54:本物との対面
馬車で行けば何日もかかる距離を、ドラゴンはあっと言う間に飛び越えて、クロエたちを王都まで運んだ。そこで待っていた者を見て、彼女は驚いて目を丸くする。
『貴女は……』
『私の顔を覚えてらしたのですね。クロエ=セレナイト公爵令嬢』
『え、ええ……たまにモモ様と一緒にいるところを見かけましたので』
『光栄です』
ニコリと微笑んでクロエの前に立ったのは、チャコ=ブラウンだった。クロエがその名を騙った張本人と引き合わされたので、気まずい事この上ないだろう。しかしチャコはその事には触れず、クロエの手を取って聖教会へと誘う。
『そう固くならないで下さい。話は伺ってますので』
『え、えっと……どこへ』
戸惑うクロエに答える者はおらず、ずんずんと奥へ連れて行かれる。途中ですれ違う神官たちはぎょっとした顔をしていたが、チャコもイエラオも気にしていない。やがて控室に四人が入ったところで、ドアがガチャリと閉じられた。そこには聖誕祭で聖女が着るための衣装が用意されていた。
『クロエ様。これから貴女にはこの…』
『ごめんなさい!!』
初めて振り返り、口を開きかけたチャコの言葉を、クロエは大声で遮る。突然頭を下げた彼女を、部屋にいる者たちはきょとんとして見つめた。
『頭を上げて下さい。貴女に謝られる事は、何もありませんよ』
『いいえ、わたくしはつい先日まで、モモ様に酷い事をしてきました。それは決して許される事ではありません。偽聖女と蔑まれても、仕方のない事です』
『どうやら心底悔いているようですが…貴女が私に謝るのは、モモが国を救う真の聖女だからですか?』
どこか他人事のように訊ねるチャコに、顔を上げたクロエが首を振る。
『貴女がモモ様の、親友だからです』
『ッハ!』
何故かおかしそうにチャコが息を吐き出すと、無造作に床に置かれた鞄から紙束を取り出し戻ってきた。そしてそれを突き出されたので、おずおずと受け取ったクロエは紙束を読みながら捲っていく。見る間に、その顔に驚愕が浮かんだ。シンが覗き込んだところ、どうやら学園新聞部が発行した、クロエの足跡と聖女のその後を追った記事のようだった。イエラオが面白いものを見る目で彼女に語りかける。
『義姉上…いや、クロエ嬢。貴女が監視されていたのは、もう知っていますね』
『え、ハイ……最初はてっきりお父様の差し金かとも思っていたのですけれど、ダイ様が来られた辺りからもしやと…あの方が追放したわたくしの事など、気にかけるはずもありませんけども』
「当然だ、誰が貴様の事など」
実に可愛くない返しについ憎まれ口を叩いてしまったが、モモもダークも何の反応も返してくれなかった。唯一、この場にいる弟だけがブッと大袈裟に噴き出していたが、そちらには睨んでおく。
スクリーンの中のイエラオはと言えば、クロエの言葉を否定する事なく頷いていた。
『まあ、あの人の意向だけでどうにかできる問題でもないよ。何せ貴女は仮の聖女であり、王子妃候補だったんだから。それが聖教会からの圧力で降ろされたともなれば、そう簡単には挽回できない……分かるよね?』
『仰る通りでございます』
『だから今からクロエ嬢には、贖罪の一環として降臨祭で舞台に立ってもらう。チャコ=ブラウンとしてね』
『え…「ええ――!?」
クロエとモモの、叫びが重なった。