ダーク=セレナイト④~本当の父親~
その日、応接室に通された僕は、辺境伯とその娘シィラと数日ぶりに顔を合わせた。シィラは相変わらずふくよかで、それでも心持ちやつれて見える。自分の仕出かした事への罪悪感に駆られるが、シィラが気立ての良い娘だからこそ、愛のない結婚などしては気の毒だと思ったのだ。
「あの……」
「お主に話す前に、誰が聞いておるか分からんからな……シィラ」
「はい!」
父親に言われて、シィラが部屋に結界を張る。神聖魔法ではなく、魔石を使ったものだ。ここホワイティ辺境伯領は、カラフレア王国唯一の魔法特化区域。領民に魔術や魔道具作りのノウハウを学ばせる機関もあり、領主の娘ともなればこの程度は朝飯前の事だった。
「さて、またお主たちは愛だ何だとよく分からん理屈で暴走しておるようだが。聖女と言えども人間だ。間違った行動は止めてやるのが本当の愛ではないかね」
「ぼ…暴走などではありません! 魔女をこのまま放置しておけば、国家の危機にまで発展します。だからモモが封印を…」
「馬鹿者が! お主が魔女と呼ぶその娘が、たった一人の妹であると忘れたのか!」
「わ、私の妹はモモだけです。可愛くて愛しい……彼女さえいれば私は、何も要らない。誰も愛さない…」
はあ…と辺境伯は大きく溜息を吐く。シィラは僕の方を真っ直ぐ見て、ただじっと話を聞いている。彼女の真後ろにはレッドリオ殿下の部屋に取り付けたのと同じ鏡がかかっており、シィラの後ろ姿と僕の青褪めた顔が映っていた。しばらく眉間を揉んでいた辺境伯は、覚悟を決めたように口を開く。
「全く……顔も見た事がないと言うのに、一言一句同じとは。やはり血だな、お主は父親にそっくりだ」
「は??」
言っている意味が分からなかった。僕の父はブラキア=セレナイトだ。そして母は公爵家の元メイド。僕は二人の間に生まれた望まれない子供……じゃ、なかったのか?
「お主の本当の父親は、ブラキアの兄ヴォークだ。彼は婚約者がいながらメイドに手を出した。婚約者の実家に何度も通いつめて、謝罪と婚約解消の懇願をひたすら繰り返した。恥をかかされたその実家はセレナイト公爵家に抗議し、ヴォークを持ち帰ってもらおうとした。そこへたまたま領地に遊びに来ていたヒースが、自分が婚約者を引き受けるから二人を許してやってくれないか、と持ちかけてきた……もちろん婚約者には愛のある結婚を約束してな。
この件は王家とホワイティ辺境伯家、セレナイト公爵家で何度も話し合われた。王家にとって辺境伯家との婚姻は通常魔法の発展が望める一方で、聖教会に睨まれると言うデメリットもある。だが外国勢力が強まっている今、自国の魔法概念を変革する必要もあった。
そこでヒースは元々の婚約を白紙に戻し、新たに結び直すための条件を出した。ヴォークが当主になった暁には、生まれてくる子が男であれば辺境伯の娘と、女であれば自分の息子と結婚させる事。それで君の暴走は大目に見ようと。
大喜びしたヴォークは舞い上がり、すぐにでもクララと式を挙げようと――その日は土砂降りの上に日も暮れて視界が悪く、道がぬかるんでいると止めたのだが……それを振り切って馬車を走らせ、事故に遭った。暴れるだけ暴れて、彼は恋人とその胎に宿った息子を遺し、逝ってしまったのだ。その後、ブラキアが次期当主となったが、公爵領と国の未来のためには結果的にはよかったのかもしれん」
辺境伯はそこまで話すと、テーブルの上に古い写真を置いた。若い頃の父と辺境伯と、僕そっくりの男……それに、陛下!?
「あの……話し合いが王家と辺境伯家って。先ほどから度々出てくるヒースと言う御方……それに、ヴォークの婚約者は!」
「ああ、我々は同年代の学友だったから、公ではない場所ではつい、な。お主の想像通り、国王フレオン=ヒース=カラフレア陛下。そして我が妹にして王妃である、ネージュ=ホワイティ=カラフレアだ」
ええええええ!!
父上が実は叔父で、実の父はホワイティ辺境伯家との婚約を蹴ってメイドに手を出した!? 僕とシィラの婚約は、その尻拭いのためだったのか……いや、下手したらレッドリオ殿下とクロエの方も……
衝撃の事実が次から次へと明かされて、頭の処理が追い付かない。あれだけ必死になって勉強した事が、まるで役に立たなかった。分かったのは、実父がとんでもなくバカだと言う事。そしてそのバカをなぞるように、僕は同じ事をしてしまったのだ。何て事だ……
「だったら何故、父は母を愛人として引き取ったんでしょう。そのせいでどれだけ我々が肩身の狭い思いをしたか」
「それについてはやり方がまずかったと思うがね。ブラキアの奴は頭が堅いから、こだわり過ぎるんだ。跡を継ぐのは長男のヴォークの血を引くお主であるべきだ、とな。あいつは奥方のヨナ殿と相談し、ダークを自分の子として迎えた。将来、お主に公爵家を継がせるために。
クララをブラキアの愛人、そしてゆくゆくは後妻とする事を提案したのはヨナ殿だ。彼女は元々体が弱く、先も短いのが分かっていた。クララの境遇にも同情していたし、母子を引き離すよりはと言う配慮もあった。そのために自分の死後クララの後見を頼むと、実家に頭を下げてまで……
もちろん複雑な思いも抱えていたとは思うね。自分が男子を産めなかった事や、妹…ヴォークの婚約者だった王妃の事を思えば。それがクロエに悪い風に伝わってしまったんだろうな」
実の親子では、なかった。その事実は、愛人の子である事以上にショックだった。父が僕らを愛ではなく義理から引き取ったなんて……王妃が明かす時期ではないとしたのも分かる。学園を卒業して一人前になったつもりの今でも、いっぱいいっぱいなのだ。子供にはこんな話、とても受け止められない。
だが父は、僕を本当の息子として育ててくれた。実の娘を差し置いてでも、跡を継ぐのはお前だと言ってくれた。その恩と……責任は、忘れてはいけなかった。
「納得したかね」
「はい……いえ、だからこそシィラ嬢には、罪深い存在の私ではなく、もっとまともな生まれの」
辺境伯の言葉に頷きかけて、慌てて首を振る。いくら父親たちの間で約束が取り交わされたと言っても、バカ男の暴走の尻拭いのために、一人の令嬢を犠牲にしていいはずがない。そう言うと辺境伯は「やれやれ」と娘の肩に手を置いた。
「これ以上は、私にはどうにもならん。気の済むまで付き合ってやれ」
「分かりましたわ」
そうして部屋には、僕とシィラが二人きりで残された。





