69:聖女の足取り
※「コモドドラゴン」は実在しますが、「コドモドラゴン」は架空の生物です。
なお、普通のドラゴンとも別種族でドラゴンキッズと言う訳でもありません。
真っ暗な洞窟の中を、カンテラで照らしながら進んでいく。照明魔法を使いたいところだが、魔力は後に続く者たちに残す刻印魔法や攻撃魔法のために、できるだけ節約しておきたい。
モモの魔力を辿るには、魔道具『コドモドラゴンの瞳』を使う。通常の魔石に比べて探知能力が段違いな分、国宝に指定されるほどの激レアアイテムだ。もっともこれを身に付けているせいで、レッドリオはシトリンに嫌われまくっているが、それはさておき。
神力が落ちていると言われているモモだが、その魔力は間違いなく上昇していた。もう神官よりも魔術師を名乗った方がいいレベルだ。だからと言って、力を取り戻したモモが使っているのは通常魔法とも違う。神聖魔法とは、神などの超常的存在からの祝福の総称だ。問題は、誰からの祝福なのかと言う事だが――
「それにしても……魔獣の気配がまるでないな」
モモを追って足を進める内に、レッドリオは土壁の洞窟からチェスボードを模した館へと迷い込んでいた。ドアを開けるとまた同じような部屋ばかりで、モモの魔力を捕えていなければ、間違いなくダンジョンから出られなくなっていただろう。ロックの言う「化け物の腹の中」は言い得て妙な表現だった。
ここに来るまでに一匹も魔獣と出くわさないのは、モモが浄化しているからなのか。しかし、中級者向けダンジョンですら四苦八苦していたモモが、たった一人で上級者向けダンジョンで立ち回れるようになった理由が分からない。『真の聖女』として覚醒した、とも理由付けはできるが、クロエを監視している最中の彼女の形相を思い出すと、とてもそうは思えないのだ。
あの姿、あの表情は、まるで――
『まるで、魔女だね』
「何を考えている! そんな訳ないだろう!?」
弟の言葉を必死に頭を振って否定する。己の孤独と重責を理解し、寄り添ってくれた少女が、邪悪な魔女の訳がない。レッドリオは自分にそう言い聞かせ、出会った頃のモモの姿を頭に浮かべる。
入学式の日、裸足になって木陰に寝そべる彼女を、講堂に向かう途中で見咎めて声をかけたのが始まりだった。
『ごめんなさい、道に迷っちゃって誰かが通りかかるのを待ってたんですけど……あんまりにも気持ち良くて、つい』
クロエは何てはしたないと眉をひそめていたが、レッドリオはその奔放さを羨ましくも感じていたのだ。それからも彼女は、レッドリオを見かける度に屈託なく声をかけてきた。最初はおざなりに返事をするだけだったレッドリオも、いつしかこちらから呼びかけるようになり、誰にも言えなかった胸の内を明かした時、自分はこの少女に心を許しているのだと気付いた。
『ずっと一人で、頑張ってきたんですね……それって当たり前の事なんかじゃないです。誰にも理解されないなんて、普通は寂しくて、辛くて、耐えられないですよ』
『本当は弟君とも仲良くしたいんですよね。だって頭も良くて優しくてお兄さん思いの弟だなんて、私だったら自慢しちゃいます』
『王子様って、みんなが思っているよりも、ずっと大変なんだなって。好きな人と恋もできないなんて……だけどベニー様、この学園にいる間はみんな対等だって言ってましたよね。私も今……そう思ってます』
(モモ……君は魔女なんかじゃない。洞窟を照らすこのカンテラのように、俺の心を照らしてくれた。君が、俺を救ってくれたんだ)
魔道具が示す魔力は、どんどん近付いてくる。モモがある場所で足を止めたのだ。同時に瘴気も進むにつれて濃くなっていき、レッドリオは立ち眩みを起こしそうになるのを何とか堪える。
最後のドアを開くと、そこは鍾乳洞のような開けた場所だった。あちらこちらに魔水晶があり、ここにロックたちも辿り着いたのかと見回していると、奥の方からモモの声が聞こえた。その方向へ走っていくと、数を増やした魔水晶に囲まれて、モモが何かに話しかけている。
「モモ!」
呼びかけても返事はない。ここでレッドリオは、モモの真正面にあるものに気付く。
それは中に女性が閉じ込められている、巨大なクリスタルだった。
※ツギクルブックス様より書籍版が10月10日に発売となります。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





