7:イーリス山
御者を殺され、馬車も山賊が馬を脅かした事でどこかへ行ってしまい、取り残された二人は途方に暮れていた。ブローチのおかげで今から救出に向かう事もできるが、それまで何日も山中で過ごすのは無理だろう。
『ここはナンソニア山脈の中でもかなり奥深いですからね……一番近い街へ下りるのも日を跨いでしまうかと』
『ねえ、山賊が出たって事はここ、イーリス山の辺りじゃないかしら』
食うや食わずで山下りを覚悟するシンを余所に、クロエは何故か山賊の有無で場所を特定していた。山賊だから山に潜んでいてもおかしくはないが、イーリス山が住処として有名かと言えばそうでもない。
『はあ…まあ、そうですね。もうイーリス山には入っているはずです』
『だったらダンジョンがあるはずだから、上を目指しましょう。街に行くよりそっちの方が早いわ』
『は!?』
山道を逸れ、ずんずんと登っていくクロエを、シンは慌てて追いかける。
『お待ち下さい! まさかダンジョンに行くつもりじゃないでしょうね。あそこは上級冒険者向けに指定された区域ですよ!』
『知っているわよ。わざわざそんな場所に殺されに行く訳ないでしょ。私たちが向かうのは、中腹にある宿屋よ』
カラフレア王国のダンジョンは冒険者のレベルに合わせ、三つに分類されている。まず王都近くにある初級冒険者向け。冒険者ギルドに登録したばかりの新人は、ここでのクエストでレベル上げをする。次に各貴族領に点在する中級冒険者向け。腕自慢や出稼ぎのためにそこそこレベルの高い冒険者が挑むダンジョンだが、たまに死者も出ると言う話だ。そしてイーリス山のような人里離れた、もっとも瘴気の濃い地域にあるダンジョンは、冒険者たちの中でも二つ名が付くほどの手練れが多額の報酬と引き換えに利用する。ここまで来るともう軍を出した方が良いと思うのだが、下手に藪を刺激すればそこら中から連鎖的に魔獣が溢れ出すと言うのが上級者向けダンジョンの特徴らしい。
ダンジョン攻略とは聖女が国全体の瘴気を抑え込み、魔獣が外に出ないよう入り口に結界を張った上で慎重に行わなくてはならないと言う、大変間怠っこしい事なのだ。
ちなみに我らが愛する聖女モモも在学中に冒険者登録し、今は中級者向けまでの攻略を達成している。ダンジョンの近くにはここと同じく、冒険者のための宿があるのは彼女も話していた。
『お嬢様は、何故ダンジョンの位置など把握されているのですか…』
『んー? これでも仮の聖女だったからね。自分が挑まなくても、浄化すべき場所くらいは覚えておくべきだと思って』
仮とは言え聖女とは、金やコネでどうとでもなるものではない。厳しい修行と勉強の末、ようやく聖教会に認められるのだ。悔しいが、第一王子の婚約者候補に選ばれるだけあり、その努力は本物なのだろう。何故それで、性格があんなにも歪んでいるのかが理解し難いが。
レッドリオの苦い思いを知らぬまま、二人の足は宿屋のある中腹まで辿り着いていた。