表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/475

セイ=ブルーノ①~許されぬ恋~

 左宰相アラン=ブルーノ公爵の次男、セイ――それが私の名前。自分で言うのも何だが家柄、学力、ルックスに恵まれ、おまけに長男と違って跡を継ぐ必要もない。望んだものは大抵手に入り、それでいて何も背負わずにいられる気楽な立場。私は誰よりも幸せな男、のはずだった。


 こんな私を令嬢方は当然放っておくはずもなく、幼い頃から遠巻きに熱い視線を感じる日々だったが、何もかも恵まれている人間なんて存在しない。天は帳尻を合わせるが如く、恋愛面での試練を科した。


 私が初めて愛した女は、兄の婚約者だったのだ。


 右宰相ブラキア=セレナイト公爵の歳の離れた妹、マスミ=セレナイト。先代公爵の晩年に生まれ、愛されて育ったせいか、のんびりした気質で柔らかい笑みが何とも癒される令嬢だった。幼い私はこの年上の女性にすっかり心を奪われ、同時に失恋も味わっていた。

 兄ソーマは私よりも十歳上だったが、真面目なだけが取り柄の冴えない男だった。才能も容姿も、私には圧倒的に劣る。兄の私物だって、私が強請れば苦笑いしながらも譲ってくれたものだ。

 だが子供の私でも分かってしまう。婚約者だけは、この美しい女だけはどれだけ強請ろうと譲ってはくれない。当たり前だ、マスミ様は心を持った人間なのだ。弟が望んだからと言って易々と下げ渡すようでは私は兄上を見損なうだろう。


 それでも……どうしてマスミ様は私を男だと認めてくれないのか、そこは何とも納得し難かった。恋愛対象はまだしも、異性として意識ぐらいしてくれてもいいだろう。部屋に平気で二人きりになったり、寝る時に傍らで本の読み聞かせをしようかと聞いてきた時には、耳を疑った。完全に血の繋がった弟のそれだ。末っ子の彼女は、兄と結婚する事で義弟ができる事にはしゃいでいた。


 冗談じゃない、私の男としてのプライドはズタズタだ。二人の結婚を機に、私は実家から距離を取った。兄に笑いかけるマスミ様も、それに鼻の下を伸ばす兄も見たくはなかった。何もかも劣っているはずの兄の幸せを見せ付けられる、惨めな自分も。

 ただ、思うだけなら自由でいたかった。口には出さないから、好きでいる事は許して欲しい。私は一生、マスミ様以外を愛さない。


 だが左宰相の息子には、たとえ次男であっても一人でいる事は許されなかった。私にも婚約者が決められたのだ。相手は先祖代々の貿易商人である大富豪貴族、ミズーリ=ウォーター伯爵令嬢。輝くような空色の髪と瞳を持つ美少女だったが、心にマスミ様のいる私には響かなかった。性格も大人しく、聞き分けが良くて従順。人形のようでつまらない。いや…政略結婚の駒である私には、実に似合いの相手なのだろう。私自身が操り人形だと言われているようで気分が悪かった。


「これは親同士が決めた結婚だ。私は君を絶対に愛さない」

「左様でございますか」

「私には好きな女がいるんだ。一生振り向く事はないだろうが……それでも」

「かしこまりました」


 他に愛する女がいると聞いても、ぴくりとも表情を動かさない。将来仮面夫婦になる事が目に見えて憂鬱だった。

 年頃になると私は荒れて、片っ端から近寄って来る女の相手をした。部屋に連れ込む日もあれば、彼女等の家に泊まり歩く時もある。父はもちろん、兄やマスミ様からも嫌な顔をされたし、何度も苦言を呈されたが、ミズーリだけは何も言わずに全てを受け入れていた。



 私は次男だ。国の事もブルーノ公爵家の事も、兄上が考えればいい。愛する女は兄上の物で、与えられた女は人形も同然で。その他の女は皆、甘い声をかければ簡単に靡く。つまらない…つまらない…


 学園に入学してからも空虚な毎日を送る中、いつもの調子で通りすがりの女生徒をからかった。すると、こちらを一瞥しただけで無視された。こんな事は初めてだったから肩透かしを食らったが、自分に呼びかけたと気付かなかったのだろうと、それから事あるごとに口説いた。さすがにしつこくし過ぎたか、ついにビンタを喰らってしまった。


「誰にでもそんなんじゃ、本当に好きな人には振り向いてもらえませんよ!」


 私が打たれた事に周りの女子たちは激昂したが、彼女の言葉は頬の痛み以上に強く心に刺さった。家族からどんなに窘められても届かなかった言葉が、ビンタ一発で。とても痛かった…と同時に、彼女に興味が湧いた。


 それが、モモ=パレットだった。


 彼女に惹かれているのは、レッドリオ殿下も同様だった。私の乳兄弟で、婚約者はマスミ様の姪にあたる、クロエ=セレナイト。殿下はクロエ嬢の我儘ぶりに辟易し、モモ嬢の庶民臭い振る舞いに新鮮さを感じているようだった。

 私はクロエ嬢が嫌いだ。見た目こそマスミ様と血の繋がりを感じさせるが、中身は正反対。むしろ似ている事が余計に彼女を穢されているようで不快だった。殿下はクロエ嬢が仮の聖女に選ばれた事が不可解だと仰っていたが、全く同感だ。聖女と言うのはマスミ様のような御方でなければならない。そんな彼女も、もうすぐ一児の母になるのだが……思い出して気が沈んできた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

バナーイラスト
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです( ・`ω・´)壮絶なざまあが楽しみです( ・`ω・´)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ