76:婚約者の献身
時は、しばらく前に遡る。モモがレッドリオと聖鳥(?)に乗って行ってしまったのを確認すると、イエラオはダークに向き直った。
「ダーク、君は僕のように、婚約者から幻獣を贈られていたんじゃないのかい?」
「な、何故それを……? いえ、その……はい、ここホワイティ辺境伯領には瘴気の影響で、幻獣が生まれる確率が他よりも高いのです。シィラが私にと見せてくれたペガサスも、そうした幻獣の一匹でした。
ですが、それが私のものになるのは結婚した後と言う事になっているので、今はここを訪れた時にたまに乗せてもらう程度で……」
「じゃあ、前倒しで借りてきてよ。いずれは君のものになるんだし、今すぐ必要なんだ」
「はぁ!?」
抗議の声を上げかけたダークは、慌てて一旦自分の口を塞ぐ。
「それはさすがに、厚かまし過ぎるのでは? 私は子供じみた我儘と意地のために、一度はシィラに婚約解消を申し出た身なのですよ」
「ふーん……己を顧みれる余裕はできたみたいだね」
(そうしておきながら、ちゃっかりペガサスを借りて飛んでっちゃうのが、僕が聞いていたダークと言う男なんだけど)
皮肉げに目を細めるイエラオに、ダークはすっかり恐縮してしまっている。心構えは汲んでやりたいが、生憎時間がない。そこへ馬の嘶きが聞こえたので振り向くと、暗がりから真っ白な翼を生やした白馬の手綱を引く、一人の令嬢が立っていた。
横のペガサスに負けず劣らず、髪も瞳も肌も真っ白の美女だ。顔立ちは王妃によく似ており、イエラオたちの姉と言っても通用するだろう。実際は従姉なのだが。
「シィラ!」
「ダーク様、はしたないと思いながらも、お話を聞かせて頂きました。『ビャクヤ』はいつでもお貸しできます」
「し、しかし……」
いつもの、雪だるまのような体型からは想像もつかないほど別人になっているのに、ダークはそれほど衝撃を受けてはいない。彼が驚いているのは、シィラがダークを責める事なく、当然のように幻獣を渡そうとしている事だ。
しかし、そんな彼の心情を見抜いているのか、シィラは愉快そうに笑って小首を傾げた。
「誤解しないで頂きたいのですが、ビャクヤは必ず、妹君を助けるためにお乗り下さい」
「クロエを……?」
「話をするんでしたわよね?」
イエラオは二人の顔を見比べる。シィラの本当の姿は、一部の者しか知らなかった。兄レッドリオも、あの何でも知っている愛しの婚約者でさえ気付いていない。だからシィラがこんなにも母の若い頃そっくりなのは驚いたが、周りの目を欺いている事は薄々気付いていた。彼女を覆う魔力の流れが、不自然に歪んで見えていたからだ。
「シィラ……もう、やめたんだ?」
「ええ、バレちゃいましたから」
クスッと笑って流し目を寄越されたダークが、石化したように固まってしまった。のほほんとした印象だった従姉が、何だか空恐ろしい者のように思える。先が思いやられるが、それは事態が収束してから考えればいい事だ。
イエラオはダークにナンソニア地方に向かってもらい、クロエの馬車に追い付くよう命じた。
「シィラ、すまない……この借りは必ず」
「水臭いですわ。どうか、御武運を」
ダークが跨ったビャクヤの翼を撫でた後、数歩下がってじっと見上げてくるシィラに、彼はもう一度何か言いかけて口をぎゅっと噤むと、聖鳥が飛んで行った方角へと駆けて行った。
「もうちょっとさぁ、何かあったんじゃない? 全く、ダークなんかにシィラはもったいないよ」
「フフ…ッ、まあまあ。ダーク様にはこれから、二度とバカな真似をする気も起こさせないくらい、我々大人がしっかり導いてあげればよろしいのです。ええ、もったいないなんて言わせない、立派な御仁にね」
え? とイエラオがシィラを見遣るが、彼女はいつも通り、穏やかに微笑んでいた……そう、自分にも覚えがある、王族特有の本心を見せぬ笑顔で。
(ダーク……お前が大変なのは、これからだぞ)
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