5:疑惑のブローチ
ヒヤリとした。指を突き付けられ、鏡を通して逆にこちらを見透かされているような感覚に陥る。魔法のブローチは宮廷魔術師に秘密裡に開発してもらった物だが、断罪劇においては媒介として使った水晶玉をカモフラージュにしていたので、クロエは知らないはずだ。
『そのブローチ、モモさん……モモ様が着けてらした物よね? てっきりそう言う事だと思ったのだけど、違ったかしら?』
『何を勘違いされたのかは知りませんが、こんなの城下町の露店で買えるような安物ですよ。恐らく彼女も同じ物を買ったと言うだけでしょう』
どうやら学校でモモが着けていたのを目敏く覚えていたらしい。当然レッドリオが贈ったのだが、ここに来て疑いを持たれるとは迂闊だった。
『露店の安物ね……貴方、そんな趣味してたかしら』
『何なら、差し上げましょうか? お嬢様には少々地味なデザインになりますが』
ブローチはクロエを監視するための物なので、彼女が持っていてもそれなりに役に立つだろうが、仕掛けに気付かれて弄られるのも厄介だ。だが彼女はじっとブローチを見つめると、ふいと顔を逸らした。
『別にいいわ。モモ様が誰にプレゼントしていようと、もう私には関係ないのだし。でもシンがあの子を好きなら、長々と私に付き合わずにすぐに王都に帰った方がいいわ』
『だから、帰りませんって。お嬢様はそんなに私を追い返したいのですか…』
続けようとしたシンの台詞が途切れる。クロエが即座に荷物を入れた革袋を引き寄せ立ち上がった。
『少なくとも今は……そばにいて欲しいわね』
『御意』
映像から、緊迫感が伝わってくる。
「何が起こっているんだ!?」
ダイがスクリーンの中でクロエを庇いながら剣を抜くシンに叫ぶ。
「どうやら、山賊のようですね」
「山賊だと!?」
「ナンソニア山脈はダンジョンがありますので魔物も多く、国を追われた罪人が徒党を組んで山に潜み、賊となっている事が多いのです」
確かにあの辺りの地方は治安も悪く、兵団の派遣要請も度々出ていた。その多くは魔獣狩りに費やされていたのだが、その影で山賊も深刻化していたのだ。
スクリーンから悲鳴が上がった。二人が馬車に戻ろうとしたところ、御者を殺されたのだ。賊は数人いて、シン一人では荷が重い。と言うかこの場合、シンはクロエを守るべきなのだろうか。もしこのまま見殺しにするか、あるいは連れ去られ蹂躙されたとしても、レッドリオたちはシンを責める気にはなれない。
クロエの味方は、誰一人いない状況であった。