78:王太子命令
魔女、と聞いて使用人たちがざわついた。クロエが罪を犯して王都を追い出されたとは聞いていたが、その疑惑はただの罪人とは段違いのものだ。かつて魔獣を生み出しこの国を危機に陥れた、聖女と並んで神話で語られる存在。それにクロエがなったと言うのか。
「単刀直入に聞きます。お兄様は、イエラオ殿下から何を命じられたのですか」
「お前が魔女なのかどうか、僕自身の目で確かめろと。魔女――あるいはその眷属であれば、この弓で射なければならない。どうやら違ったようだが」
弓と矢を回収しながら、何て事のないように告げるダーク。しかし、その手は震えていた。妹をこの手で討たずに済んで、安堵で力が抜けたのだろう。
「そして疑惑が晴れたのなら、すぐに上級者向けダンジョンに向かえとの事だ。我々にクロエは魔女だと吹き込んだ者が、そこにいる」
「モモ様ですね」
間髪を入れずに答えるクロエに、ダークは顔を顰めた。少し前の彼ならば、想い人を侮辱するような真似は許せなかった。だがクロエは、モモの言うような魔女ではなかったのだ。気に入らなくとも、彼女は正真正銘の妹。どちらを信じるべきかは明白だった。
「お前と言う奴は本当に、気持ち悪いぐらいに全てを見通しているようだな」
「残念ながら、私にも見通せない事はあります。その筆頭がイエラオ殿下なんですけどね」
そうして一行は馬車をビャクヤに引かせ、シトゥム街を後にしたが、兄妹は宿を最後に一言も会話しなくなった。お互いに複雑な感情が入り乱れ、すぐには和解できないのだろう。
イーリス山までは一日かかる行程でも、ペガサスが引けばあっと言う間だ。馬車はほどなくして、上級者向けダンジョンの前に降り立った。そこには数名の神官と特殊部隊が待機していた。それに、傍らに飛竜シトリンを連れたイエラオも。
「イエラオ王太子殿下!」
「やあ、クロエ嬢。わざわざ戻ってきてもらって、悪いね。でも何をさせようとしているのか、もう分かっているんだろう?」
馬車から降りたクロエは、真っ先にイエラオの側まで歩み寄り、跪く。小憎らしいしたり顔の王子は、何を企んで彼女をここに呼び寄せたのか。
「理解はしていますが……納得はしていません。何故、『真の聖女』であるモモ様が……」
「そんなに変な事かな? 聖女となる者は魔女にもなり得る。君も知っているはずだよ。
……まあ、あの女の心なんて理解したくもないけど、強いて言うなら目的のために魔女が必要だったんだろうね。だけど本来そうなるはずの君が途中で投げ出してしまったから、自分でなるしかなかった」
クロエの目が大きく見開かれ、やがていつかの断罪のように項垂れる。
「私の、せいですか……」
「ここがゲームの中の世界であれば、そうなんだろうね。君の役割はヒロインを虐めて追放されたのを逆恨みし、さらなる強敵としてハッピーエンドのために華を添える事だった。反省して悔い改める姿を見せる事じゃない。そんなのは世界を破綻させる、創造主への反逆とでも言うべき大罪だ」
イエラオの責めるような物言いに、丸くなった背中がビクッと震える。一体どんな沙汰が下されるのか、怯えているのだろうか。一方、ゲームだの創造主だの言い出す主君に、ダークたち家臣は戸惑っている。
「つまりこの世界は、そうではないって事なんじゃない?」
「……え?」
急におどけた調子になる声に、クロエはハッとして顔を上げた。イエラオはどこか楽しげに、彼女を見下ろしている。
「だってあの断罪劇の時点で、兄上たちはモモ嬢に惚れていた。今の彼女にとって必要な関係は、せいぜい友人止まりであるにもかかわらずね。君の護衛にシンが付けられた事もそうだ。兄上のくだらない目論見のためとは言え、それが本来ならたった一人で放り出されるはずの君を、結果的に守る事に繋がった。
もちろん君自身が、クロエ=セレナイトの罪を背負いながらも運命に抗ったのが一番大きい。でも、君だけじゃないんだよ。生きとし生ける全ての者に心があり、未来を自分で選び取っているんだ。たとえその結末が、どこかのゲームと同じであっても……そうでなくてもね」
そう言ってイエラオは、思案顔のクロエに手を差し伸べ、立ち上がらせる。カチリと固い感触がして、彼女がゆっくりと手を広げると、そこにはクロエを破滅へと追いやった因縁の――レッドリオが持っているのと同じ、魔法のブローチがあった。
「カラフレア王国王太子イエラオ=キース=カラフレアの名において、クロエ=セレナイトに命じる。イーリス山ダンジョンに潜む魔女を封印せよ。ただし、その方法はそなたに任せる。ゲームの知識、前世の知識、そしてこの世界の知識を存分に活かして事に当たれ」
※ツギクルブックス様より書籍版が10月10日に発売となります。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





