73:ヒーロー登場
魔獣やモモの攻撃からレッドリオを守ったのは、双剣を構える一人の男。虹色の髪がサラサラとたなびき、素顔は白い仮面に覆われていて分からない。
(いや……本当に誰だ?)
突如として現れた謎の剣士に呆気に取られていると、ダイが絡み付いてくる髪をぶっちぎりながら追い付いてきた。そこで魔女と対峙する男に気付く。
「来たのか、ロック」
「な、何の事かな? 私はそのような名前ではない。コランダム王国の騎士、グリンダ伯爵だ」
焦って誤魔化す仮面の男だが、ダイは空気の読めない男だった。
「なに変な口調で喋ってんだ? お前が素で勝てないような強敵が出た時には、その仮面着けて倒してただろうが。それに、ほら」
ダイの指し示す方には、髪の隙間を掻い潜りながら魔獣たちを薙ぎ倒す巨大な赤い犬――ガルムがいた。
「あれ、お前のペットのメランポスだろ」
「ああ、もう畜生!」
グリンダ伯爵……ことロックは髪をグシャグシャにした。それでもすぐに艶を取り戻し、サラサラになる髪。いつものボサボサ頭を知っていれば、かなり印象が変わっている。
「モモやレッドリオ王子がいるから、わざわざこの姿で来たって言うのに……意味ねー」
「貴様がロックか……何故正体を隠す?」
体を起こしながら、若干棘のある口調でロックに問い質す。本当は彼の事はよく知っているし、あの仮面の性能についてもクロエが鑑定したのを聞いていたのだが、敢えて知らないふりをした。
「何でって……モモはあんたと婚約してるのに、今更幼馴染みに出てこられても、いい気はしねぇだろ」
自意識過剰じゃないかと思ったが、モモはその姿のロックに惚れているらしいのだ。むしろ余計な気を回さずに、ただの幼馴染みとして再会していれば問題なかった気がする。
「まだ婚約者じゃない。おかげでこっちは弟に王太子の座を奪われるわ、本命は別にいたわ……挙句にモモは魔女になるし、散々だ」
「……なに?」
ロックが魔女を振り仰ぐ。髪の毛の海に立ち、ケタケタ笑っている化け物。まさかそれが、ずっと追い求めていた幼馴染みとは思いもよらなかったのだろう。
『ロック……』
「うっ」
頭に直接響いてくる不気味な声に、ロックが耳を塞ぐ。
「お前……モモなのか?」
『そうよ、貴方がずっと想い続けていた、愛しい愛しい幼馴染みよ。なのに貴方は私をいじめたクロエを許したばかりか、あっさり彼女に靡くなんて、ひどいじゃない。グリンダ伯爵家に養子入りしたなんて、どうして教えてくれなかったの?』
「靡くって、何の事だよ? あいつがお前に酷い事をしたのは知ってる。それでもこの王子たちによって断罪はされたんだし、クロエだってもう反省してるよ。だからこそ彼女の贖罪のために、修道院へ向かう手助けをしたんじゃないか」
反論しながらも襲い来る髪の攻撃を、驚異的な速度で避けながらズバズバと切っていくロック。それは瘴気によって魔獣が生み出されるスピードを越え、いつしか一匹残らず片付けられていた。もちろんレッドリオたちや騎士団、それにメランポスの攻撃のおかげでもあるが。
『甘いわ! クロエは私の敵なのに、甘過ぎるのよロックは! グリンダ伯爵なら愛する私のために、容赦なく魔女を切り裂いてくれるんだから。……そうよ、やっぱりロックな訳がない。悪役令嬢なんかに誑かされて、これだからモブはモテないのよ。グリンダ伯爵はレッドリオたちより、もっとずっとイケメンで、私に相応しいヒーローのはずなんだから!!』
モモがぶつぶつ言いながら髪を振り乱す度に、凶悪な魔獣がそこかしこで生まれてくる。レッドリオはちらりとロックを見遣った。勝手な言い分をぶつけられて、唖然として固まっている。モモの幼馴染みで、今のクロエに想われている事で良い印象はなかったが……モモの本性を知った今では、ほんの少し同情する。
やがてロックは、手放しかけていた双剣をぎゅっと握り直した。
「……だったら言わせてもらうけどな。お前こそ、本当にモモだって言えるのか?」
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