273:許すべき者の裏側
私はゲームにおいて、『月の石』なるアイテムを知らない。攻略本を買ったりヘビーユーザーであれば何らかの条件をクリアして入手できたのだろうが、少なくともガルムとの戦いでドロップした事はなかった。
三日間リハビリをして少し神力が回復した今、試してみるのもいいかもしれない。
「ねぇ、これ鑑定してもいい?」
「この砂をか? 別にいいけど」
私の提案に首を傾げるロックだったが、了承は貰えたのでさっそく目に神力を集中させ、神聖魔法『鑑定』を唱える。その結果は――
「……どうだ?」
「ダメね、ただの砂だわ。たぶん、一度だけ即死を免れる効果があったんじゃないかしら。とてつもない浄化能力だし、それぐらいの事はできると思うの」
これは私の神力が足りないという問題じゃない。効力を発揮する事で、月の石はただの砂に成り果てたのだ。
「はぁ……マジか。仮面も割れたし、滅茶苦茶怒られるな俺」
「フフッ。でも、これのおかげで『女神の祝福』が間に合ったのよ。さすがに死んだ人間を生き返らせる事は神様にも不可能だから……時間を巻き戻すのって、その代替手段なのかしら?」
がっくりと肩を落とすロックを、苦笑しつつ慰める。と、髪の隙間からロックの緑色の瞳がこちらを窺っていて、心臓がドキンと高鳴った。
「だけど、本当にお前には感謝してもし切れねぇよ。ありがとな、モモを許してくれて」
「気にしないで……ねぇ、ロック知ってる? 女の子って好きな男の子のためなら聖女にも魔女にもなれるのよ」
ドキン、ドキン……と、離れているのに鼓動が伝わってしまいそう。実際のところ、ロックは私の本心など知る由もないんだろうけど。だからここで、危うい言い回しを敢えてしてみる。
「何だよそりゃ、おっかねぇ話だな」
「まあ、聞いてよ。私がモモを許したのは、ロックがそれを望んだから……こんな私を許して、救ってくれたのはロック、貴方よ」
「……」
「だから恩を返すためなら私、何でもしてあげたいの」
冗談めかした口調から、徐々に情感を込めてじっと見つめる。口元は笑っているが、顔から火が出そうなほど熱い。
(私は本気よ。さあロック、どう返す?)
しばらく無言で見つめ合っていると、やがてロックは盛大に溜息を吐き出した。
「あのなぁ、男に『何でもしてあげる』なんて気軽に言うもんじゃねぇよ。それに、恩に着るのは俺たちの方だろ?」
これは……やっぱり通じてなかったのかしら。はあ、残念……
「あれくらい……わたくしがモモにしてきた仕打ちを思えば」
「んー、それじゃ頼みたい事があるんだけど……本当に、何でもいいんだな?」
脱力しているところに揶揄い混じりで確認してくるロック。危うく流れで頷きそうになったじゃないのバカ!
「あ、やっぱりできる範囲で」
「ははッ! やっぱ引っ掛からなかったか!」
慌てる私の様子に、おかしそうに腹を抱えるロック。だってこういう時、恥ずかしいお願いしてくるのがお約束ってもんでしょ……一応聞いてあげるのが正解だったかしら?
「そう難しい事じゃねぇって。モモを許してくれたついでと言っちゃなんだが、もう一人許してやって欲しい奴がいるんだよ」
「なんだ……そう言う事なら、お安い御用よ。でもシンやお兄様たちとはもう話はしたし……家族の事は時間がかかりそうだけど、他に誰かいたかしら? あ、ひょっとして給仕中にセクハラしてきたおじさん?」
ホッとしてこちらも冗談めかしてロックが気にしているであろう相手候補を挙げていく。いつの間にか、彼の表情が真剣なものに変わっている事に気付きもせず。
「……お前だよ」
えっ?
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