274:溢れ出す本心
ロックの指摘に、私は言葉が出なくなる。
なにを、言っているの……?
心が激しく掻き乱される私に構わず、ロックは続ける。
「お前って何かっつーと『私なんか』が口癖だし、あのモモがゲームだなんだと言い出した時には、この世界は現実だと反論しながらも、自分が悪役令嬢ってとこには同意してるように見えた。
本当は誰よりも……お前自身が、クロエ=セレナイトを嫌いなんだ」
その言葉は、ナイフのように私の心を抉った。ロックは前世の記憶を持たない、攻略対象の一人だ。当たり前のようにモモが一番大切で……私は本来敵のはずで……
そんな彼が、私の内面に隠された本心を暴き出した。思えばいつもそうだった。彼にとって、こちらが必死に隠そうとする秘密を見つけ出すなど、上級者向けダンジョンの攻略よりも容易いのだ。
目の奥が、胸の奥が熱くなる。誤魔化すためにフッと息を吐き出すと、私は気の抜けるような笑い声を上げた。
「やだなぁ、どうしてロックは何もかもお見通しなんだろ。チャコの正体もいつの間にか知られてたし、やっぱり悪事はバレてしまうものなのね」
敢えておどけた口調で嘆いてみせる。さながら、舞台上で悪役を演じるかのように。
笑って、一緒に笑ってよ。
そう願うのに、ロックは何の反応も返してくれない。わたしになり切れないと思い知ったあの夜のように、ただじっとそこに居て、私の答えを待っている。
もうダメだ、誤魔化せない。
私は小さく咳払いをした後、深呼吸をすると一気に捲し立てた。
「ええ嫌いよ、大っ嫌い。こんな女、破滅して当然でしょ?
モモにしつこく絡んできて、洒落にならない嫌がらせをしてくるクロエが嫌い!
長年お兄様を苦しめてきたクロエが嫌い!
セイ様の道ならぬ恋を嘲笑うクロエが嫌い!
殿下に捨てられたのを逆恨みして、国ごと滅ぼそうとするクロエが嫌い!
シンを玩具のように扱ってきたクロエが嫌い、嫌い、大っ嫌い!!
だからゲームで、ラスボスとして倒してやれた時はスッキリした……ざまぁって思ったわ。
ねぇ、わたし頑張ったでしょう? こんなクズ女に転生したくもないのにさせられて、このままじゃ魔女コース一直線だったから、仕方なく代わってあげたのよ。モモを虐めた陰険で傲慢なクロエ=セレナイトはもういない! 今の私は別人なんだから!」
ああ、なんて醜い……私は聖女なんかじゃない。悪役令嬢という舞台装置を問答無用で破滅させて、この世界をゲームのように扱った。魔女化したモモと何の変わりもないの。
「……なんて思い込まなきゃ、どうにかなってしまいそうだった。わたくしが皆を傷付けてきた過去も、私がクロエであると言う事実からも、どうあっても逃れられないのにね」
クロエとしての責任から逃れるために、芹菜のふりをした。何も知りませんって顔で、わたくし自身を罵っていた。自分は悪くないって言い訳ばかりで、いつも他人のせいにして。
こんな私が、一番嫌い。
「……っわたくしは、どうすればよかったの。誰にも愛されず、誰からも嫌われて。もっと早く記憶を取り戻していれば……最初からわたくしがいなければ、よかったの? わからない、どうすればわたしはわたくしを許せるのか、なんて」
止まらない……ドアの向こうでは、シンが聞いているのに。こんな泣き言、シンには聞かせられない。傷付く資格なんて、泣く資格なんてもう私にはないのに。
芹菜は私を許してくれない。他ならぬ、自身が親友を助けられなかったから。転生して自分がいじめに手を出すなんて、いくらまだ思い出せてなかったとは言え……最低だった。だからきっと、今はあくまで執行猶予。
これから私は死ぬまで、贖罪を続けなければいけない。誰が許しても、芹菜は私を許せない。
ねぇ、どうすればこんな自分なんて許せるの?
教えてよ、ロック……
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