270:二つの菓子袋
昼より少し前に家族たちの乗った馬車を見送り、私たちは軽い昼食を取った。護衛も含め、ここには結構の人数が常駐してはいるものの、宿屋の負担になってはいけないと食料を持参しているので、全員が集合する事はない。事実、まだ一度も顔を合わせていない人だっているんだし。
私は後片付けをしているお兄様にクッキーの入った小袋を渡した。お父様の分はクララに渡してある。要らないならダイ様にでもあげてと言っておいた。少しは腕を上げたはずだし、無駄になるので捨てさせる訳にはいかない。
が、お兄様は素直に「分かった」とカウンターに置いておくように言って掃除を再開した。これには私もびっくりした……お兄様も中の人が誰かと入れ替わったんじゃないかっていうくらい、やけに素直に返されてしまった。
「なんだ、また失敗作を食わせるつもりだったのか?」
「お、お義母様が直々に教えてくださったのだから、大丈夫よたぶん」
「だろうな。用がないなら掃除の邪魔だから退いてくれるか?」
お兄様は相変わらず素っ気なかったけれど、家族会議を経て丸くなったと言うか……いや、その時期は恐らく、もっと前だったのだろう。共闘する頃から、お兄様の中で何かが変わったのだ。
ともあれ私はこれ以上留まる理由もないので、シンを伴い階段を上がっていく。そしてあるドアの前まで来ると、ぴたりと足を止めた。
「はい、これシンにも」
「えっ、これはお嬢様がご家族にと作られたものでは?」
「うん、シンは私にとって家族も同然だから……本当はラキたちの分も用意したかったけど、量が足りないし」
だから内緒ね、と悪戯っぽく言うと、シンは何故か大袈裟に溜息を吐いた。
「でしたら、もう一つの菓子袋は何なのですか」
「こっ、これはそのー……」
隠していたのにバレバレだった。まあ、モモの部屋の前で立ち止まった時点で察していたとは思うけれど。シンからの生温かい視線が居たたまれない……
「我慢するのも体に毒でしょうから、誰に遠慮する事でもないでしょう」
「シン……でも、迷惑じゃないかな?」
「今更そこを気にされますか、お嬢様が」
どっ、どうせ! 憤慨してイーッと威嚇してみせるが、おかげで肩の力が抜けた。こんなだから、シンは私の……大事な家族なのよ。気を取り直してドアをノックしようとする私に、シンが何かを手渡してくる。
「後から言いがかりをつけられるのも面倒でしょうから、持っていてください」
「これって……」
魔法のブローチだった。シンが持っているのは二つある……と言う事は、部屋での会話が筒抜けになるのか。まあ、ロックとは怪しいやり取りなんてあり得ないし、余計な疑いをかけられずに済むならいいか。
私は片方を受け取り、深呼吸するとドアを軽くノックした。
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