4:王都追放
こうして、通常ならばあり得ないスピードで婚約破棄と修道院送りが決定した。当然国王は渋ったが、国内での聖教会の力は大きく、偽聖女の烙印を押された娘を王太子妃候補にはできない。またモモの出自についても、セレナイト公爵の養女として迎え入れるよう提案している。これに関しては自分と兄妹になってしまうので、ダークはいい顔をしなかったが、レッドリオと争ってでも彼女を勝ち取る気はなかったようだ。
クロエは質素(と言っても庶民からすれば充分上等)なドレスを着せられ、最低限の荷物だけ持たされるとナンソニア地方に向けて送り出された。馬車で何日もかかるため、夜に宿が取れなければ野宿をせざるを得ない。
シンは、クロエが何の不満も口にせず粛々と従うのに驚いていた。
『お嬢様、不便はございませんか』
『不便と言えば不便だけど、ナンソニア修道院は過酷だと聞くから、こう言う事にも慣れなくちゃね』
『……正直、意外でした。お嬢様はこのような扱いには耐えられないものかと』
『そうね、今までの私なら世を呪って死ぬか、あるいは世界の崩壊を望んでいたかも』
他人事のように笑っているが、物騒な事を口にしているのには違いない。もしも本気であれば、シンに命じて即座に斬り捨てさせるところだ。
『では、何故……』
『ねえ、私たちが初めて出会った日の事、覚えてる?』
シンの問い掛けを遮り、クロエが話題を変えさせる。
シン=パープルトン。幼い頃、クロエが貧民街で拾い、専属執事として育て上げたお気に入りの男。顔の良さと常にそばに侍らせているのを揶揄したところ、「これは私の忠実なるペットでございます」と言い切った。その時の彼女の笑顔は、婚約者のレッドリオも執事のシンも自分のものであると言う優越感で醜悪に歪んでいた。
『忘れた事など、ございません。貴女に受けた恩も、何もかも…』
恨みも同じ分だけ抱いた事、忠誠心との板挟みで苦しんだ事は敢えて伏せている。そんな彼の心中を知ってか知らずか、クロエはクスリと笑うと、歌うように言葉を紡ぐ。
『散々酷い事を言ってきておいて何だけど、貴方には感謝しているの。お父様は忙しい方だし、お兄様とは折り合いが悪くて…孤独な私に、ずっと付き添ってくれた。今までこんな私に尽くしてくれて、本当にありがとう』
『お嬢様? 野宿での粗食は、お口に合いませんでしたか』
『別に悪い物を食べた訳じゃないわよ。修道院は男子禁制だもの。公爵家も追い出された事だし、こんな時くらいでないと言っておけないと思っただけ』
突然殊勝な事を言い出すクロエに、シンだけでなく監視していたレッドリオたちも面食らった。ただ一人ダークだけは「今更、自業自得だ」と蔑んでいたのは、兄妹の仲の悪さについてだろう。ダークは身分の低い使用人との間に生まれた子であり、クロエの母が亡くなった時に正式に引き取られたせいもあり、その事でお互い憎み合っていたのだ。
『ナンソニア修道院がいくら厳しい場所だからと言って、近くには町もありますし、お嬢様が望めば私はいつでも会いに行きますよ』
『それだと贖罪にならないでしょう。それにシン、私が気付いていないとでも? そのブローチ……』
クロエの視線がまっすぐこちらを向き、指を差される。