305:聖女たちの希望
「お嬢様!? どうされたんですか、その顔は」
朝食時、さっそくシンに見咎められる。洗顔の後にお化粧しておいたとは言え、長い付き合いの彼を誤魔化す事などできない。
「いや、モモが起こしてくれる時にこう、気合いをね……」
「ビンタでですか?」
「あまり騒がないでね。私も以前やった事なんだから、おあいこよ」
悪役令嬢にありがちな『この泥棒猫!』イベントである。実際はレッドリオ殿下に止められたんだけど。キサラが回復魔法で跡を消してくれた事で、遅れて朝食の席に着いた殿下にはギリギリ見られずに済んだ。
「……何かあったのか?」
「おはようございます、レッドリオ殿下。何でもありませんわ」
ニッコリと愛想よく返せば、訝しげな表情を向けられる。その後もチラチラとこちらを窺うような視線を感じたのは気になるけれど、こちらから訊ねる事はしなかった。
そうして昼過ぎには予告した通り、イエラオ殿下はペガサス二頭に引かせた大型の馬車でイーリス山に降り立った。馬車は一台だけではなく、その後ろにも何台か来ている。
宿に顔を出したイエラオ殿下に、レッドリオ殿下は声をかけた。
「今度は誰を連れてきているんだ?」
「右宰相が見送りに来てるけど、兄上たちは一緒に王都に帰ってもらうよ。何せクロエ嬢たちは今日ナンソニア修道院に向けて出発するんだから」
レッドリオ殿下が驚いてこちらを見てきたので、頷いて経緯を説明する。
「モモもだいぶ回復しましたしね……だけど驚きました。彼女も一緒に修道院行きを希望するなんて」
さっき荷物を整理していた時に初めて聞かされた事実。私がイエラオ殿下から事の経緯について説明していたのと同時期に、側近サンドによって密かにモモに伝えられていた。これからどうしたいのかという、イエラオ殿下の伝言を。
彼女なりに悩み考えた末に、つい先ほど答えが出たのだそうだ。
皆に迷惑をかけた償いがしたいと。
「オラは覚えてなくても、この体がやった事には違ぇねえかんな。大丈夫だ、いっぺぇ修行して二度と乗っ取れねぇくらい強くなっからよ。見ててくれよな!」
どうでもいいけど、ロックはこの事を知らないのよね? まあ自分でまた会えるって言ってたし、行方知れずになる訳じゃないからいいか。
昨日まとめた大量の要望をイエラオ殿下に渡しながら、苦笑いしてみせる。
「わたくしも知り合いと一緒なら心強いですけど……いいんですか? 聖女認定された二人が修道院行きなんて」
「聖教会の信用もがた落ちだよねー。だからこそ、メスを入れるなら今しかない。帰ってくるまでに、貴女の希望を叶えられるよう急ピッチで整えておくよ。
……それより、兄上とはちゃんと話したの?」
最後、何故か小声で耳打ちされる。ちゃんととは、何だろう? いや、王都にいた頃もまともに話し合えていたとは言えないんだけど、ここで少しは打ち解けたと信じたい。
「分かり合えるには、まだまだ時間が必要なのだと思います。殿下に見直していただける自分になるためにも、わたくしは行きます」
強がりでも、自分に言い聞かせるように。私の決意を聞いたイエラオ殿下は、兄君の方をチラッと見てから溜息を吐いた。
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