74:幼馴染みとの問答
「なにを……いってるの? わたしは、モモにきまってるじゃない……」
ロックの問いかけに、信じられないと言う風に首を振るモモ。気持ちは分からないでもない。今のモモは血のように赤い眼を爛々と光らせ、漆黒の髪は生き物のようにそこら中で蠢いている。少し前までの煌めく瞳をした、ピンクのふわふわ髪の女の子とは別人なのだから。
だがロックが言いたいのは、そんな事ではなかった。
「確かに体自体はモモのものなんだろうな……じゃあ、これは覚えているか? 二人でおやつをつまみ食いしたのがバレて外出禁止になった時、お前は窓から木を伝って下りようとして、足を滑らせたよな? 俺が助けなきゃ大怪我するところだったんだぞ」
「そ……それがどうしたって言うのよ?」
「逆にお前に助けられた事もある。ヒメモモバナの実の食い過ぎで死にかけてた俺を、三日三晩看病してくれた。けどあの花には微量の毒素が含まれるからって、心配かけた事にお前はすっげー怒ってた。しばらく口聞いてくれなかったのには堪えたよ……謝ったらすぐ許してくれたけどな」
「え? ヒメモモバナって、お菓子の材料に使ったら好感度……げふんっ!」
「それでも俺の方が年上だし、いいお兄ちゃんしてたよな? モモがまだ五歳の頃はよく一緒のベッドで寝たし、夜中にトイレ行くのが怖いからって付き合ってやったし……そうそう、おねしょの犯人を代わってやった事も……」
延々と思い出話を続けようとするロックに、怒り狂った髪の一撃が襲いかかった。無論、それを難なく躱すロック。モモは死人のような顔色から一転して真っ赤になっていた。
「グリンダ伯爵の姿で、何て事言うのよ!? そんな昔の事は忘れたわ!!」
「ふーん……『忘れた』のか」
仮面の中で、エメラルドの瞳が細められた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、モモが竦み上がる。今まで幼馴染みからここまで冷たい目で見られた事はなかったのだろう。もごもごと言い訳を始める。
「そ、そりゃ……小さい頃の思い出だもの。覚えてなくて当然でしょ? それに、木から落ちた私を助けてくれた事はちゃんと覚えてるわ。王都から迎えが来る日に、思い出の木に名前を彫ってお別れをしたもの」
得意気に胸を逸らすモモに、ロックは眉根を寄せて首を傾げる。だが何かを確信しているようでもあった。
「そりゃ、別の木だよ。お前が飛び移って下りようとした木は、危ないからってすぐ切り倒されただろ」
「うそっ!! じゃあ『我が家の木たちとも今日でお別れ……窓から外に出ようとして、木から落ちた事も、今となってはいい思い出ね』ってセリフは、なんだったの!?」
「知るかよ、自分で言ったんだろ? とにかく、これではっきりした。モモが『モモじゃない何か』になったのは、つい最近じゃない。三年前の――聖女の力が覚醒したあの時だ」
※ツギクルブックス様より書籍版が10月10日に発売となります。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





