66:違和感
聖鳥は夜空を駆け抜ける流星のように、イーリス山を目指して翼を広げる。一週間かかる距離を短時間で飛ぶのだから、乗る者の負荷は並大抵ではない。レッドリオは振り落とされないよう、必死でしがみ付きながらも、何とかモモのそばにまで辿り着いた。風に靡くピンク色の髪は聖鳥の光を受け、キラキラ輝いていたが、いつものように見惚れている余裕などない。
「モ…モモ。平気、か?」
「ベニー様こそ。下を見ないでくださいね」
下、と言われて反射的に視線をモモから外した事を後悔した。世界が回っている。
「うぷ……っ」
「あーあ、だから言ったのに。もう少しかかりますから、それまで堪えてください。もし大惨事を起こしてイケメンが台無しになったら私、嫌いになっちゃいますよ?」
「う、う……」
吐き気を堪え、手を口に当てたくなったが、ここで離せば落ちる。レッドリオは聖鳥の背に顔を押し付け、必死に耐えた。
(なんだ……モモは、こんな事を言う娘だっただろうか? だが遠慮のない物言いは出会った当初からだった。そこに惹かれたのだ。その、はずだ……)
自分に言い聞かせるものの、既に綻びが生じているのは気付いていた。今のモモは無表情で、無関心で、無感情だった。あの温かくて優しくて、ほっとするような笑顔が似合う少女ではない。いつからだ? いつからモモは、変わった……?
「そうだ、向こうに着くまで気分転換に、さっきの続きでも聞きます?」
「……なに?」
水晶玉を見せて微笑んだのは、いつもの彼女だった。ついさっきまであれほど求めていたものが戻ったと言うのに、レッドリオは不安しか感じない。
「監視ですよ。と言ってももう、彼女は『クロエ』ではないんですけど。ほら、断罪の時にベニー様、魔法のブローチとこの水晶玉を使って、彼女が私をいじめた証拠をみんなに聞かせてくれたでしょう? 鏡はここにはないけど、音声だけなら聞けますよ」
ブローチを、と差し出される手に触れる事を、初めて躊躇った。頭の中で、ごうごうと何かが響き渡っている。これは風の音か、それとも何かの警告なのか。
「ベニー様」
モモがもう一度、呼びかける。まるで母親が粗相をした子供を嗜める時の、優しく包み込まれるような響き。途端にぴたりと騒音が止まった。ついさっきまでモモに疑いの目を向けていたレッドリオは、己を恥じた。
(何をバカな事を考えていたんだ、俺は……モモは『真の聖女』だ。何を置いても、彼女だけは信じると誓ったじゃないか)
先程から湧いてくる違和感を無理矢理封じ込め、彼は片手でブローチを外すとモモに預けたのだった。





