289:思いの外、動揺
「んじゃ、俺はどくからここ使えよ」
数歩下がって洗面台を空けるロックをまだ直視できないまま、顔を洗う。いきなり緊張するなんて、不自然よね。何でもない風に振る舞わなきゃ。
「そうだ、昨日モモと話してたんだけど……」
タオルで顔を拭くふりをして半分隠しながら、私は王都からモモの荷物を届けてもらう事を提案する。ロックは頷きながらシャツを羽織っているが、いちいち目について仕方がない。なんで着る動作に見惚れているんだか。
「分かった、それじゃ二、三日後くらいにシトゥム街の役所へ受け取りに行けばいいんだな?」
「さっそくこき使っちゃってごめんね? 差出人はチャコ=ブラウンを指定しておくわ」
「チャコって、本物の?」
「……ええ、まあ」
そう言えばロックは彼女に会った事ないんだっけ。自分のせいとは言え、ややこしい事になってしまってるわね。
「しっかし一晩過ごしてから、お前ら仲良くなったみてぇだな?」
「うふふ、思い出話たくさん聞いたわよ。ロックが話してくれなかった事もね……一緒にお風呂まで入ってたなんて、殿下たちには絶対バラせないわよねー」
「うげっ、そんな事まで言ったのか……ガキの頃だって知ってんだろ?」
嫌そうに顔を顰めるが、直後に気まずげに溜息を吐くロック。
どうなんだろ……十歳だとちょうど私が殿下と婚約した時期。幼いながらに、美しいレッドリオ殿下に私は夢中で、これが初恋なんだと今でも言い切れる……でも。
(あり得ない話だけど、ロックとモモみたいに一緒にお風呂できるかと言われると……いや、王族ともなると結婚した後も一緒はそうそうないわ)
「どうした、ボーッとして?」
「うん……私も誘われたら入れたのかなって」
「はっ!?」
上の空で生返事をしていたら、素っ頓狂な声を上げられて我に返る。ロックがあんぐり口を開けて驚いていた。そこで無意識に変な事を言ってしまったのに気付いて赤くなる。
「ちっ、違うの! これは……何でもない、忘れて」
「そうする……やっぱりお前、部屋で男と二人っきりになるのはよくねぇぞ。王子が心配するはずだよ」
何故そこで殿下?
不可解な呟きに首を傾げながらも、ロックの前で恥をかいてしまった事に項垂れる。私も誘われたらって何! 一緒に入りたいみたいに聞こえるじゃない! そりゃあ一度は見られてはいるけど、一緒っていうのは……モモと入るとお尻叩かれるみたいだしね。
(あ、でも最終決戦で私、思いっきりモモのお尻叩きまくってたわ。お返しとして甘んじて受ける? いやいや何その気になってるの)
ロックの半裸を見てから思いの外、私は動揺していたみたいだ。怪訝な顔をする彼に誤魔化し笑いをすると、そそくさと浴室を後にする。
「おーっす、早ぇなクロエ! オラ腹減っちまってよ」
「モモ!? 階段の手摺りで遊ばない! 朝食の前に着替えてきなさい!」
ネグリジェのまま二階からツルツル滑ってきたモモに、先ほどの事もあり私は癖のように怒鳴ってしまった。
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