275:クロエの幸せの裏側
俯くと視界に、ぽたぽたと水滴が落ちる膝が見える。
こんな弱くて汚い私を、見せたくはなかった。断罪前の悪行を直接目にする事はなく、真っ新な関係でいられた彼には。だけどもう逃げられない……全部、吐き出してしまった。
「クロエ、お前はもう充分に苦しんだ。これ以上、自分を痛めつける必要なんてない」
「ロックは優しいから、そう言うと思った……だけど芹菜なら、大切な人が傷付けられて黙ってるほど、お人好しじゃないわよ」
前世での歯痒い思いが蘇る。最後まで心残りだった、過去の過ち。今度こそ悔いのない人生をと託されたのに、私はそれを裏切った。芹菜は死の直前、薄々感じ取っていたのかもしれない……同じ魂だからこそ、悪役令嬢の所業に嫌悪感を抱いていたのだ。
「俺だってそうだ。目の前でそいつが傷付いて泣いていたら、放っておけねぇよ」
「え? だって……貴方の大切な人は、モモで」
鼻を啜り上げながら顔を上げると、ロックはそっぽを向きながら頬を掻いていた。
「あいつが大切なのは当然だろ。けど俺が幸せになって欲しいのは、モモだけじゃない……お前だってもう、許されてもいいはずだ」
ずるい……モモが大切と言いながら、私にも幸せになれだなんて。
ロックがモモを踏まないようにベッドに乗り上げ、私に手を伸ばす。涙を拭ったその手が、短い髪にも触れる。やや乱暴な手つきだったし、服に着けて至近距離から録音してるブローチからはガサガサ音が聞こえてそう……悪い事をしているようでドキドキした。
「なぁクロエ、間違えない人間なんていない。一度や二度の過ちで人生終わりなんて決め付けんな。俺の知ってるお前はいい奴だよ……一人で勝手にうじうじ悩んで、幸せを諦めたりすんなよ」
うじうじしてて悪かったわね。そんな私でも、ロックはいい奴って言ってくれるんだ。お人好し過ぎない……?
「グス…ッ、私の幸せって何?」
「そりゃあ……自分で考えろ」
質問をあっさり投げ出すと、さっさとベッドから身を引いてしまうロック。自分から振っておいて、それはないんじゃない? だけど簡単に答えをくれないロックが何だかおかしくて、泣いていたのも忘れて噴き出してしまう。そりゃ人によって幸せも違うしね。私の、クロエ=セレナイトの幸せか……
「……けどまぁ、そのための道筋が見つかった時は、手助けしてやるよ。これ以上お前を悪役だ何だと抜かす奴がいたら、誰であろうと俺が容赦しねぇ」
「フフ……ありがとう。ロックって本当に、『いい人』よね……悪役令嬢の私なんかでも、幸せになって、いいのかな……」
握りしめた拳を突き出して宣言するロックに、口元だけで笑ってみせる。本当はロックに対して、単に『いい人』だけでは片付けられない。すごく優しくて……その分、残酷だ。だけどそんな彼が好きな私にとっての幸せを、ロックは果たして許してくれるだろうか?
許可を取るのは本人だけじゃない、家族にも国にも、世界にも……そして私自身の中にある、芹菜にもだ。
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※「がうがうモンスター」「マンガがうがう」にてコミカライズが連載中。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





