なんのことですか
「てめえ、こんな猿でもできるような簡単なこともできずに働こうなんて虫がよすぎるんだよ、さっさと辞めちまえ」
もう何回こんなことを言われただろうか、慣れたように思っていたが言われる度に傷ついていく。自分でもわかっているさ、生きていく価値のない男だと。
「もういいや!!」
そう叫んだ男は仕事場を飛び出しビルの屋上へとかけ上がる。あっという間に柵を飛び越えなんの躊躇もなく真下へと飛び降りていく。追いかけてきた会社員にしてみれば迷惑な話である。自殺の責任を問われかれない。しかし彼は信じられない光景を目にする。まっすぐに落ちていく男の姿が地上に激突する直前に消え失せたのである。
会社員は驚きながらも安心する。責任を問われる心配がなくなったからである。役に立たないあんなやつのことなど誰も気にしないだろう。実際その通りだった。
「困るんじゃよ、勝手に刑の執行を打ち切ってもらっては」
目の前に現れた老人は出会い頭にそう言った。
男は困惑した。自分は死んだはずでは、ビルの屋上から飛び降りたはずなのに。ここはどこだ。あれは誰だ。
「自分が何をしたかわかっていないようだな。思い出せ、自分の所業を」
「無理ですよ、記憶はすべて消しましたから、本人はなぜこんなめに合わされるのかまったく理解できてません」
もう一人現れたのは巫女のような格好をした女性、話を続ける。
「さて、あなた自身はなんのことかさっぱりわからないでしょうね。簡単に言うと何世代か前のあなたが犯した罪を償うためにあなたに試練を与えたのですよ。何をやってもうまくいかない。何をやっても報われない。誰にも評価されずに好かれることもない。それでも生きていかなければならない。そんな試練をね。あなたの態度をみていつかは解除しようと思っていたのですけどね、どうやらやり直す必要がありそうですね」
「俺は関係ないだろう。今の俺には」
男はそう言ったが彼らには通じない。
「やり直しって、どうする気だ」
「そのままの意味ですよ。人生をやりなおさせます。ただし条件を変更して」
「なるほどな、ちょうどいいのがある。ここならうってつけだ」
老人と女性はなにやら話し合う。
「よし、決まった。お前には再び刑に服してもらう。条件も何もかも全部変更してな。このやり取りは記憶のなかから消してもらう。何もわからない状態で何もかもやり直せ。ただひとつ言っておく。今度は簡単に死ねると思うなよ」
そう言われた後、男の意識は途絶えた。