ」


「あんた、すげえ将軍だったんだなあ」

「ほんとうにすごい将軍は、追放になんてならないさ。そういう意味では君らとそうはかわらない」


クルトはそういうと、天をあおいでひとりごちる。


「今後はずっと、絵を描くなどして過ごすつもりだったのだがね。なに、こういうのも存外悪くないものだな。なにしろ、はじめて人に勝利を捧げたいと思っだのだから」

「なあ、あんたがすげえのは充分わかったけどさ」

「なんだね?」


ヴォルフは胸を叩いていう。


「姫さまはそう簡単にわたさねえぞ。そこんとこだけは、ちゃんと覚えておいておくれよ」


その首筋に、鋭く短刀が突きつけられた。


「おい、いつからアンネローゼさまはおまえのものになったんだ? おまえこそ調子にのるんじゃない」


マルカはそういうと、ヴォルフをどんと突き飛ばす。

クルトはそれをみて、心底愉しそうに笑い声を上げた。


                  □■□


「やったわ、勝ったのよ」


クルトからもたらされた知らせを聞いて、わたしは飛び上がって近くにいたリットくんに抱きついた。


「あ、アンネローゼしゃm・・・・・・」


リットくんはもごもごとしながら、顔を真っ赤にしているみたい。

疲れているのかな。

ムリも無い。リットくんだけじゃなく、元追放者のみんなは働きづめだったのだから。


ここにいる中で、疲れていないのは、きっとわたしくらいだ。

わたしは急にはずかしくなって、リットくんからゆっくり離れた。


「本当に無能でやくたたずなのは、きっとわたしね。みんなが頑張ってくれたのに、なんにもかえしてあげられない」


はっはっは、と鍛冶職人のドーラは高く笑う。


「そんなことは一切気にする必要なんてないんですぜ、王女さま。でももしみんなになにかしたいっていうんなら」


ドーラはリットの方を指した。

リットはまだ顔を真っ赤にしたまま、もじもじとしているみたい。

そういえばわたし、いきなり抱きつくなんて、ちょっとはしたなかったかも。


「そこの少年にやったみたいに、帰ってきたみんなに一人ひとり、ハグでもしてやるといい。きっとみんな、喜びますぜ」


「うーん。そんなことがみんなをねぎらうことになるのかな?」

「なります」


エリザベートが食い気味に、叫ぶようにそういった。


「なのですぐにやりましょう。そうしましょう。なんならこっちからいっちゃいますよ」


彼女はそういうと、わたしにがばっと抱きついた。


「あの、僕ももう一回やってもらってもいいでしょうか」


リットくんがちいさな声で、そんなことを口にする。


エリザベートにもみくちゃにされながら、わたしはこくりと頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] せっかく戦に勝ったのに、ハグで嬉しさのあまり昇天してしまう奴もいるんじゃなかろうか……?
[一言] あぁ、短編な事が残念だ…
[良い点] 起承転結まで書かれた短編 [一言] 追放者国家ネタは他にもあったけど第三者視点は思ったより新鮮だった。
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