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77:兄妹再会

 イーリス山の麓にある、ナンソニア地方最大の街シトゥム。クロエたちの乗った馬車はまだそこにあった。グレースの宿屋からここまで下りてくるのに丸一日。用事がある時はロックから魔道具(マジックアイテム)を借りて行き来していたのだが、それも返却してしまったので、とにかく移動には時間がかかる。


「少ししかいられなかったけど、この街ともお別れなのね……もう少し見て回りたかったわ」

「お嬢様、あまりきょろきょろされては人目を引きます。ここは治安もよくありませんから」


 クロエは現在、修道服姿に髪をウィンプルで覆っていた。本人は全然気にしていないが、やはり若い女性の短髪は目立つのだ。

 キサラに言われ、渋々買い足した物を馬車に積む作業に戻るクロエ。使用人からすれば、こんなにも素直に応じるようになったのが信じられない。やはりこの道中で成長し、変わったのだろうか。


「ここにいたか、クロエ」

「……ダークお兄様!?」


 そこへ、クロエたちに声をかけてくる者がいた。クロエの兄ダークである。彼女からすれば、王都にいるはずの彼がここにいるのもそうだが、彼が手綱を引いている白馬がペガサスである事にも驚いているようだった。


「ビャクヤを連れていると言う事は、シィラ様との婚約に何か動きがあったのですか?」


 クロエの言い方に引っ掛かりを覚える。「動きがあった」とはダークとシィラの結婚が決まり、正式に彼の馬になった……と言うニュアンスではない。ひょっとすると妹は、婚約を白紙に戻そうとした事を、イエラオかラキたちから聞いているのかもしれない。


「借り受けただけだ。ここに来たのは、イエラオ殿下から早急に確かめるよう命じられたからだ」

「と、とにかくここじゃ目立つので、宿に戻りましょう」


 ビャクヤの翼に毛布をかけて隠しながら、ラキはダークを人目につかない場所まで連れて行った。



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一行は二部屋借りた内の一室――シン、ラキ、サムの男三人が泊まる部屋に集まっていた。案内されるままソファに腰かけたダークだったが、一言も発しないので、仕方なくクロエが先を促す。


「それで、お兄様。イエラオ殿下は何を命じられたのですか」

「お前と……手遊び歌をやれと」

「はあ!? 何だそりゃ…」


 素っ頓狂な声を上げたのは、クロエではなくサムだった。ラキとキサラは焦って両側からサムの口を塞ぐ。ダイもそうだが、腕力自慢の体育会系は空気が読めない者が多いんだろうか。


「手遊び歌ってのは、あれだよ。二人組で『せっせっせーのよいよいよい』ってやるやつ」

「『薬草摘み』とか『ヒメモモバナの咲く森』がよく歌われてるよね? あたし、グレースの宿屋で『ナンソニア一万尺』教わったわ」

「いや、知ってるよ。俺が聞きたいのはそう言う事じゃ……」


 そんなお遊戯をするために、わざわざペガサスまで借りて飛んできたのか。そう言いたげな視線が刺さり、やりにくそうに咳払いするダークだったが、クロエにはその目的が分かっていたらしい。


「お兄様、リクエストされたのは『聖なる乙女の数え歌』ではないですか」

「察しが早いな……では、殿下の思惑もお見通しか」


 聖教会は、子供たちの間に意図的に手遊び歌を流行らせていた。この『聖なる乙女の数え歌』は、この国の子供であれば誰でも知っている。それこそ王侯貴族から富豪貧民に至るまで。それが歌えないと言う事は、即ち魔に魅入られた者であると。


「それなら、讃美歌でもいいんじゃない? お嬢様は『仮の聖女』だったんだから」

「いや、聖教会は内部から腐っていた。上っ面の讃美歌など、時と共に効果が薄れる事が分かっていたのだろう」


 キサラの疑問にシンが答える。グレース牧師が明かした聖教会の内部事情に、思うところがあったのだろう。それがなくとも、シンは自分を玩具にしてきた貴族たちが、したり顔で聖教会に寄付し感謝されるのを見てきている。あそこは、苦しんでいる者を救ってくれる場所ではない。


「分かりました、やりましょう。私が歌えばいいのですね?」


 テーブルをどかせ、自分たちのソファを向かい合わせに移動させながらクロエがたずねる。ダークが座るソファの裏に弓と矢が立てかけられたのを、彼女は見ないふりをした。


「そうだ。……お前とやるのは久しぶりだな。覚えているか?」

「『ヒメモモバナの咲く森』でしたわね。手の甲についた爪痕が消えなかったのも含めて、いい思い出です」


 マゼンタ伯爵夫人のお節介によって、手遊び歌をさせられた二人。もちろん、お互いが嫌いで仕方なかったので、手を合わせる度に爪を立てたり引っ掻いたりしたものだ。クロエにとってそれは、既に過去の事のようだが……

 妹には言いたい事、聞きたい事はたくさんあったが、まずはイエラオからの命令が最優先だと思い直し、ダークはクロエと向かい合った。


 使用人たちが見守る中、手拍子と共にクロエが歌い出す。


 ひとつ おひさま赤々と

 ふたつ 割ったオレンジのよう

 聖女様は花と笑う

 満ちあふれる 黄金の光


 よっつ 夜ふけの草原は

 いつつ いつか見た緑

 聖女様の瞳に星

 迎えにくるよ 青い海から


 泣かないで 紫の境界線

 闇の中で 魔女が笑っている


 パンパン、と軽快に手を叩いて、歌は終わった。ほう…と溜息が漏れる。モモの言葉を疑いたくはなかったが、信じたくもなかった。もし歌えなかったらと思うと……ぞっとしている自分に気付く。イエラオから、その時は妹を射よと命じられていたのだ。


「これで、魔女の疑いは晴れましたか? お兄様」


 そんな兄の葛藤も知らず……いや、何もかも分かっているかのように笑うクロエを、ダークはやはり好きになれそうもなかった。



※ツギクルブックス様より書籍版が10月10日に発売となります。

※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロエは現世の記憶ももっているようですね。 むしろ前世の記憶を思い出して精神的に落ち着いた事で大人になっただけで主人格は変わっていないのかな、と思いました。
[気になる点] 「みっつ」はどこに? 「満ちあふれる」が相当しているのでしょうか?
[一言] 「魔女の疑いは晴れましたか?」と聞かれたダークは、今まで妹を監視をしてきた側だったけど、とっくに見られている側になってるんだなあと思った。
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